表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

67/87

67ザノン

 他人にあるものが、自分にだけない。俺は悲しくなり、泣きそうになった。


「何で? どうしてお母さんは死んじゃったの? 僕らを残して……」


「それはな、ムンチ……」


 突然辺りが真っ暗になる。音さえ消えて、賑やかだった世界が黒一色に封じ込められた。父のけたたましい嘲笑が俺に降り注ぐ。


「な、何?」


 ガランはいきなり俺に掴みかかり、笑いながら喉を締め上げた。


「ムンチ、お前が悪魔だからだ! お前がカイを殺したからだ! だからお母さんはいないんだ! がははははっ!」


 俺がお袋を――カイを殺したというのか。そんな……!


「が……っ」


 呼吸ができない。一方で右手人差し指が熱い。俺は本能的に悟った。これは、この力は使ってはいけない。だがその思いとは別に、勝手に右手が動く。駄目だ!


 次の瞬間だった。『鋼の爪』が伸びて鋭い刃となり、横に振られる。ガランの表情が絵画のように静止した。その首から上がずるりと傾いて、ほとばしる血潮の中、地面に転がり落ちる。


 俺は気が狂いそうな光景に、腹の底から絶叫した。


「お父さーんっ!」


 そこで世界が歪み、何もかも跡形もなく消滅する――




 俺は泣きながら起き上がった。ケストラとシモーヌがぎょっとしてこちらを見ている。外はだいぶ明るくなっていて、日差しに照らされた反対側の崖がまばゆい。


 え? ここはどこだっけ? いや、というか今の聖誕祭の光景は……


「ゆ、夢か……」


 俺はほっと安堵(あんど)した。涙を指先でぬぐう。シモーヌが心配したらしく声をかけてきた。


「ムンチさん、起きたんですね。何だかうなされていたみたいですが、大丈夫ですか?」


「ああ、何でもない。ちょっとひどい夢を見たってだけだ。シモーヌはよく眠れたか?」


「はい、ぐっすりと」


 俺はちょっと皮肉交じりにつぶやく。


「それはよかった」


 ケストラが手を叩いて乾いた音を響かせた。


「よし、全員起きたことだし、そろそろ家を拡張していこうかの。ほれほれ、空飛ぶじゅうたんに乗るのだ、二人とも」


 ケストラは毛布をしまうと、魔法のじゅうたんを取り出してそこに座る。俺とシモーヌも乗った。


「……ってケストラ、結界の外に出られるのか?」


「ああ、とっくに効果は消えとる。魔族のわしでも問題はない。ほっほっほ。では行こう」


 俺たちは岸壁の外へ飛び出す。あまりの高さが陽光で露見して、俺は背筋が凍った。


「こんなに高かったのかよ……。落ちたら死ぬな」


 ケストラはそんな俺の心境に興味なさげで、崖をにらみながらああでもない、こうでもないとぶつぶつ独語する。


「とりあえず3階建てにしようかの。となると柱を残して……壁は幅を持たせて……入り口は……」


 そのときだった。いきなり頭上に複雑な紋様の魔方陣が出現する。俺は仰天して見上げた。


「な、何だ?」


 魔方陣はその数をたちまち増大させる。それらから、剣と鎧で武装した天使たち――背中に白い翼が生えている――が続々と飛び出してきた。


 ケストラが厳しい声でつぶやく。


「天使たちだ。……シモーヌ、この腕輪をはめるのだ」


 ケストラから『魔法使いの腕輪』を受け取りつつ、シモーヌは鋭い眼光で同類たちを見渡していた。そうしながらパチリと腕輪をはめる。


 やがて武装した天使たちの中でも、ひときわ大きなものが一歩進み出た。この頃には、あれだけあった魔方陣がすべて消えている。快晴をバックに、分厚いダンビラを()いたその天使は、こちらをにらみ殺さんばかりに凝視してきた。


「やはり生き返っていたようだな、ケストラ!」


 肺腑(はいふ)にとどろく怒号が、朝の谷間に響き渡る。


「俺の名はザノン! 今貴様を殺しに参った! 観念しろ!」


 ザノンは剣山のように逆立つ白髪と、命知らずの猛者のみが有する激しい目力を持っていた。角ばった顔は岩より硬そうだ。鎖かたびらの上に赤い鎧かけを羽織っている。


 いつの間にか俺たちは、天使たち約80名に包囲されていた。これは生半可なことではすまないな。俺は右手人差し指を曲げたり伸ばしたりして臨戦態勢を取る。ケストラがザノンへ大声で問いかけた。


「おぬしら、わしだけを殺すのか? この二人も殺すのか?」


「ええと……。それに関しては天使長ホイトさまよりうかがっておる! 天使シモーヌ!」


「はい」


「神界は――天使長ホイトさまはお前の帰還を求めている! 大人しく我らについてこい!」


 これにはシモーヌも驚いていた。


「天使長さまが、私の帰還を?」


 俺にはその重みが分からなかったので、彼女に小声で尋ねる。


「天使長って、神界の偉い奴か?」


「偉いなんてものではありません。最高位、頂点に立つ天使です」


「へえ……」


 ザノンが俺を指差した。大気が震えるようなド迫力を誇示する。


「それから人間ムンチ!」


「何だよ」


「お前は今回の件に首を突っ込むな。邪魔しなければ攻撃はしない。約束してやろう」


「それはありがとよ。嬉しくねえけどな」


 ザノンはダンビラを抜いて、その切っ先をこちらへ向けた。


「さあさあ、お喋りはここまでだ。ケストラよ、観念しろ! ものども、奴の命を奪え!」


 老若男女、背の高低、体の分厚さなどなど、それぞれ個性を持った天使たちが、剣を抜いて一斉に襲いかかってきた。もちろん俺は邪魔をする。


「死亡決定だな、あんたら」


 俺は『鋼の爪』連射で、天使たちを滅多やたらに撃ちまくった。彼ら彼女らは頭や腕、腹や足、翼などを吹っ飛ばされて、血と骨と内臓を撒き散らしながら、次々に墜落していく。


 一方、ケストラは『万物意操』により、瓦礫や岩の塊を天使たちに投げつけていった。それによっても天使たちは深手を負って落ちていく。


 3分の2ほどが勇戦むなしく散ると、ザノンは顔を真っ赤にして怒った。


「おっのれぇー! 行け、召し使いども!」


 大量動員されたらしい召し使いたちが、崖の上からこちら――空飛ぶじゅうたん目がけて飛び降りてくる。俺の爪やケストラの瓦礫に当たっても、かつての召し使いザルフェのように突き抜けて、すぐ元通りになった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ