74神の狙い
「お願いって何だ?」
「シモーヌ、見せてやれ」
シモーヌは俺に対する困惑を一時治めて、『僧侶の杖』を縦についた。
「実は、私……『伝説の武具』が使えなくなってしまったんです。この『僧侶の杖』は、天使のスパイがはるか昔に人界よりくすねてきたものなんですが……。振っても振っても発光しなくて……」
彼女は自分自身に『僧侶の杖』を振るうが、あの白光は発生しない。俺は道具のせいにした。
「その杖が古すぎるからじゃねえのか?」
「そんなことはありません。赤い宝石もはまってますし、素材もオーク材です。大切に保管されてきて、壊れたり古びたりはしていません。どうしたらいいのか……」
「ならそこの天使長ホイトに使ってもらえばいいじゃないか」
「いいえ、今までホイトさまも含めた多くの上位天使の方々に振ってもらったのですが、誰一人回復の力を発揮させられませんでした」
ケストラは不思議そうに、シモーヌと杖を交互に眺めた。
「それはおかしいの。というか、今までわしの魔道具をシモーヌが扱えてきたこと自体が、そもそも不思議なのではあるがな。『武闘家のピアス』は武闘家としての、『僧侶の杖』は僧侶としての、『魔法使いの腕輪』は魔法使いとしての、それぞれ素養が必要になるはず。だがシモーヌは素養なしにそれらを使いこなした。わしはてっきりシモーヌが天使であるから使えたのだと思うておったが、どうやらそうではなかったようだの。ほっほっほ」
ムタージは渋い顔で腕を組む。ことは魔法使いの常識外であるらしかった。
「小生も、天使なら誰であっても、どんな『伝説の武具』でも使用可能だと勘違いしていたが……。恐らくは天使の中でもシモーヌだけが特別だった――そしてその特別が今回なくなった――ということなのかな?」
ホイトが片手を挙げて注目を集める。彼は重々しく口を開いた。
「少しシモーヌについて話させてもらおう」
しわぶきを一つする。
「実はシモーヌは、今より150年ほど前、我らが神ヘルゲスさまに祈って特別に製造していただいた、試作品の天使なのだ」
俺はピンとこなかった。というか、ホイト以外の全員が意味を解読できなかったようだ。シモーヌは天使長を問いただす。
「試作品? 試作品の天使? ……私が、ですか?」
「うむ。その目的はセルディオ殿やケストラ殿など、人界の魔法使いたちが作る魔道具を使用するためだった。特にくすねた『僧侶の杖』は、怪我したり病気にかかった天使たちを回復してくれるはずだ。だがその杖は、どの天使にも扱えなかった。使い手が一人もいない。我らは落胆した。そこで神に依頼して、魔道具の力を発揮できる試作品の天使を授かったのだ。それがシモーヌ、お前だ」
全員の視線がシモーヌに集中する。彼女は息を呑み、誰にともなくつぶやいた。
「そうだったんですか……」
ホイトは首を振り、無念そうに続けた。
「しかしそのシモーヌでさえ、いつまで経っても『僧侶の杖』を扱えなかった。我は諦めた。そしてシモーヌを一般の天使に降格し、日々の仕事をこなすよう命じた。……そうして5年前のことだ。人界に潜り込ませていた天使セイラが音信不通となり3年、その捜索と代役を任せるべく、シモーヌを起用した。もはやこのとき、誰もシモーヌに期待していなかった」
ケストラが不味いものを食ったように横槍を入れる。
「勝手な話だの」
「感想はいらぬ。だが、驚くべきことが起こった。シモーヌのさらに代わりとして、人界に侵入させた間諜の天使が、報告してきたのだ。シモーヌによく似た少女が、『僧侶の杖』で人々の傷を治した、と」
俺は勘を働かせ、試しに問いかけてみた。
「そのスパイは旅芸人一座に紛れ込んでたんだろう? ザルフェを始めとする魔物たちに襲われてた漂泊民を、俺とピューロ、メイナ、ゴルドン、シモーヌが助けたことがあった。あのときのことだろう?」
果たしてホイトは、こくりとうなずいた。
「そのとおりだ。ザルフェがシモーヌをかっさらったため、間者はどうすることもできなかった。……ともかく、試作品シモーヌは失敗ではなかった。何かが足りなかったため、『僧侶の杖』を扱えなかった。彼女はそれを人界で見つけ出した。そういうことだろうと、神界の意見は一致した。そこでお願いがある」
お願いするにしては不遜な態度で、彼は問いかけてきた。
「シモーヌは人界で何を発見したのか? 我々に教えてほしい」
俺は隣のケストラをちらりと一瞥する。
「そういやケストラが恥ずかしいこと言ってたな。魔道具を使うには愛が必要だ、って」
ホイトが首を傾げる。意味が通じていない。
「愛? 愛とは何だ?」
「へっ? 知らないのか? 天使長なのに?」
そのときだった。『神の城』が大きく揺れ、俺たちは姿勢を維持するのに苦労する。ぱらぱらと天井から欠片が落ちてきた。
「何だ? 地震か?」
揺れはすぐに収まったが、ホイトは警戒を緩めない。
「むう、神がお怒りになられておる。貴殿らのせいだ」
「俺たちが天使を殺しまくったからか?」
ホイトはかぶりを振った。その目が憎しみの炎を燃やす。
「違う。魔王をあまりにも早く倒したためだ」
俺と同様、ケストラとムタージも意味不明との見解らしい。
「何……?」
「どういうことですか?」
ホイトがつぶやくように言った。
「手短に話そう……」
■神の狙い
ホイトはよく響く声で切り出す。
「この神界の創造主はヘルゲス神さまだ。神と我々天使たちはともに、神界の繁栄を願っている。そのためには人界が荒れており、殺し合いが行なわれていなければならない……」
俺は取っかかりにつまずいた。
「はあ? 何でだ?」
「なぜなら『死んだ人間から遊離した命こそが、神に新たな養分を与える』からだ」
ケストラが厳しい瞳を天使長に向ける。
「何だと……?」
「我々が本来相手にしなくてもよい人界へ、間諜を送って情報収集するのも、それが原因だ。神界と定期的に連絡を取り合い、ときに争いをけしかけて人間たちの間で戦争を起こさせるためだ」




