79神との戦い3
『俺っちから逃げられると思わないでくれっす! さあ、死んでくれっす!』
ばく進してくるヘルゲス神。それに対し、俺は『鋼の爪』で爪の塊を撃ちまくり、ムタージは『万物意操』で天使室の瓦礫を投げつける。しかしどちらも『邪閃光』で完璧に防がれた。
「くそっ、駄目か!」
『お兄さん、もらったっす!』
ヘルゲス神の『削除』が、かわそうとした俺の右つま先を綺麗にえぐり取る。
「ぐあっ!」
俺は気が狂うような激痛と出血で目まいさえ覚えた。着地した神に対抗しようにも、これでは立ち上がることすらできない。くそ、気合いを入れろ! 起き上がれ、俺!
『ちょろちょろ逃げ回るっすね……! でも、これでおしまいっす!』
両膝をついている俺に対し、ヘルゲスが振りかぶるのではなく、下から上へ持ち上げるように『削除』の腕を振るわんとしてきた。ここまでか――
と思っていたら。
「乗れ!」
ムタージの声に目を開く。眼前に瓦礫があった。俺がそれに掴まると、間一髪、俺は瓦礫とともに宙へと逃れていた。真下で空振りしているヘルゲス。ムタージの『万物意操』の力で、『削除』を回避したのだ。
獲物を寸前で逸したヘルゲス神は荒れ狂う。
『おのれ、ちょこまかちょこまか……! この俺っちを怒らせて何が楽しいんすか? 俺っちを倒す手段もないくせに……!』
上位天使のザノンを含めた天使たちは、この決闘を遠巻きに眺めるばかりだ。「これも摂理のうちに違いない」とでも祈っているのだろうか。しかし、そんな様子も粉塵の前にかすれていく。
俺はじんじんうなる右足の神経に歯を食いしばった。
「くそっ、ああ痛え……!」
『邪閃光』がある限り、俺ではヘルゲス神を倒せない。何でも切り裂く『勇者の剣』は、人界の王城の宝物庫内にあるし……。どうやって勝てばいいんだ?
ヘルゲス神が俺を諦めてムタージを追っていく。やはり下から上へと腕を振るっていた。ムタージは『万物意操』をしかけつつ『羽のある靴』で宙に浮き上がり、どうにかかわしていく。
ヘルゲス神が彼を飛翔して追いかけた。今度は大きく振りかぶってからの『削除』の腕だ。これも空振りさせるムタージ。
そのとき、俺は悟った。ヘルゲス神は、この雲の大地と神の城、天使室で構成された球形空間『神界』の外に、決して出ようとしない。雲に足をつけてこちらを攻撃してくるときは下から上へ、それ以外の空中戦では上から下へ腕を振る。雲を『削除』して神界の外に飛び出すことだけは、なぜか必死に避けているのだ。
これは――面白そうだ。
ヘルゲス神がムタージと戦っている間に、シモーヌが俺のそばに飛翔して、『僧侶の杖』で足を回復させてくれた。
「ありがとよシモーヌ。やっぱり魔族になったから、羽は翼じゃなくてコウモリのそれになってるな」
「あれ、そういえば……。それはともかくムタージさんを援護しないと……」
「俺にいい案がある。もう一度『転移』を使って、神を除く俺たち3人をこの神界の反対側に移動させてくれ。作戦を伝える時間がほしいんだ」
「わ、分かりました!」
シモーヌが胸を押さえる。
「『転移』!」
次の瞬間、俺たちは光り輝いて、神の城を挟んだ反対側に移動していた。ここもむせかえるような煙に包まれている。ムタージが神の猛攻から逃れられてほっと一息ついていた。
「何をしている? 時間稼ぎか、少年?」
「まあそんなとこ」
俺は老人を手招きし、シモーヌを含めて顔を寄せ合った。
「ヘルゲスを神界の外の空間――球形世界の外側に追いやるんだ。奴はそれを嫌っている、どういうわけか知らないけど。で、作戦なんだけど……」
ムタージとシモーヌは聞き入った。
ヘルゲス神は目の前からかき消えた3人の気配をすぐにキャッチした。真上だ。この期に及んでまた転移とは、時間稼ぎのつもりだろうか。内心で失笑する。神から逃れられはしないのだ。
どんどん崩壊する世界には目もくれず、神は垂直に飛び上がった。『神の城』周辺で天地が逆転するが、作った当人として別に問題はない。やがて再び『神の城』を離れ、気配へと近づく。
この辺りは粉塵が酷く、いくら気配が分かるといっても目視には時間がかかった。と、そのとき、こちらに向かって『鋼の爪』が立て続けに撃ち込まれてくる。ムンチだ。そういえばおぼろげながら、彼がこちらを見上げる影が煙ににじんでいる。神はほくそ笑んだ。丸分かりだ。
『鋼の爪』も『邪閃光』の前では決して通じない。神は傲岸不遜な輩に鉄槌を食らわすのだ。
ヘルゲスは右手を大きく振りかぶり、ムンチ目がけて振りぬいた。『削除』の能力は、確実にムンチの上半身をえぐって削る。
勝った――!
ヘルゲス神は喜び、その直後に激痛にさらされた。
「引っかかったな!」
そう、今ヘルゲスが殺害したと思った俺の「上半身」は、ムタージが『万物意操』で作り上げた巧妙な偽物だったのだ。ヘルゲス神は『削除』でえぐった外部の空間に飛び込み、結果その体は崩壊し始めた。
『ぐああっ! も、戻らないといけないっす! ……でも、どうして人形が「鋼の爪」を撃っていたんすか?』
俺は姦計が見事に決まって大喜びだった。
「あれは俺の右手人差し指を切り落とし、人形にセットしただけだ。シモーヌ!」
「はい、ムンチさん!」
シモーヌの『僧侶の杖』で、俺の人差し指が元に戻る。
「さあ、神界の外の空気をたっぷり味わえ! ヘルゲス!」
「小生もお見舞いしてやる! くたばれ、神め!」
ムタージは『万物意操』で瓦礫の山を、俺は『鋼の爪』で爪の塊を、それぞれ穴の開いた先にいるヘルゲスに撃ちこんでいった。雲の隙間から覗く外界は、真っ暗で何の明かりもない。
『ぐあああっ! や、やめ……』
「やめるわけねえだろ! どうやら神界の外の空間はお前にとって死地らしいな。このままくたばっちまえ!」




