61告白
「へへ、教えるもんかよ」
ふと何かに気付いたように、高級魔族は嘲笑を閃かせる。
「ふふふ、そうですか、なるほど……。わたくしを油断させようと思ってそんな嘘を……! 危うく引っかかるところでした」
嘘じゃないんだけどな。俺はできるだけ冷静に、相手を観察した。やはりあの剣が厄介か。どうにか取り上げられないだろうか。
「さあ、そろそろとどめといきましょうか!」
ダルモアがコウモリの羽を躍動させて襲いかかってきた。俺は伸ばした爪で長剣と切り結ぶ。そこですかさず爪を鞭状にして、長剣の刀身に絡みつかせた。ダルモアの眉間に皺が寄る
「ぬっ?」
俺は『鋼の爪』で、彼の剣をその手から引っこ抜いた。遠く森の中へ放り捨てる。
「ざ、ざまあみろ……!」
「味な真似を……! しかし、わたくしの拳打の威力を知りませんね?」
ダルモアの鋭いアッパーが俺のあごを的確に打ち抜いた。俺は吹っ飛ばされる。
「ぐっ……!」
意識朦朧とした状態で、しかしどうにか転倒はまぬがれた。もっとも、立っていようが寝転んでいようが大差はなかっただろう。高級魔族は岩のような硬さの拳を握って、最後の一撃を加えるべく溜めを作った。
「さあ、とどめです! 死になさい、ムンチ!」
脇腹からの激しい流血で視界が不明瞭になる中、グレフの悲痛な叫びが耳に届く。
「ムンチの旦那ぁっ!」
いよいよ俺も最期か。ただではやられない、一撃報いてやる――と思ったが、もはや右手を持ち上げる力さえ失われていた。
と、そのときだ。突如、俺とダルモアの間に光が爆発したのだ。無音の炸裂に、ダルモアとグレフの驚きの声が聞き取れる。
「こ、これは……!」
「『転移』の光……っ?」
輝きが収まったとき、そこにたたずんでいたのは――
「ど、どうしたんですかダルモアさん。その血まみれでぼろぼろな格好は……」
シモーヌだった。彼女が振り返り、俺の存在に気付く。
「ム、ムンチさんっ! 大丈夫ですかっ?」
シモーヌは片手に木製の小筒を、もう一方に新『僧侶の杖』を握り締めていた。右腕に『魔法使いの腕輪』、耳に『武闘家のピアス』。腰帯には『復活の短剣』をたばさんでいる。首には『金の首飾り』もかけていた。
彼女は俺に駆け寄り、その怪我に慄然とした。
「今すぐ治します!」
シモーヌが新『僧侶の杖』を振ると、太陽のような光輝とともに、俺の全身の傷が治る。脇腹も、怪我の跡さえないぐらい完璧に。
俺は体中の痛みから解放され、確固たる意思を取り戻した。
「た、助かったぜ、シモーヌ……。その分じゃ、まだ『復活の短剣』は使ってないようだな」
「全速力で追いかけてきたんですね、ムンチさん。でも……」
彼女はすっと身を引く。沈痛な表情だった。
「これから使います。モーグおじさまを生き返らせるために。邪魔しないでください」
ダルモアがせせら笑う。優越感に浸っていた。
「シモーヌがその命を捧げてモーグさまを蘇生させようとするのは、紛れもなく彼女の意志です。ムンチ、あきらめなさい」
そんなことは百も承知だ。だが、俺はがえんじなかった。なるほど、死んだ人間を復活させるのは当人の満足に繋がるだろう。しかし、それで後に残されたものはどうなる。結局使用したものの死を悼むしかないではないか。再生した人間とともに……
いや、そんな理屈はどうでもよかった。俺はシモーヌが死ぬなんて真っ平ごめんだ。ただそれだけだったのだ。
「そうはいかねえ!」
俺はシモーヌにつかつかと歩み寄った。シモーヌはまばたきする。
「ムンチさん……? きゃっ!」
次の瞬間、俺はシモーヌを抱き締めていた。柔らかい温もりを両腕で包み込む。
「好きだ、シモーヌ。好きなんだ」
「ムンチさん……!」
俺は気がつけば涙を流していた。嫌だ。シモーヌがいなくなるなんて、嫌だ。
「モーグを復活させようなんて考えないでくれ。俺と一緒にいてくれ。生きて、生きていてくれ。頼むよ、頼むから……!」
まるで駄々っ子のように、俺は天使にお願いする。号泣し、情けないことこの上なかった。だがそれを取り繕う余裕はない。
「ムンチさん……」
シモーヌは鼻をすすり上げ、俺の台詞に感極まっていた。
「好きだって言葉……聞けてよかったです」
彼女もまたむせび泣く。
「ありがとうございます、ムンチさん……」
俺たちは互いに落涙しながら、心を通わせ合わせた。
大丈夫。シモーヌは死んだりしない。俺はそう期待して、彼女の意志を確認する。
「なら、『復活の短剣』を使ったりなんかしないよな? シモーヌ……」
シモーヌはゆっくりと翼を生やした。それに押されて、俺は抱擁していた腕もろとも後方へ尻餅をつく。彼女は悲しげに俺を見下ろして、羽を収納した。
「いいえ、駄目です」
「シモーヌ……!」
「私はモーグおじさまを復活させます。この命の使い方、邪魔しないでください……」
「そ、そんな……」
だが俺は動けない。シモーヌの瞳はそれほど決意に満ちていて、俺の希望をねじ伏せる圧力を備えていたからだ。俺ごときではとうてい止められない。そう思い知らされた。
シモーヌは数歩下がって、地面に小筒を置いた。中にモーグの遺骨が入っているのだ。
彼女のかたわらに進んだダルモアは、思いどおりに進む物事に笑みをこらえ切れないみたいだった。
「いいですよ、シモーヌ、その覚悟! さあ、『復活の短剣』でそれを突き刺しなさい! さすればモーグさまが蘇生します!」
「分かってます。……さよなら、ムンチさん!」
シモーヌが腰帯に佩いた短剣を抜く。そして逆手に持ち、小筒に狙いを定めた。俺は地面に縫い付けられたように、その光景を眺めるのみだった。
「シモーヌ……!」
『復活の短剣』が掲げられる。その帰結を先取りして、俺は今さら意味のない制止の声を放った。




