70失踪
「まあな。あれから色々ありすぎた。そういえばシモーヌにはまだ言ってなかったけど……」
「何ですか?」
「俺、自分の親父を――『弓矢のガラン』を殺してるんだ。10年前にな」
「えっ……」
シモーヌは手で口元を押さえた。
俺は彼女に、旅芸人一座『ツェルモ』の座長セイラから、鋼の爪を使えるようになる『銀の指輪』をもらったこと。それで下女のロザリナの喉を刺し貫いて死亡させたこと。父親のガランに殺されそうになり、その首を刎ねたこと――などを話して聞かせた。
「そんなことが……」
「魔法使いゴルドンは生前、それを『悲しい正当防衛』って言ってくれたけど……。俺はやっぱり、それでも苦しいんだ。この10年、眠れない夜を何度数えたことか。今朝も夢に見ちまったよ」
シモーヌは悲しげな瞳を俺に向ける。何を言うべきか、どんな態度を取るべきか、そんな迷いが奥底にあった。
「ムンチさん、それは……」
俺はしかし、手の平で押し返すようなしぐさをする。
「いや、同情してほしくてこの話を切り出したんじゃない。ただシモーヌには知っておいてほしかったんだ。それだけだ」
それが嘘いつわらざる本音だった。俺は桃をかじりながら話を変える。
「実はさ、俺、将来の夢があってさ」
「夢? どんな夢ですか」
「王都ルバディに料理店を開いて、都民に食事を提供していきたい。宿屋が振る舞うような粗末な飯じゃなくて、もっと高級で珍しいものを、な。それこそ貴族の晩餐に出てくるような、そんな美味いやつをさ」
シモーヌは微笑んだ。
「へえ……! いいですね」
「専門的な料理屋みたいなのは、まだ数えるほどしかないし、競合は避けられるだろうと思うんだ。かつて天使セイラは大道芸で他人を幸せにしていた。俺はこの10年の放浪生活で狩猟と料理だけは上手い。そこで……」
俺は果物を天然の机に置く。真っ直ぐシモーヌを見つめた。
「好きだ、シモーヌ。もしあらかた片付いたら、俺と一緒に料理店を切り盛りしていかないか? 都民のお客を、味覚で幸せにしていきたいんだ」
とうとう言った。俺はこの結婚の申し出にも等しい言葉を、ついに吐き出したのだ。だが……
「ムンチさん……」
彼女はあからさまに暗い表情をしている。残念そうな、辛そうな、俺がここでもっとも見たくもなかった顔。それでも一応確認した。
「駄目か? シモーヌ」
シモーヌは視線を落とし、「ごめんなさい」とかすれた声で答える。弱々しくも、はっきりとした拒絶だった。俺はショックを隠せない。乾いた笑いでごまかした。
「い、いや、それならそれでいいんだ。ははは、気にしないでくれ」
その後はぎこちない会話が続き、沈黙が訪れることもたびたびだった。傷心の俺は、ともかく勇者ライデンたちを復活させるという目的を一致させると、早々にケストラたちのほうへ戻っていった。
失恋の痛みに、俺はちょっぴり泣いてしまった。
■失踪
翌日から、ケストラはムタージの力を借りて、死者蘇生の研究に改めて取りかかった。
「命をよみがえらすのは大変なことだよ。それも、対価なしに、ときてる。ほっほっほ。まずは取っかかりの実験を繰り返して、それが可能かどうか検証してみるとしよう」
中年のケストラと年老いたムタージは、若い俺とシモーヌに雑用を任せつつ、ひたすら机に向かって集中する。壷に入れた水へ小動物の骨や見たこともない派手なキノコを放り込み、呪文を唱えながらかき回した。そこへ別の杯に入れておいた獣の血や尻尾、魔物の牙などを注ぎ込む。ぽん、と音がして煙が立ち昇り、急に壷の中身が沸騰した。ケストラは何かをすり潰した粉を投入し、さらに中身をかき回す。
俺たちにはよく分からない、魔法の研究だった。ムタージがそっと俺に告げる。
「実は小生にも、歴代権力者たちから生命復活の魔道具を製作するよう依頼があった。だが小生の腕では完成どころか、そこに至る道筋さえ見えなかった。ケストラは『復活の短剣』を失敗作というが、それだけでも大したものだ」
そして4日後。ケストラは突如研究の手を止め、無言のまま葉っぱのベッドで爆睡した。そして翌朝起きるや否や、俺とシモーヌ、ムタージを前に、悔しそうに断言する。
「駄目だったよ。やはり技術的に『復活の短剣』以上のものは作れない。あきらめるより他にないな。ほっほっほ。わしの実力なんて、しょせんこんなものなのさ」
笑ってはいるが、ケストラも自分自身の限界にショックを受けているようだった。ケストラほどの魔法使いが、あきらめるしかないとは……。俺は奥歯を噛み締める。
「ちくしょう……。なら俺が『復活の短剣』を使って、せめて勇者ライデンだけでも生き返らせてやる!」
ケストラは俺を叱った。やりきれない思いが口調ににじんでいる。
「愚か者だの。ライデンがおぬしの死で蘇って嬉しがるわけなかろう。ここは断念するしかないんだよ」
シモーヌがすがるように必死に訴えた。
「本当に無理なんですか? 可能性は少しも残ってないんですか?」
答えたのはムタージだ。声に陰が落ちている。
「残念だがお嬢さん、小生やケストラの言う『無理』は、本当に『無理』なのだ。期待させてすまなかったな」
シモーヌはしょげ返った。両肩を落とした姿が痛々しい。
「そ、そうなんですか……」
ケストラは彼女をなぐさめるように、その頭頂部をぽんと叩いた。
「ムンチやシモーヌが早まらないよう、『復活の短剣』はわしの空間に放り込んでおこう。もし――本当に死者をよみがえらせるなら、それこそ神の力にすがらざるを得ないだろうて」
ムタージはその言葉に不快感を覚えたか、親友にきびきびと注意する。
「小生はかつて死んだ妻を生き返らせようと、色々な神に祈祷した。だが何も起こらなかった。子供に希望を持たせるような真似はよせ、ケストラ」
「ああ、こいつはすまん。ほっほっほ」




