71追跡
ケストラは手を叩く。話はおしまい、ということか。
「では、わしは新しい研究施設を建てられそうな場所を探しにいってくる。ムンチ、シモーヌは今日は何もせず休んでおれ」
「いや、でも……」
ケストラは優しく諭してきた。いたわりがかいま見える。
「人間で疲労するのは肉体だけでなく精神もだ。おぬしらは疲れておる。いいから今日は休め」
「わ、分かったよ」
「それではの」
ケストラは空飛ぶじゅうたんに乗ると、垂直に上昇し、そこから太陽の方向へ飛翔していった。
ムタージはあくびして両手足を伸ばし、全身の筋肉をほぐした。
「少年、お嬢さん。たまには肉が食いたいだろう? 小生が用意するからここで待っていろ」
ムタージは『羽のある靴』の力で上空に飛び上がると、どこかへ姿を消した。フォローしてくれるつもりらしい。
残された俺とシモーヌは、確かに精神的に疲労困憊だった。どっと疲れてへたり込む。俺は今や懐かしささえ覚える、死んだ仲間の名をつぶやいた。
「勇者ライデン……武闘家ピューロ……僧侶メイナ……魔法使いゴルドン……鳥人グレフ……」
シモーヌが両手で顔を覆い、声を震わせる。
「みんな……誰一人として生き返らせることができないなんて……」
俺は少しだけ『鋼の爪』を伸ばし、その甲をにらみつけた。
「俺の爪は何でも――何でもじゃないけど、とりあえずは――色んなものを破壊できる。でも、どれだけ強くなっても、仲間の一人も助けられないんだな。情けねえ」
「ムンチさん……」
俺は爪を元に戻すと、両手を頭の後ろで組んで寝転がる。よく晴れた空が見えた。
「でもまあ、しょうがないか。ケストラとムタージの二人が揃って駄目だってんなら、素人の俺たちじゃどうにもならねえよ」
そよ風が吹き、俺の髪をふわりと浮かせる。シモーヌがぼそりと尋ねてきた。
「『神の力にすがらざるを得ない』――って、ケストラおじさまはおっしゃってましたね」
「ん? ああ、言ってたな。……どうした? 祈祷でもするのか?」
「いえ……」
そこへもうムタージが戻ってきた。
「ほれ、鶏を一羽絞めてきたぞ。卵と一緒に焼いて食おうじゃないか。ケストラの奴には内緒でな」
「おお、ありがてえ! シモーヌも食うだろ?」
「はい、では少しだけ」
昼食は特に問題なく行なわれた。しかし俺は、シモーヌのうち沈んだ、物思いにふける表情が少しだけ気になった……
その日の夕暮れ。俺はシモーヌがいつまで経っても晩飯に来ないので、彼女が寝ているはずの場所へ向かった。シモーヌは昼食後、「少し休みたい」と言い出し、午後から天然のベッドで横になっていたのだ。
だが、そこには誰もいなかった。『魔法使いの腕輪』が葉っぱの寝台に置かれていたので、俺はそれを取る。
「シモーヌ? どこだ?」
俺は大声を放ち、あちこち捜した。だがどこにも彼女の姿はない。焦燥がつのり、怒鳴るように声をかけた。
「シモーヌ! どこにいるんだ! 返事しろ!」
そこへやってきたのはムタージだ。黒尽くめの彼はカラスに瓜二つだった。パイプから紫煙をくゆらせている。
「どうした少年。お嬢さんがいないのか?」
「ああ、いなくなっちまった……。この森は結界が張ってあるんだろ? シモーヌが翼を使って飛んでいったとして、結界には引っかからなかったのか?」
「小生の結界は鳥や獣や虫を感知しないようになってる。そんなものをいちいち引っかけていてはこっちが疲れるからな。……でも、翼を持った天使のような大きなものなら、検知するはずなんだが……」
ふいにムタージが空を見上げた。ん、どうしたんだ?
「ケストラが結界内に入ってきた。帰ってきたんだ。早速やつに聞きに行こう」
しかし帰還したケストラも、今初めて事態を知ったらしい。シモーヌの不在など考えてみたこともなかったという。
「わしは今までいい物件がないか、あちこち探し回っていただけだ。シモーヌとすれ違ったり、あるいはあやつが遠くに見えたり、といったこともなかったの」
ケストラは「ただ……」と言った。
「ムタージの結界に反応がなかったということから察するに、恐らくシモーヌは『転移』の能力を使ったのだろう。あやつは失踪したのだよ。ほっほっほ」
俺は瞬間的に沸騰する。ケストラの胸倉を掴んで怒鳴り散らした。
「笑いごとじゃねえだろ! ケストラ、空飛ぶじゅうたんを貸してくれ。俺がシモーヌを追いかける!」
中年の魔族は俺の手を両手で外すと、呆れ気味に指摘する。
「どこへ行ったのかも分からずにかの? そんなことじゃ捉まるものも捉まらんぞよ」
俺は地団太を踏みそうになった。
「じゃあどうしろってんだ!」
俺の心に冷水をぶっかけるように、ケストラは冷静な瞳を俺に向ける。
「考えるのさ。シモーヌが失踪した理由に、何か心当たりはないかの?」
「心当たり……?」
俺は外向きだった思考を内側に向けて、必死に考えた。今までの人生でこれほど頭を使ったことはない。……と、そういえば。
「確か上位天使のザノンがシモーヌに言ってたっけ。『神界は――天使長ホイトさまはお前の帰還を求めている!』とか何とか」
ムタージは下手な口笛を鳴らした。その両目がいたずらっぽく輝いている。
「ほう、神界の連中が手を伸ばしてきてたのか」
「そうだ、それに……シモーヌは『神の力にすがらざるを得ない』っていう、ケストラの言葉をつぶやいてたな」
ケストラが首肯し、俺へよくできたといわんばかりの笑みを見せた。
「決まりだの。神界だ。シモーヌは天使長ホイトへ仲間の復活を掛け合うために、一人神界へ渡ったのだ。ほっほっほ」
俺は拳を握って歓喜する。シモーヌの影を掴んだ気がした。
「よっしゃ! 場所さえ分かれば後は簡単だ! 早速神界へ行くぞ!」
ムタージは俺の言葉に頭痛でも覚えたのか、額に手を当てて嘆く。




