宝くじ売り場の前で変な女に絡まれた話。
「そういやさ」
とある土曜の昼下がり、俺は寂しくもダチとつるんで昼飯をなに食うかとブラブラしていた。
立ち止まったところに宝くじ売り場があって、それを見たダチが声を上げたのである。
「どうしたよ藪から棒に?」
「うん、宝くじ売り場見て、幸運の女神には前髪しかない、って奴を思いだしたんだよ」
「なんだそれ? 女神が後頭部ハゲとかずいぶんな逸話だな」
そう言って俺が笑ったら、たしかにってダチも笑った。
「この言葉には元ネタの神話があるらしいんだけどさ。ちなみにこれいったのレオナルド・ダ・ビンチらしいぞ」
「へえ、ダビンチちゃんがねぇ」
「それの元ネタだぞ、俺の言うダビンチ」
「わかってんよ流石に」
真面目な顔で、突っ込みと言うより訂正に近い空気でダチが言うから、笑いながら切り替えした。
「しかもさ」
「まだあんのか?」
「あるんだけどこれが更にひどい話で。チャンスの掴み方がその前髪を掴めって言うんだよ」
「うわひっでえっ! 女神様幸運どころか髪ぶんどられてガチのハゲんなっちまうじゃねえか!」
再び俺爆笑。そのままの勢いで、
「つうか女の神様なんだから、胸掴んどきゃ確実に動き止められるだろ? 頭髪の平和的な意味でもそっちのがよくね?」
と言った俺。ウケを狙ったつもりだったのに、ダチに真顔で「罰当たりだろそれ」とドン引きされてしまった。
「面白いわね、それ」
後ろから、明らかに俺たちの会話に対する言葉を発された。二人同時に「誰?!」と振り返った。
後ろにいたのは、黒い帽子を目深にかぶった白いワンピース姿の女だった。白いヘビ柄のバッグを下げているが、それが色合いの関係かぜんぜん目立たない。
「ダビンチって奴が広めた風評は失礼しちゃうけど、あなたの話は品がないけど面白いわ」
そういうと謎の女は、いきなり胸を張って見せた。そうかと思うと、こんなことを言ってきたのだ。
「この胸でも掴めるかしら?」
なに考えてんだこいつ? 自分を幸運の女神だとでも思ってんのか?
「無理ですよ、社会的にも見た目的にも」
ダチも案外はっきりと言うものである。自分でこの胸でも掴めるかと言った通り、幸運の女神だと自分を思い込んでる変人の胸は、胸を張ってることも手伝って掴むのが大変困難な壁っぷりだ。
「そ。あなたはどうかしら?」
素っ気なさすぎるダチへの塩対応、そうかと思えば俺にはやって見せろという挑発的な自信を叩きつけてきた。マジなんなんこいつ?
だが、そんな態度をとられてスルーできるほど俺は草食系ではない。
ダチに周囲の警戒と宝くじ売り場から俺が見えないような配置に付いてくれと目で頼む。
「そういう人間、好きなのよね」
「神様のなりきり度高いっすね。で、俺に遅緩を強要しといてなにもなし、なんてのはなしだぜ?」
方便だ。俺がこのゲームを受けて立ったのは、神っぽく振る舞ってるこいつの態度にイラっと来たからだ。
「勿論。しばしの幸運を約束するわ。掴めれば、ね」
この無闇にある自信とよくわからないプレッシャー。こいつ、何者なんだ?
「そうまでいうなら、やらせてもらうぜ」
時が止まったかのような緊張は、決して女の体に触れるからではない。決して、断じて! そうではないっ!
「ちくしょー、ニヤニヤしやがって……!」
考えろ。どう見ても正面から掴みに行ったんじゃ無理だ。となれば脇から行くか。
幸い胸を張ったままの幸運の女神気取りの女の脇は、手を入れてくださいと言わんばかりにそらされている。ならこの隙を突かねえわけにはいかねえ!
「もらった!」
脇の下に手を滑らせて、ガッチリとホールド。このまま投げ飛ばせそうな感じだ。
正直なことを言おう。横側に少々柔らかさはあるものの膨らみと言うほどは目立っていない、だから胸を掴んだという実感がない。
「どうだ……!」
「うん。見事な観察力」
なんとも満足げに頷きながら、「合格よ」と神様気取りはそう言った。
慌てて脇から手を引き抜く。その直後に、プレッシャーも消え去った。
「つまんない人間に気を回してたようだけど、その必要はなかったわ。私が時を止めてたから」
「はい?」
「ともかく。はい、大事にしなさいよ。幸運の女神直々に渡したんだから」
ヘビ柄バッグの中から、白い袋に入ったなにかを渡された。ちょっとざらついた感触の袋には、いったいなにが入っているのか。
「財布に入れると効果が長続きするから。じゃあね。縁があったらまた会いましょう」
一方的に話すだけ話して、女は俺たちに背を向けて歩いて行ってしまった。
後ろ姿に見えた髪は、日の光を反射してまぶしいほどの金髪だった。
「なんだったんだろうな、今の人」
自称幸運の女神を見送りながら呟いたダチにさあなと短く答えて、俺はもらったものを長財布にしまった。
「信じるのか?」
「アドバイスもらったことだしな。さて」
体を反転、宝くじ売り場に向けて歩き出す俺。
「当たればいいな」
ダチの言葉にそうだなと頷いて、俺は宝くじを選ぶのだった。
自称幸運の女神からの、しばしの幸運という報酬を信じながら。