69森林の家
俺は新しいおもちゃをもらった子供のようにはしゃいでしまった。
「おおっ、凄い!」
ムタージが勝ち誇って口角を吊り上げる。
「そうだろうそうだろう。よし、今度はそのまま横に寝転がってみろ」
「横に? よし……」
俺は腰の位置をずらしながら、天然の椅子の上で横になった。転がり落ちるかと少し怖かったが、何と新たな、しかしよく似た葉っぱが大地から飛び出し、俺の上半身をしっかり受け止めたではないか。
「うひょー! こいつはいいや!」
シモーヌが驚きと感動がスパイスされた歓声を上げる。
「自然のベッド……! 便利です!」
ムタージは有頂天になって大笑した。
「かっかっか、どうだ。この森は、全体に張り巡らせた結界により、いつでもどこででも食事や睡眠が取れるように作られておるのだ。つまり、この森林全体が小生の家というわけだ。大したもんだろう?」
俺は心から賛同する。
「ああ、こいつは素晴らしいな……。しかし魔界の『円柱』といい、この森といい、魔法使いは普通の家に住んだら駄目だっていう決まりでもあるのか?」
ムタージは『円柱』という言葉に反応した。笑いを収めてあごをつまむ。
「なぜケストラの魔界における根拠地を知っておる? 気になってはいたんだが、お前ら子供は何者だ? ケストラよ、教えろ」
ケストラは俺たちを紹介した。
「わしの助手のムンチとシモーヌだ。ムタージはやっぱり助手は取らぬのか?」
「前にも言ったろう。何で赤の他人のために、着るものや飯や風呂を用意せねばならぬ? よっぽど使えるやつでない限り、弟子はいらん」
「おぬしは変わらんな。ほっほっほ。では早速喋るとするか」
ケストラとムタージは葉っぱの椅子に座り、葉っぱの机に肘をつく。木の枝が伸びてきて、杯とブドウ酒の瓶を机上に置いて去っていった。さすがにこれらはムタージがどこかで買ってきたものらしい。二人は酒を注いでまずは乾杯としゃれ込んだ。
「ではまず、お前が何でそんなに若返ったのか、教えてもらおうか」
そこでシモーヌが俺に耳打ちする。
「ちょっとここで待っててくれますか?」
「どうした?」
「いいから。すぐ戻ります」
シモーヌは森の奥に去っていった。俺は椅子に腰を落ち着けながら、2人の魔法使いの話に聞き入る。
「……なるほど、その『魔薬』とやらで魔族として若返ったのか。それはいいとして、結果として記憶喪失になるとはお前らしくない失敗だったな。かっかっか」
「ほっほっほ。おかげで20年もの間、魔族の実力者気分で過ごしたわい。しかも魔王にまでなってしまって、本気で人界制覇をもくろんでいたからな、あのときのわし……」
「記憶が戻って本当に運が良かったな、ケストラよ。身代わりとなった鳥人グレフは気の毒だったが」
「うむ、だからこそ彼を生き返らせたいのだよ。それで話は本題に入るが、この『復活の短剣』を見てくれないか?」
「ほう、こいつは初めて見るな。今まで黙っていたということは、失敗品か」
「そんなところだの」
そこで足音が近づいてきた。俺は「シモーヌ、何してたんだ?」と聞きながら、その方向へ目を向ける。そして、驚いて肝を潰した。
戻ってきたシモーヌが着ていたのは、今は亡き鳥人グレフが魔界でくれた、刺繍の入った青いチュニックだったのだ。その美しさたるや、雲上の人のようだ。シモーヌは恥ずかしそうにもじもじしている。
「…………」
俺の沈黙は長かった。心奪われる、とはまさに今の俺の状態にぴったりの言葉だ。やがてシモーヌは、俺から何の反応もないことに残念そうな顔をした。ちょっと悲しそうにうつむく。
「やっぱり私には似合わなかったですよね……」
俺は彼女の声でようやく我に返った。慌てて勘違いを解こうとする。
「いや、その逆だ」
「え?」
「とてもよく似合っているよ、シモーヌ。綺麗だ。見惚れちまった」
「…………!」
シモーヌは真っ赤になって、自分の頬を両手で押さえた。安堵のよぎった両目が、一瞬俺のそれと交錯する。
「そうですか? よかった……」
ここでようやくシモーヌは笑みを浮かべた。二人して笑っていると、そこで無粋にも俺の腹が鳴る。
「俺たちも雑談しようぜ、飯食いながら。……天使は水も食事もいらないんだっけ?」
「いいえ、ときには摂りますよ」
ケストラとムタージは相変わらずよもやま話に打ち興じている。俺は「場所を変えようか」と、シモーヌとともに森の中を歩いていった。
「この辺りにするか」
折れた大木が横倒しになっている場所だ。それはかなり古くてコケが生えており、空いた穴からリスが首を覗かせていた。俺は膝をゆっくりと曲げる。たちまちその場に葉っぱの椅子が差し出された。シモーヌも同様に、俺と向かい合って座る。
「ご飯が食べたいです……」
彼女がそう口にすると、近くの草や木の枝が次々と二人の前に伸びてきた。イチゴや桃、さくらんぼが豊富に実っている。多分場所によって食べ物の内容も変わってくるのだろう。
俺とシモーヌは一礼した。
「では、いただきます」
「私も、いただきます」
俺とシモーヌは上手い果物を食べながら、まずは今までを振り返る。
「結局俺は、今でもシモーヌの用心棒なのか?」
彼女は俺の語尾に重なるように、即座に断言した。
「はい、もちろんです。ムンチさんは、ケストラおじさまにお世話になった分、私を守る役目があります。そこは確認しなくても分かりきっていることですね」
くすくす笑うシモーヌに、俺はじゃっかん呆れ返る。
「当然みたいに言うな。……ま、俺も差し当たって打ち解けられる相手は、シモーヌ一人きりだしな。用心棒は続行する」
彼女は少し真面目な顔つきになり、遠い目で宙を見つめた。
「それにしても……。あの地下迷宮で、魔王モーグ――ケストラおじさまと一緒にムンチさんと出会ったのが、遠い昔のことのようです」




