60正体
■正体
俺はグレフに抱きかかえられ、彼の翼で空へと羽ばたいた。ええと、王都ルバディはあそこで、あの白鯨山はあっちだから……地下迷宮は右手真っ直ぐか。俺はグレフに方向を指示した。
「しばらくはあのクリュー川に沿って飛んでくれ!」
「あいよっ!」
魔王ウォルグの死で魔物たちの多くは野生に戻ったらしい。俺たちを捕食しようと、あちこちから飛行可能な魔物が触手を伸ばしてくる。俺はムカついた。
「邪魔だっ! 今急いでんだよっ!」
『鋼の爪』を連射して、寄ってくる魔物を各個撃破した。しばらく死体の山を築いていると、怯えた魔物たちは近づいてこなくなった。そうだ、それでいい。落ち着いてくると、思考は身の回りの魔物たちから、消え去ったシモーヌへと焦点を移す。
魔王ウォルグの一番の部下、水の体のザルフェ。彼との初戦で、俺はシモーヌをさらわれている。あのとき同様、いやもっと強く狂おしく、俺は彼女を取り戻したかった。
やっぱり俺はシモーヌが好きなのだ。
その事実に、俺はようやく目を向けた。最初は確かに、ただの用心棒とその依頼主という関係だった。だがシモーヌの裏表のない優しい性格、正直な心に触れるうち、いつしか俺は彼女に惹かれていったのだ。
そのシモーヌが、あろうことか養父のために、自分の命を捨て去ろうとしている。そんなことは我慢ならなかった。何としても間に合って、その暴挙を阻止したい。これほど誰かに死んでほしくない、生きていてほしいと願ったのは、今までの17年の人生で初めてのことだった。
「シモーヌ、早まるなよ……!」
彼女の肩にかかる程度の長さの、薄青色の髪の毛。豊かな睫毛の、はっきりした碧眼。それが未来永劫失われるなんて、考えただけでも寒気がする……
『勇者の剣』に吹き込まれているケストラの亡霊が、ふいに顔だけ出した。
「ところで小僧、わしは疑問に思うことがあるのだけど、ちょっといいかの?」
「こんなときに何だよ」
「……なぜ魔王モーグは生前『万物意操』の能力を持つ『金の首飾り』を所持しておったのだ? また小僧、おぬしの『鋼の爪』の指輪も、なぜ人界への間諜である天使セイラが持っておったのだ?」
それは……と考えて、確かに答えが見当たらないことに気がつく。
「さあ。さっぱりだ」
亡霊はもどかしそうに首を振った。得られぬものを欲しがる子供のような声を出す。
「この辺りは解けない謎なのかのう……」
「まあ、そんなこともあるだろ。人間のすべての疑問に答えてくれる神様なんていやしないんだからな。ただひたすら考えることしか与えられていないのが人間だ。そうだろ?」
ケストラの魂が感銘を受けたように見えたのは、彼が俺の言葉で開眼したからではなく、彼の境地に近いことを俺が発したからだろう。
「ほっほっほ。そのとおりだよ、小僧」
俺の記憶力は捨てたものではなかった。グレフの頑張りの結果もあって、ようやく魔王の地下迷宮――入り口が潰れているが――に辿り着いたのだ。うっそうと茂る山林に、三つの岩が並んでいるのが決めてだった。
そこにいたのはダルモアだ。シモーヌの姿は見えない。まさか……
俺は着地し、グレフとともにダルモアと向かい合った。
「おいダルモア。シモーヌはどこだ? 言っておくが死んじまったなんて言葉は聞きたくねえぞ」
ダルモアがくすくす笑う。俺は激昂し、かつ恐怖した。
「おい! 本当に……」
ダルモアはさえぎる。上機嫌だった。
「ご安心を。彼女はまだ地下迷宮の最下層で宝探しです」
俺は両膝の力が抜けて、あやうくへたり込みそうになる。どうにかこらえた。間に合ったのだ。その安堵が胸をよぎった後、肺を塗りつぶすような敵意が燃え立つ。
「ともかくダルモア、お前は許さねえ。決着をつけてやる。……グレフ、下がってろ」
「へ、へい!」
鳥人は俺の背後の木々に身を隠した。その様子にダルモアが失笑する。
「ほう、わたくしに勝てる算段でもできたのですか?」
「黙れ!」
俺はダルモアの上半身目がけて『鋼の爪』を乱射した。ダルモアの体がたちまち穴だらけになり、各所から血潮が噴出する。
だが……
「すぐ治るんですよ、わたくしはね!」
その言葉どおり、傷口がみるみる塞がり、出血が止まった。ちくしょう、やはり駄目か。
ダルモアが元気一杯、はつらつとした表情で俺に言い渡した。
「今度はこっちの番です!」
高級魔族が長剣を抜きつつ飛来する。彼はとっさに屈んだ俺の頭上ギリギリを通過した。髪の毛が数本切られて宙に舞う。
「危ねえな、この野郎!」
俺は爪を伸ばして鞭のようにし、再度空襲をかけてきたダルモアの首を真っ二つに切断した。しかし、奴はすぐさま頭を生やす。白銀が空間を走り、俺の脇腹が切り裂かれた。
「ぐあっ!」
深手だ。激痛が爆発し、俺は危うく倒れ込みそうになる。だがすんでのところで持ちこたえた。
「うおおおおっ!」
俺は狂ったように叫び、ダルモアの全身へ滅多やたらに爪の塊を撃ち込む。だが腕が吹き飛ぼうが足が破壊されようが、ダルモアは驚異的な再生能力ですぐさま元通りになった。
「はあ、はあ……」
血液がどくどくと流れ出す脇腹。その痛みをこらえて、俺は立っているのもやっとだった。一方、ダルモアは余裕しゃくしゃくで長剣を構える。
「どうです、この実力差! ムンチ、あなたも相当強いですが、このわたくしの再生能力にはかないません!」
「うるせえ! これでも魔界で虎頭のバリーを倒したんだ。きっとてめえを倒す方法があるはずだ!」
それを聞いたダルモアの顔から笑みが消える。到底素通りできない言葉を聞かされたと言いたげだった。
「何ですって? バリーを倒したというのですか? わたくしと同じく超再生能力を持つ、あのバリーを……! ど、どうやって勝ったというのです?」




