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俺がなりたかったもの


 燃え盛るガソリンスタンドを背景に、燃え尽きて転がる車、ドラゴンのブレスによって抉れた大地、鉤爪によってヒビの入ったアスファルト。


 崩れた建物の残骸は路上に散らばり、そこはまさに地獄絵図と化した街だった。


 ドラゴンを二度も目の前にして、またしても俺は死ななかった。


 だがしかし、喜びの感情は一切ない。


 俺が尊敬していた灯里の両親は死に、俺が最も大切に思っていた灯里はドラゴンに連れ去られた。


 俺の未来も、日常も、何もかも全てブチ壊されてしまった。


 俺の大切なものはもう何も残っていないのに、命だけあっても意味がない。


 そんなときになって、大事なことに気づくんだ。


 じゃあ逆に、ここからどうなれば俺は生きていてもいいと思えるのだろうかと。


 簡単な話だった。


 俺がなりたかったのは、医師でも適当な公務員なんかでもなく、灯里の隣に立つ人間であったのだ。


 笑ってしまった。


 灯里はドラゴンに連れ去られた。


 だから今からドラゴンを追い掛けて灯里を助ければ良いだけの話だ。


 それができないなら死んだっていい。


 魔法もない。チート能力もない。


 あるのはマジック・クラッチと、死んでいったバカ共が落としていった散弾銃だけだ。


 ただ、ドラゴンに銃弾が通用しなかったのは先刻承知である。


 自殺行為なのかも知れない。


 それでも良かった。


 灯里の隣に立つ者になれないくらいならば。


 俺は腹を括り、ドラゴンに挑むための準備を進めた。


 武器になりそうな物探してマジック・クラッチに詰め込み、最終的には打ち捨てられたバイト先の工場から配送用トラックを拝借してドラゴンが飛び去った裏山へと向かった。


 行けるところまではトラックで行こうと舗装道路を走っているうちに俺はドラゴンの姿を見つけた。


 人の住む家よりも大きな身体を持っているのだから当然と言えば当然だが、山の木々に隠れられるとなかなかに見分けがつかないもので、俺は運良くドラゴンが再び空へと飛び立つ瞬間をこの目で捉えることができたのだった。


「あんなところにねぐらを構えてやがったのか」


 俺はドラゴンが飛び立った位置をしっかりと記憶に留め、トラックを降りた。




 その山の深淵は、静寂が支配していた。


 巨大な木々が静かに立ち並び、その枝葉が太陽の光を遮る。風が微かに吹き抜け、木々の葉がささやく音が響く。


 時折小さな鳥の囁きが耳に触れるが、それもまたすぐに静寂に包まれていく。


 裏山の中は自然の息吹と時の流れが独自のリズムで織り成す幻想的な世界だった。


 ただ、そんなことは今の俺にはなんの感傷をももたらさない。獣道さえもない斜面を俺はただひたすらに急ぐのみだ。


 ドラゴンが再び飛び立った理由はわからないにしても、ドラゴンに接触しないでことが済むならそれに越したことはない。


 あとは灯里が無事でいてくれることを祈るばかりだった。


 結果的に俺がドラゴンのねぐらに辿り着いたとき、灯里はまだ生きていた。


 岩肌が目立つ急な斜面の中腹にわずかに存在する比較的平らな部分。そこにその居は構えられていた。ドラゴンともなれば雨風を凌ぐ必要すらないと見えて、ただ少し広い空間があるだけのようにも見える。


「灯里っ!」


「遥斗くんっ!? どうしてここに!?」


「助けに来たんだ。さぁ早く、今のうちに逃げよう!」


「ごめん。実は連れて来られたときに結構高いところから放り捨てられて、足を挫いてもうてます」


「なら、俺がおぶっていく」


「無理だよ、こんな道のない斜面を」


「くそ、どうしてこんな場所に……」


 そこで俺は灯里の後ろに何か他の生き物がいることに気がついた。


「灯里、後ろに何かいるのか……?」


「あ、うん。実は……」


 そう言って灯里が腰を擦って身体を退かすと、そこにいたのはまだ小さなドラゴンであった。小さな、とは言っても、灯里の身体で隠れきれない、人間の身体よりも大きなドラゴンである。


 俺は咄嗟にマジック・クラッチから散弾銃を取り出して構えた。


 もちろんドラゴンに通用しないことは承知している。だが山に深く入り込む可能性がある以上、既存の野生鳥獣に出くわす可能性を考慮して持ってきた物だ。


 だが、相手が幼いドラゴンであればどうだろう。まだ鱗の強度が完成していない可能性もある。


「待って遥斗くん、違うの!」


 だが、警戒する俺の前に灯里は立ちはだかった。その子供ドラゴンをかばっていたのだ。


「どうしてだ? どうして灯里はそいつをかばう?」


「酷いケガをしているんだよ……だからたぶん私、この子のエサとして連れて来られたんだと思う」


「なら余計に殺さなきゃ駄目だろ」


「大丈夫、大丈夫なの」


「どうして」


「食べられなかったんだよ……もう、そこまで衰弱してるの」


「なるほどな……じゃあ親ドラゴンはもっと食べやすいエサを探しに行ったって感じか」


「たぶんね」


「じゃあ、子ドラゴンは放置していいとして、灯里を連れ帰ることだけを考えるか」


「うん……ごめんね……?」


 俺は申し訳なさそうに謝る灯里の頭に軽く手を置いて応え、続いてマジック・クラッチの口を子ドラゴンに当てて見た。


「遥斗くん、何やってるの?」


「いや、生き物がマジック・クラッチに入るのか試してみた。まさか灯里でいきなり試す訳にはいかないからな」


「わ! それじゃあ、もしそれでその子に何かあったらどうするの!?」


「何言ってんだ。こいつらが先に命のやり取りを迫って来たんだ、文句を言われる筋合いはないだろ」


「そ、そうだけど……」


「しかし参ったな、灯里を連れ帰る方法をなんとか考えないと……」


 俺がそう言ったときだった。


 上空から耳を劈くような咆哮が聞こえたのは。


「や、ヤバっ! ドラゴンが戻って来た! 遥斗くん、逃げてっ!」


「そんなわけにいくか! 俺は灯里を助けに来たんだ!」


「敵うわけないじゃん! もういいよぅ! 遥斗くんは私の分も生きてよぅ!」


「嫌だっ! 灯里がいないくらいなら、死んだほうがマシだっ!」


「っ!?」


 俺の背後で灯里の言葉が一瞬止まった。


「こ、この状況で突然のプロポーズとか、混乱してもうてますよ……?」


 背後で顔を真っ赤にしているだろう灯里を見てからかってやりたい気持ちもある。


 だがもうそれもできない。


 俺の目の前には、完全に敵意をこちらに向けているドラゴンが翼をはためかせていたのだから。


「さて、灯里がすぐに動けないなら、お前をぶっ倒したあとにゆっくり考えることにするぜ、クソドラゴン!」


 勝ち目はないかも知れない。


 だけど、それでもいいという気持ちが俺にはあった。


 だが、簡単に負けてやるつもりはない。


 俺は散弾銃を放り捨て、マジック・クラッチを持って構えたのだった。


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