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06盗賊

 俺は扉を開けてそれらを確認すると、大声で主を呼んだ。


「司祭さまっ! いらっしゃいますでしょうか、司祭さまっ!」


 反応には少しの間があった。奥からドアを開けて、大仰(おおぎょう)な格好をした聖職者が顔を見せる。頬がこけていた。


「私が司祭のナーポです。あなたたちは記憶にないですね。よそ者ですかな?」


 俺は素直に認める。一飯(いっぱん)にあずかるための演技を頑張ってこなした。


「はい。三権神さま――天のガイア・大地のオルテガ・恵みのマッシュの聖地を訪れる途中の巡礼者です」


 ナーポの顔から緊張感が抜けていった。


「そうですか、それは立派な心がけです」


「ところが先ほど、盗賊集団に襲われまして……。逃げ延びられたのはいいのですが、全財産を奪われてしまいました。旅の連れもこのとおり、泣きっぱなしでして……」


 シモーヌが一瞬泣き止んだ。が、それが何でもなかったかのように、再び嗚咽(おえつ)を漏らし出す。俺の演技に合わせてくれてるのか?


 司祭は何も気付かず謹厳(きんげん)な表情をたたえた。


「それはそれは、お気の毒でした」


 俺はここぞとたたみかける。


「そこでものは相談なのですが、一回でいいです。一回でいいですから、僕らに食事をお与えくださいませんか? とてもお腹が空いているのです。どうか、どうか!」


 ナーポは笑顔でうなずいた。『一回だけ』というのが効き目があったらしい。


「そういうことでしたら……。粗末なものしか用意できませんが、それでよければ」


 俺は内心ほくそ笑んだ。やっぱり実際に腹が減っていると、演技の水準も高くなろうというものだ。


「ありがとうございます!」


 こうして与えられたのは黒いパンと、豆とキャベツのスープ、杯に入った水だった。ご馳走というほどのものではないが、空腹の俺は大変感謝して、信じてもいない神に祈った。


 教会の控え室で食事中、俺はシモーヌに今後の予定をこっそり話す。


「まず、ここがどの国のどの地域に当たるのか、司祭さんに聞いてみよう。実は道に迷ってしまって、とかいってな。それからもう一度ジティス王国にある魔王の地下迷宮に乗り込む」


 ようやく泣き止んだシモーヌは、心が空っぽになったのか、やや放心状態にあった。しかしこの俺の言葉を聞くや、また瞳に力が戻る。


「えっ、またあの最深部へ行こうというのですか?」


「ああ。別に驚くことでもないだろ。俺は魔王モーグが()いた、魔物たちによる厳重な警備を突破できる人間だ――たった一人でな。そしてお前は魔物に顔パス。また魔王の部屋――あるじはウォルグに代わったけど――へ行くのなんか造作もないだろ」


「ウォルグさんも転移したかもしれませんよ」


「そうかもしれないが、それならそれで構わない。地上に戻って(さが)すだけだ」


「ムンチさんはやはりウォルグさんを殺したいのですか?」


 俺は黒パンをかじりつつ、真剣に自分の心と向き合った。自問自答は、この10年の放浪生活ですっかり得意になっている。


「いや、どうなんだろうな。俺を人間と認めてくれた魔王モーグを殺し、勇者ライデンを傷つけた相手だ。当然苛立つけど……。何といっても、差し当たって生きる目的がないのが今の俺だからな。魔王ウォルグにもう一度会って、ちゃんと話をしたい。そしてきっちり確認したいんだ。あの地下迷宮に俺の居場所があるのか、を」


「居場所……?」


 俺は少し開きすぎた心の入り口を、改めて閉め直す。


「悪りぃ、つまんねえこと言っちまった。さあ、飯をたいらげようぜ」




■盗賊




「ありがとうございました!」


 俺とシモーヌは司祭ナーポにきっちり頭を下げて、教会を後にした。ナーポの話では、ここは大陸中央のギシュリー王国であり、その第15代国王アークの王城からやや東に離れた位置にあるという。魔王の地下迷宮はジティス王国にあるので、俺たちは遠く南へと転移したわけだ。


「やれやれ、隣国とはいえ、ジティス王国まで戻るのが大変だな。ま、宿場街を渡っていけば危険もそうそうないだろうし……。問題は関所だろうな。……シモーヌ、お前はまだ俺についてくるのか?」


 彼女はこくりとうなずく。いっそ清々しいまでの態度だった。


「はい、そのとおりです。だってムンチさんは、私の用心棒なんですから」


「しょうがねえな。じゃ、行くか」


「はい!」


 俺はちょうど村にやってきていた隊商に頼み込み、シモーヌともども乗せてもらえるよう交渉した。荷馬車群をあずかる頭領のヒギンスは、俺たちが文無しと知って渋い顔をした。しかし結局俺やシモーヌの熱心な頼み込みに心打たれたらしく、無料でいいと了解してくれた。




 村を出た隊商は、先人が切り開いた街道をひた走る。俺とシモーヌはその一部に収まって、仲良く揺られていった。日はまだ高い。


 シモーヌが向かい合う俺の顔を見てぶつぶつつぶやいている。


「緑がかった髪を伸ばし、顔の左半分を隠している。それなりの器量にそれなりの筋肉と上背(うわぜい)を持ち、漂白民の奇術師のような格好を好む。瞳は黄金を溶かしたような飴色(あめいろ)……」


「それって俺の人相か?」


 シモーヌはくすくす笑う。


「はい。明るいところで見ると、なかなか格好いいんですね、ムンチさん」


「『それなりの』という表現が気に食わないな。『世界一素晴らしい』ぐらいに大げさに言えよ。失礼なやつだ」


「じゃあ『まあまあな』に格上げしておきます」


「お前なあ……」


 馬車の酷い揺れでややお尻が痛かった。不機嫌を紛らわすようにあぐらをかく。


「あーあ、盗賊とか追いはぎとか出ないかなぁ」


「何でですか?」


「そういう外道が相手なら、良心の呵責(かしゃく)なく持ち物を奪い取れるだろう? 今の俺たちの問題点は金がないことなんだからな。一稼ぎできたらいいんだよ、悪党相手にな」


「凄い考え方ですね。そういえば、地下迷宮の百を超える魔物たちをねじ伏せてきた、ムンチさんの力って何なのですか? 確かに盗賊や追いはぎが来ても、ムンチさんなら楽に壊滅できそうですが……」

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