07再会
「いずれ機会があれば見せてやるよ」
それからしばらく時が経過した後、馬車が急停止した。上下運動がなくなって、俺はむしろ違和感を覚える。
「何だ?」
商人がたまげた。
「敵襲だ! 盗賊だぞ! 50人はいやがる!」
「まあ、大変! どうしましょう、ムンチさん!」
俺はまったく慌てることなく、茶飲み気分で鼻歌を歌った。
「意外に早く機会がきたな。ま、とりあえず外に降りてみよう。シモーヌは危険だからそこで見てろ」
どこから現れたのか、野卑な盗賊たちは隊商の護衛を次々に斬り刻んでいく。護衛たちも決死の応戦をするが、確か20人しかいなかったので、たちまち返り討ちに遭っているようだ。
そんな中、俺に近づく盗賊だけが、突然血飛沫を上げて倒れていく。シモーヌが感嘆した。
「これは……!」
俺が盗賊たちに右手人差し指を突きつけると、その延長線上にあるものが次々に死んでいく。
「これは――爪?」
俺の指の爪が、目にも止まらぬスピードで真っ直ぐ飛んでいき、盗賊たちに致命傷を与えているのだ。俺は野蛮な襲撃者たちに相応の報いをくれていく。
「これが俺の能力、『鋼の爪』だ。まず鋼鉄化して、次いで後続の爪に押し出される形ですっ飛んでいく。それも無限に、な」
「これが、魔物たちを殺してきた力――魔王モーグおじさまの居室にたった一人で辿り着いた、ムンチさんの力なんですね」
「そういうことだ」
盗賊たちはどんどん殺され、死体の山を一方的に築いていった。俺は無慈悲に残酷に、盗賊たちを仕留めていく。
と、そのときだった。シモーヌが悲鳴を上げたのだ。
「て、てめえ、怪物! こっちを見ろっ!」
馬車の反対側を見やれば、年若い盗賊がシモーヌの背後に回り、彼女の喉に短剣を突きつけている。前方から内部に乗り込んできたらしい。俺は盗賊の思いつきに深々とため息をついた。あと、シモーヌのどじっぷりにも。
「それで人質を取ったつもりか?」
「そうさ! こいつを殺されたくなかったら、その爪の攻撃をやめ……うぎゃああっ!」
俺は若者の手首を、伸ばした爪をしならせて切り落としていた。シモーヌはあたふたとこちらに這いつくばってくる。
「今のは魔王ウォルグさんの瓦礫を寸断した技ですね?」
「ああ。『鋼の爪』は速射、剣、鞭の使い分けができるんだ。……もうお前、俺のそばにいろ。離れるな」
「は、はいっ!」
俺はさらに爪を連射し、盗賊たちを殺害していった。頭が、腕が、足が吹っ飛ぶ。まともに原形をとどめたものなど、誰一人としていなかった。
「ひ、引け! 引くんだ!」
遂に頭領格が手下たちに撤退を命じた。彼らは収奪を断念し、森の中に逃げていく。後には命を失った骸たちが血だまりに沈んでいた。生き残りは俺とシモーヌ、それから10人の商人だけだ。その中に、隊商のリーダーであるヒギンスも含まれていた。
「盗賊たちのなきがらが最も多いのは最後尾だな。ムンチ君、この不思議な死体の山はいったい……?」
俺はそっけなく返す。『鋼の爪』を撃ち出す右手人差し指は、すっかり本性を隠して元に戻しておいた。
「さあ。三権神が加護をくれたのではないでしょうか」
「ううむ……。まあいい、盗賊たちが引き返してこないとも限らない。怪我したものは手当てして、早速出発しよう」
馬車隊はすっかり疲弊しながらも、どうにか出発する。夕暮れが迫っていた。淀んだ大地に黄金の光が最後の一瞥をくれようとしている。
俺とシモーヌはまた馬車に揺られていた。
「ムンチさん。あのおじさまの地下迷宮では、魔物たちに対して容赦なかったですよね。さっきも、相手は魔物ではなく人間なのに、無慈悲に撃ち殺していました。ひょっとして、こうした殺生には慣れているのですか?」
俺は急に疲労感を味わった。
「いいや。人間はよっぽどのことがない限り殺さないな、俺は」
「さっきは『よっぽどのこと』だったんですね」
「命懸けの場面なら迷わず殺す。ためらうだけ馬鹿みたいだからな。そうさ、俺は殺人者なんだ。あのときから……」
「ムンチさん……?」
「俺は寝る。着いたら起こしてくれ」
俺は横になった。振動の強さで寝付けそうになかったが、それでも意地で目をつぶった。
そう、俺の手は汚れているんだ――あのときからずっと。
■再会
勇者と魔王。この関係がいつから始まったのかは分からない。
悪の権化である魔王は、強力な魔物たちを従えて、約200年ごとに現れる。人間たちからすれば、魔物たちが連係して攻撃してきたり、局地的に強い個体が増加したりすることでそうだと分かった。魔物とは、たとえば巨大な昆虫・獣・猛禽の他、それらの特徴を備えた亜人種のことである。
魔王は基本的に地上には姿を見せない。どうやって組み上げたのか、ごく短時間で作り上げた『地下迷宮』の最下層に潜んで、そこから地上の魔物たちを操っているという。その目的は人間の虐殺であると、セキュア教聖典は告げている。
もちろんセキュア教信徒たちは、魔物に対する場合は派閥を超えて『調和』し、撃退に当たった。魔物の存在こそが、三権神の人間に対する示唆だと主張するものも多かった。
一方、勇者とは。
これは魔王を倒せるという『伝説の武具』を扱える、優れた人間のことをさす。魔王が出現したとき、世の権力者は『伝説の武具』の使い手となる人材を募集してきた。そして実際に『勇者の剣』の能力を発揮させられたものが、国王とセキュア教最高神官の祝福を受け、仲間とともに魔王の地下迷宮を目指すのだ。
勇者一行に加わるものもまた、『伝説の武具』の操り手である。『武闘家のピアス』『僧侶の杖』『魔法使いの腕輪』『賢者の王冠』――まだまだあるが、基本的には武具の能力を引き出せた才能あるものが、それを身に着けて戦いにおもむくのだ。
今までの魔王はそうやって倒されてきた。今回もそうなるはずだった。
そう、堕天使ウォルグが介入しなければ――