78神との戦い2
「…………っ!」
俺は寒気を覚えた。にらまれた。今、確かにこの紅玉ににらまれた。ムタージも同様らしく、こっちはなぜか感動している。
「おお、何たる眼光……っ! 素晴らしい」
そこへ、ちゃらい若者のような声が響き渡る。喋っている。この紅玉が……!
『あのー、天使長ホイトならともかく、何で人間や魔族のあんたらがここに来ちゃってるんすか? あんたらが足を踏み入れていい場所じゃないっすよ? せっかく寝てたのに……。俺っちことヘルゲス神が怒り狂う前に、さっさと退出よろ!』
ヘルゲス神ってこんな軽い話し方なのか……。声は野太いのにな。ともあれ、俺は神の一方的な台詞にはらわたを煮え繰り返した。
「人間の命を食っといて何を偉そうにふんぞり返ってやがる! 魔王を生み出してまで、人間たちを殺しまわりやがって……!」
『あれお怒り? お兄さん、じゃあ何すか? 俺っちが餓死してもいいんすか? 天使たち消滅しちゃうっすよ?』
「代わりの神に頼むからいらないんだよ! くたばりやがれ!」
俺は真上の紅玉に、右手人差し指を向けて『鋼の爪』を連射する。今まで数々の敵を出血させ、倒してきたこの技だ。だが信じられないことに、それらはすべて防がれた――青い光でもって。
青い光? まさか……
「これは……魔王ウォルグの『邪閃光』!」
今度は紅玉が嘲笑ったような気がした。
『へえ、魔王ウォルグがそう名付けたんすか、この光? 「邪閃光」って、何だか幼稚な命名っすね』
シモーヌが何かに勘付いたように、頭上の神に問いかける。
「ウォルグさんはこう言っていました。『我輩は今までの怠惰な魔王とは違います。「進化する魔王」とでもいいましょうか。悪魔としての力を引き出す方法を見つけたのですよ』と……。まさか、ウォルグさんに『邪閃光』を与えたのは……」
『ピンポーン、俺っちでーす! ウォルグってそんなこと言ってたんすね。俺っちが工夫して付与した力なのに、「引き出した」だって、ウケる! これはウケるっす! ぎゃはははは!』
ムタージは神のおちゃらけた態度に、ちょっと憤慨してきたらしい。その金の首飾りが輝く。
「これならどうだ! 『万物意操』!」
球状の部屋の一部が剥がれ、瓦礫となって紅玉に殺到した。しかし『邪閃光』の前に、やはり傷は与えられない。
『何してるんすか! 俺っちの体が埃まみれになったじゃないすか! 壁まで壊して……。許さないっす!』
突如、ばかでかい紅玉が粘土のように柔らかく折れ曲がった。シモーヌの驚愕の響きが室内にこだまする。
「な、何ですか?」
赤い宝石はぐにゃぐにゃと変形を続け、そのたびに縮小していった。今やそのいびつな体は極限まで凝縮される。俺はあんぐり開いた口をなかなか閉じられなかった。
「これは……!」
気がつけば紅玉は、赤く輝く一体の戦士の姿となっていた。戦士? いや、闘神と読んだほうが適切だろう。それほどの神々しさと猛々しさだった。耳の代わりに伸びる雄牛のような角、鼻がないのっぺりした相貌をしている。左右の瞳はどちらも長方形で横長だった。
『お兄さんもおじいさんもお姉ちゃんも許さないっす! 俺っちの必殺技「削除」を食らうがいいっす!』
ヘルゲス神は宙に浮いた態勢から、ムタージへと飛翔して襲いかかる。その右拳が振り抜かれた。
「おっと!」
俺はムタージがぎりぎりでかわした――ように見える。だがそれは間違いだった。ムタージの腹が、まるでチーズにナイフを入れたかのように、ごっそりともっていかれる。
「うがあっ!」
ムタージは血飛沫を上げて倒れた。あまりの激痛に悲鳴すら上げられず――いや、腹筋を失っているのだから上げられるわけがない――、その場でもがき苦しむ。
ヘルゲス神はくるくる回転しながら後退した。両腕と両足を伸ばして静止する。その口は爆笑の形になっていた。
『そこにあるものを根こそぎ削り取る、それが俺っちの「削除」っす! 痛いでしょ、泣きたいでしょ! ぎゃはははは!』
シモーヌが慌てて老人に駆け寄った。手にしている『僧侶の杖』をかざして振るう。
「ムタージさん……治って……!」
光があふれ返り、虫の息だったムタージがたちまち回復した。その腹部はもう、傷一つなくなっている。
「かたじけない、お嬢さん」
ヘルゲス神の高笑いが枯渇した。その四角張った両目がすがめられる。苛立ち混じりの声を発した。
『あっれー? その杖は回復効果があるんすね? これは厄介っす! じゃあまずは、お姉ちゃんを殺すとするっす! 覚悟ーっ!』
標的をシモーヌに変更し、神は再び猛進して右拳を振り抜こうとした。だが行動はシモーヌのほうが速い。
「て、『転移』っ!」
彼女と俺とムタージ、三人がまばゆい光に包まれた。次の瞬間、俺たちは『神の城』の外、神界の外郭に降り立っている。白い綿毛のような雲が足元でふわふわしていた。
嵐が収まる代わりに、神界のあちこちで崩壊が始まっている。ヘルゲス神の紅玉の力で浮いていた『天使室』が続々と落下し始めたのだ。白い衣を着た天使たちが、それぞれの家から続々と離脱している。
ムタージがシモーヌを賞賛した。
「ナイス転移だ、お嬢さん」
俺のすぐ真上から岩が降ってくる。ぶつかる寸前でなんとか回避した。飛び込むように逃げた俺の背中に、岩の破片が次々命中する。
「危ねえな、まったく……。にしても打開策が思いつくまで、ヘルゲス神の野郎、俺たちに気付かなけりゃいいけど……」
ムタージが隈のあるきつね目を歪めた。口にくわえたパイプはとっくに煙を失っている。
「いや少年、フラグを立てるのはよしてくれ」
シモーヌが頭上を指差した。
「来ます!」
真っ赤な狂戦士が『神の城』から飛び出して、こちらへ一目散に飛んでくる。周囲では『天使室』が地面にぶつかって、ばらばらに砕け散っていた。粉塵が視界を覆い、見通しは悪くなる一方だ。




