75魔王の理由
ホイトはシモーヌを見て、少し気後れするような表情を浮かべる。
「シモーヌにも聞かれてしまうが、この際だから述べておこう。魔王を生み出すのは神だ」
これには俺もシモーヌも、魔法使い2人も純粋な驚きを見せた。
「何だって? 神が魔王を生み出す……?」
「魔王が約200年ごとに誕生することを不思議に思っていただろう? あれは、神の空腹が200年ごとに発生するからだ。これは代々の天使長のみが知る事実だ」
俺はその言葉の意味を理解し心に浸透させると、すぐに憤慨した。
「じゃあ何か? 神が人間の命を養分とするから――しかも200年ごとに大きく腹を減らすから――魔王を誕生させてたってのか? 人間を多く殺させるために? ふざけんじゃねえ!」
ケストラは呆然と口にした。背後から後頭部をガツンと殴られたような顔だ。
「それが、魔王が約200年ごとに生まれる理由だったのか……!」
ムタージも虚を突かれたような表情で、どうやらお手上げらしい。
「そいつはさすがの小生でも分からんかったな」
シモーヌが驚くべき真実を知ったがために、恐怖で顔色を青くする。
「天使長……本当なのですか?」
「うむ。魔王が発生している間に限り、人界の魔族・魔物は人間だけを食らうようになる。そこのケストラ殿ならお分かりだろう」
「ああ。わしもモーグとして魔王を経験しているからの。そういう秘密があったとはな……。てっきり魔物たちの生存競争に打ち勝った最後のものが、自動的に魔王の力を手に入れるのだと思っていたよ。だが、それは誤った認識だったのだな」
ホイトは肩をすくめる。
「誤りとまでは言えぬ。神は天使とは比べ物にならないくらいの視野をお持ちだ。その千里眼が、最強の魔物を見極め、魔王の力を付与するのだ。もっともそれは、神にとっては屈辱的な行為であられるらしい。大空腹にならねば絶対になされないのだ」
ムタージが言葉を差し挟んだ。こうなると何でも聞きたくなってしまうのだろう。
「人界から魔界へ通じる黒い火の玉は? あれも神の仕業なのですか?」
「いいや、はるか昔の天使の仕事だ。魔王発生時に、より多くの魔族・魔物が人界へ渡れるよう、いにしえの天使たちが用意したのだ。人界の人間たちを根絶やしにしてしまっては意味がないから、火球の数や出現場所、期間は緻密に計画されている」
ケストラはあごを撫でて控え目に笑った。
「ほっほっほ。これで長年の謎が解けたよ」
ホイトが厳しい目で彼をにらむ。まだ言いたいことがあるらしい。
「しかしあるときから、人界の魔法使いが『伝説の武具』なる魔道具を製作し、ときの権力者へ渡すようになったのだ。覚えがあるだろう、ケストラ殿」
「ああ、わしや師匠のセルディオのことか」
「そのため勇者一行が生まれ、魔王を早期に討伐するようになった。これには当時の天使長もまいったそうだ」
神の餌となる、人界の人間の命。それをより多く奪うために魔王を生み出したのに、『伝説の武具』を装備した勇者一行が、予定より早く魔王を倒してしまう。確かにまいるだろう。
「なるほど、それで当時の天使が『神界のためにも「伝説の武具」を作らないでほしい』とお願いしてきたわけか。それについては断って悪かったの。ほっほっほ」
「神界はケストラ殿に敵意を燃やした。また、勇者が魔王を倒すまでの時間を延ばすため、各地に迷宮を作った。迷宮は魔王や魔族・魔物が好む闇をたたえており、奥に行くほど彼らにとって快適だと判明していたからだ」
「680年前、魔界帰りのわしを襲った天使たちは?」
「ウェイズが功名に目をくらませて先走ったのだ。とはいえ、まさかウェイズ以外全員殲滅させられるとは思わなかった。神界はケストラ殿憎しの念をつのらせた」
ムタージが唾でも吐きたそうな顔をする。
「一方的ですな」
「見解はそれぞれだろう。そして時は流れて20年前。ケストラ殿の気配が人界から消え失せた。どうやら死亡したらしい、との話が天使セイラからもたらされた。後はそちらのほうがよくご存知であろう」
ケストラは厳めしくうなずいた。
「ああ。わしは死んだのではなく、若さ欲しさで魔薬を飲み、魔族モーグとなったのだ。その際記憶を失って、それからは魔族としての本能のまま生きてきた。そして迷宮の王の座を勝ち取り、知らないうちに神から魔王の力を付与された。だが人間の頃の優しさがまだ残っており、近くをさ迷っていた記憶喪失の少女シモーヌを保護した。そして今年、ムンチと勇者ライデン一行が時間差で到来し、わしは堕天使ウォルグの手で殺された。魔王の座を引き継いだウォルグは、勇者一行とムンチの手で倒された……」
ホイトはケストラを睨みつけ、理不尽な怒りをぶつける。
「そう、そうだ。そのとおりだ。先ほども述べたとおり、今回も勇者一行が魔王を殺すのが早すぎた。ゆえに神は満腹にならず、怒りをたたえて神界に嵐を巻き起こしておられる。先ほどの地震もその延長線上にあるのだ」
俺は呆れた。あの強風といいさっきの揺れといい、神が怒っているからなのか……
ケストラが天使長へ、ついでとばかりに尋ねる。
「この前上位天使ザノンたちがわしらを襲ってきたのは、わしの気配が復活したからだな?」
「そうだ。貴殿が復活したとは分からず、初めのうちは魔族の生き残りかと思っていた。だがその気配は人間ケストラ殿とブレンドされたようなものだと判明した。今にして思えば、ケストラ殿の記憶が戻ったことで、そんな複雑な雰囲気をたたえるようになったのだろう。我はザノンを使わしたが、今にして思えば失敗だったな」
俺は蓄積された憤激を、言葉の槍として突き出した。
「何にしても、ヘルゲス神とやらの空腹のせいで、魔王がいちいち誕生させられていたんだな。反吐が出るぜ。人界の人間たちの命を食らわなきゃ生きていけない神さまなら、いっそ死んでくれたほうがましだ!」
ホイトが理性を忘れたように怒号する。この分からず屋、となじるように。




