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73神の城

 100体ほどの天使と召し使いたちを倒したところで、突然怒号が響き渡る。あのいかつい顔の上位天使、ザノンだった。彼は十分な距離を取ってこちらを見下ろす。


「そこまでにしろ、人界のものたち! 天使らよ、いったん控えろ!」


 俺は『鋼の爪』の狙いをザノンの頭部にピタリとつけつつ、警告した。


「これはこれは、大将のご登場か。それ以上近づいたら殺すぞ」


 ザノンは牙を()いた餓狼のような表情になる。だがすぐに力を抜いた。


「ほざくな。俺が来たのは停戦を求めてだ」


 ケストラが高笑いした。あざける(いろど)りが含有(がんゆう)されている。


「ほう、停戦とな。ほっほっほ。それは一向構わんが、何をもって保障するのかの?」


 ムタージが愉快そうに彼に加勢した。


「小生らを罠におびき寄せたいから、そう抜かしてるだけではないのか?」


 ザノンは侮辱と受け取ったらしく、怒りに打ち震えている。


「俺は嘘はつかん。……『神の城』におられる天使長ホイトさまが、お前らに面会を求めているのだ。そこには裏切り者のシモーヌもいる」


 その固有名詞に最初に反応したのは俺だった。


「シモーヌが……?」


 やっぱり彼女は神界に来ていたのだ。ザノンが俺の動揺した姿に、多少の余裕を取り戻す。


「お前らがこれ以上の戦いを求めるなら、俺たち神界はシモーヌを殺してお前らと決戦する。どうするのか、さっさと決めろ」


 俺は周囲を見た。天使の死体が山のように積まれている。にもかかわらず、仲間の死に涙したり怒ったりする天使は皆無だった。ケストラはかつて語った。人界の人間と、その人間と交流したもののみが愛を知る、と。あるいは本当にそうなのかもしれない。


 俺の答えは決まっているが、一応同行者に意思確認しておいた。


「どうする、ケストラ、ムタージ?」


「答えは決まっておろう。ほっほっほ」


「かっかっか。乗り込もうではないか、少年」


 俺はザノンに答えた。


「分かった。案内しろ」


 ザノンはあからさまにほっとしていた。自分では戦わないんだよな、こいつ。


「よし、ついてこい」


 空飛ぶじゅうたんに乗る俺たちは、ザノンとともに『神の城』へ向かった。それはいがぐりのように全方位へ渡って岩が突き出る、不思議な建築物だった。それにしても巨大である。近づけば近づくほど、『天使室』がちっぽけに見えた。


 と、そのとき。


「おおっと、危ない!」


 空飛ぶじゅうたんが急加速して、『神の城』へ突っ込みそうになったのだ。じゅうたんは急停止し、壁面ぎりぎりで衝突から逃れた。俺はいきなりのことに、操縦するケストラへ聞いた。


「どうした?」


「さっきまでと引きつけられる力が逆になったんだよ。さっきまでは雲が地で城が天だったが、今は逆になっとるのさ」


 ザノンがしらけたように舌打ちする。この野郎、『神の城』のこの効果を黙ってやがったな。




 俺たちは岩の(おう)部にある扉に招かれた。空飛ぶじゅうたんはケストラがしまいこむ。


 ムタージが周りを見渡し、首をひねった。口に(くわ)えたパイプから煙が立ち昇っている。


「番兵らしき天使が一人もいないが……」


「そんなものは必要ない。ここには神がおられる。神の創造物である天使や召し使いが、どうして背くことがあろうか」


「小生たちの侵入を許しておいて、よく言えたものだな」


 建物内部に入った。壁のあちこちに、緑色に発光する不思議な石が埋め込まれている。おかげでこちらはランタンいらずだった。


 階段を下りていくと、広い聖堂のような場所に出る。俺たちの靴音が大きく反響して、ここが無人であることを如実(にょじつ)に示してきた。俺は少し寒気を覚える。


「ここは?」


「新たな天使を迎える聖なる部屋だ。あの祭壇に、神が天使を産み落とされる」


「今は空っぽだな」


「神は現在お怒りなのだ」


 ザノンを先頭に、俺たちは次の間に続く扉へ入った。


 すると。


「ム、ムンチさん!」


 青いチュニックで『僧侶の杖』を持つシモーヌが、こちらへ驚愕の視線を向けている。その隣には老年の男がいた。彼は俺たちにもまったく動じない。


「ようやく来たか、ザノンと異界のものたちよ」


 老人は生え際の後退した金髪に、白髪を多く含んでいた。りりしい切れ長の目は、内在する強い意志を感じさせる。白いローブ姿に灰色のケープ。武器は一切持っていない。彼は続けた。


「我は天使長ホイト。ザノン、ご苦労だった。下がってよい」


「ははぁっ!」


 ザノンは俺たちに憎しみの一瞥(いちべつ)をくれながら、聖堂のほうへと去っていく。


 シモーヌがひどく辛そうに胸を押さえ、泣き出す寸前の表情を浮かべた。


「何で……何で来たんですか、ムンチさん。せっかく諦めたのに……! ようやく吹っ切ったのに……!」


 その言葉で俺の胸が熱くなる。やっぱりシモーヌは……


「残念だなシモーヌ、俺は往生際が悪いんだよ」


 天使長ホイトは背後で手を組む。穏やかな中にも確かな威厳が感じられた。


「自己紹介してくれないか? 君はウンチというんだな?」


 またかよ、くそ……! 俺は神界でも間違えられてむかっ腹を立てる。


「ム・ン・チ! ムンチだ」


 ケストラが無作法に威張りくさった。


「ほっほっほ。わしが大魔法使いのケストラだ。お初にお目にかかる、ホイト殿」


 それに引き換え、ムタージは礼節を守る。


「小生はムタージ。神界の最高位にあられる天使長殿に謁見(えっけん)できて、光栄この上ない」


 ホイトはうんうんうなずく。目をすがめて俺たちを眺め渡した。


「人間の身で――ケストラ殿は魔族のようだが――ここまで来られたことに敬意を表する。我々天使たちとの戦い、見事であった。……さて、まずはこちらのお願いからお聞きいただけるかな」


 俺は腕を組んでホイトを観察した。天使長というからどれだけの化け物かと思っていたが、こうして羽を閉じていると、あたかも初老の教師のように見える。

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