表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

71/87

71追跡

 ケストラは手を叩く。話はおしまい、ということか。


「では、わしは新しい研究施設を建てられそうな場所を探しにいってくる。ムンチ、シモーヌは今日は何もせず休んでおれ」


「いや、でも……」


 ケストラは優しく(さと)してきた。いたわりがかいま見える。


「人間で疲労するのは肉体だけでなく精神もだ。おぬしらは疲れておる。いいから今日は休め」


「わ、分かったよ」


「それではの」


 ケストラは空飛ぶじゅうたんに乗ると、垂直に上昇し、そこから太陽の方向へ飛翔していった。


 ムタージはあくびして両手足を伸ばし、全身の筋肉をほぐした。


「少年、お嬢さん。たまには肉が食いたいだろう? 小生が用意するからここで待っていろ」


 ムタージは『羽のある靴』の力で上空に飛び上がると、どこかへ姿を消した。フォローしてくれるつもりらしい。


 残された俺とシモーヌは、確かに精神的に疲労困憊(こんぱい)だった。どっと疲れてへたり込む。俺は今や懐かしささえ覚える、死んだ仲間の名をつぶやいた。


「勇者ライデン……武闘家ピューロ……僧侶メイナ……魔法使いゴルドン……鳥人グレフ……」


 シモーヌが両手で顔を覆い、声を震わせる。


「みんな……誰一人として生き返らせることができないなんて……」


 俺は少しだけ『鋼の爪』を伸ばし、その甲をにらみつけた。


「俺の爪は何でも――何でもじゃないけど、とりあえずは――色んなものを破壊できる。でも、どれだけ強くなっても、仲間の一人も助けられないんだな。情けねえ」


「ムンチさん……」


 俺は爪を元に戻すと、両手を頭の後ろで組んで寝転がる。よく晴れた空が見えた。


「でもまあ、しょうがないか。ケストラとムタージの二人が揃って駄目だってんなら、素人の俺たちじゃどうにもならねえよ」


 そよ風が吹き、俺の髪をふわりと浮かせる。シモーヌがぼそりと尋ねてきた。


「『神の力にすがらざるを得ない』――って、ケストラおじさまはおっしゃってましたね」


「ん? ああ、言ってたな。……どうした? 祈祷でもするのか?」


「いえ……」


 そこへもうムタージが戻ってきた。


「ほれ、鶏を一羽絞めてきたぞ。卵と一緒に焼いて食おうじゃないか。ケストラの奴には内緒でな」


「おお、ありがてえ! シモーヌも食うだろ?」


「はい、では少しだけ」


 昼食は特に問題なく行なわれた。しかし俺は、シモーヌのうち沈んだ、物思いにふける表情が少しだけ気になった……




 その日の夕暮れ。俺はシモーヌがいつまで経っても晩飯に来ないので、彼女が寝ているはずの場所へ向かった。シモーヌは昼食後、「少し休みたい」と言い出し、午後から天然のベッドで横になっていたのだ。


 だが、そこには誰もいなかった。『魔法使いの腕輪』が葉っぱの寝台に置かれていたので、俺はそれを取る。


「シモーヌ? どこだ?」


 俺は大声を放ち、あちこち捜した。だがどこにも彼女の姿はない。焦燥がつのり、怒鳴るように声をかけた。


「シモーヌ! どこにいるんだ! 返事しろ!」


 そこへやってきたのはムタージだ。黒尽くめの彼はカラスに瓜二つだった。パイプから紫煙をくゆらせている。


「どうした少年。お嬢さんがいないのか?」


「ああ、いなくなっちまった……。この森は結界が張ってあるんだろ? シモーヌが翼を使って飛んでいったとして、結界には引っかからなかったのか?」


「小生の結界は鳥や獣や虫を感知しないようになってる。そんなものをいちいち引っかけていてはこっちが疲れるからな。……でも、翼を持った天使のような大きなものなら、検知するはずなんだが……」


 ふいにムタージが空を見上げた。ん、どうしたんだ?


「ケストラが結界内に入ってきた。帰ってきたんだ。早速やつに聞きに行こう」


 しかし帰還したケストラも、今初めて事態を知ったらしい。シモーヌの不在など考えてみたこともなかったという。


「わしは今までいい物件がないか、あちこち探し回っていただけだ。シモーヌとすれ違ったり、あるいはあやつが遠くに見えたり、といったこともなかったの」


 ケストラは「ただ……」と言った。


「ムタージの結界に反応がなかったということから察するに、恐らくシモーヌは『転移』の能力を使ったのだろう。あやつは失踪したのだよ。ほっほっほ」


 俺は瞬間的に沸騰(ふっとう)する。ケストラの胸倉を掴んで怒鳴り散らした。


「笑いごとじゃねえだろ! ケストラ、空飛ぶじゅうたんを貸してくれ。俺がシモーヌを追いかける!」


 中年の魔族は俺の手を両手で外すと、呆れ気味に指摘する。


「どこへ行ったのかも分からずにかの? そんなことじゃ(つか)まるものも捉まらんぞよ」


 俺は地団太を踏みそうになった。


「じゃあどうしろってんだ!」


 俺の心に冷水をぶっかけるように、ケストラは冷静な瞳を俺に向ける。


「考えるのさ。シモーヌが失踪した理由に、何か心当たりはないかの?」


「心当たり……?」


 俺は外向きだった思考を内側に向けて、必死に考えた。今までの人生でこれほど頭を使ったことはない。……と、そういえば。


「確か上位天使のザノンがシモーヌに言ってたっけ。『神界は――天使長ホイトさまはお前の帰還を求めている!』とか何とか」


 ムタージは下手な口笛を鳴らした。その両目がいたずらっぽく輝いている。


「ほう、神界の連中が手を伸ばしてきてたのか」


「そうだ、それに……シモーヌは『神の力にすがらざるを得ない』っていう、ケストラの言葉をつぶやいてたな」


 ケストラが首肯(しゅこう)し、俺へよくできたといわんばかりの笑みを見せた。


「決まりだの。神界だ。シモーヌは天使長ホイトへ仲間の復活を掛け合うために、一人神界へ渡ったのだ。ほっほっほ」


 俺は拳を握って歓喜する。シモーヌの影を(つか)んだ気がした。


「よっしゃ! 場所さえ分かれば後は簡単だ! 早速神界へ行くぞ!」


 ムタージは俺の言葉に頭痛でも覚えたのか、額に手を当てて嘆く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ