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59木の小筒

「何……?」


「シモーヌ、あなたは私の話を聞いてどう思いますか? 恐らく堕天使ウォルグはベルトにでも提げていたはずです――木製の小筒を……!」


 木製の……小筒?


 俺が記憶の畑を大急ぎで掘りまくるのを横に、シモーヌはすべて理解したような声を漏らした。


「……そうだったんですね。あなたは私に、モーグおじさまを生き返らせてほしいんですね? 私の命と交換で……」


 ダルモアは高らかに拍手する――いかにも嬉しそうに。


「ふふ、勘のいい天使ですね。頭のいい人は嫌いではありません」


 グレフが驚きと納得がない交ぜになったように息を呑んだ。


「そうか。ダルモアさまは『鋼の爪』の実力を買っていたんでやすね? ムンチの旦那が魔界から短剣を持ち帰って来ることは、簡単に予想できたでやしょう。そしてモーグさまの復活を、養女のシモーヌさまが身を呈して果たすであろうことも……!」


 俺はようやく魔王ウォルグに再会したときのことを思い出す。あのとき、たしかに玉座につくウォルグは、何のためか小筒を提げていた。


「確かに持っていた。でも、あれに何が詰まっていたっていうんだ?」


 ダルモアは一人置いてけぼりの俺を哀れむように答える。


「モーグさまの遺骨です」


「は? 何でウォルグはそんなことを?」


 ダルモアは大げさに両手を広げた。知識をひけらかすもの特有の眼光をまたたかせて。


「魔族や魔物は、魔王に反逆して成功した……つまり魔王を殺して正当に玉座を引き継いだ際に、先代の骨を拾う習慣が――本能というべきか――あるのですよ。恐らく堕天使ウォルグは魔王の座をモーグさまから奪った後、ほとんど無意識に部下に用意させたのでしょう。それがあの小筒の中身――モーグさまの遺骨です」


 俺にもようやくダルモアの目的が()に落ちる。と同時に、彼の執念に怒りを覚えた。


「つまり、シモーヌにその小筒を『復活の短剣』で一突きさせて、モーグを生き返らせよう、ってことか……シモーヌの命と引き換えに」


 ダルモアは馬鹿にしたようにせせら笑う。愚鈍なものを蔑視(べっし)してやまなかった。


「そうです。よく理解できました」


 俺はシモーヌを見やる。その真剣すぎる表情が、俺を軽い恐慌に(おとしい)れた。まさか……


「シモーヌがそんな真似するもんか。なあシモーヌ? あいつのいうことなんか、聞く気はないよな? たとえ『モーグおじさま』のためであっても、命を捨てたりなんかしないよな? ははは……」


 シモーヌは答えない。こちらに向けた視線は悲しげだった。俺はそこに絶望を見い出し、思わず大声を出してしまう。


「シモーヌ!」


 グレフも何も言うことができないでいた。沈痛な面持ちである。


 と、そのとき、俺の『勇者の剣』がしゃべり出した。もちろんケストラの亡霊だ。


「しかしよくもまあべらべらと話す魔族じゃの、ダルモアとやら」


 亡霊はその姿を現した。さしものダルモアも一瞬驚く。


「こ、これはケストラ! ……いや、体が透けてます。偽物ですね」


 すぐ見破られたことに、ケストラの亡霊は少し残念そうだった。


「ほっほっほ。あっさり看破されてしもうたわい。まあ、わしは手を出さん。出さんが、これだけは言わせてくれ。ムンチ、シモーヌ!」


「何だよ、じいさん」


「はい、ケストラさん」


 大魔法使いの魂は、俺にとって今語るべきでないことを語りやがった。


「命は一回こっきりのものだ。どう使うかは自分自身で決めよ。そして、悔いのないようにな」


 俺は絶句してシモーヌを眺める。彼女は複写物の言葉で、最後の一押しを背中に受けたようだった。


「そうですね。ありがとうございます」


 俺は愕然として天使に尋ねる。最悪の回答がなされることに怯えながら……


「シモーヌ、まさか……」


「はい。モーグおじさまを生き返らせるために、この命を使いたいと思います!」


 いわんこっちゃない。完全に覚悟を固めてしまったではないか。俺は怒鳴った。


「おい、ふざけるな! そんなのでいいのかよ! お前の人生、実際何年生きてるか知らねえけど……まだ若いじゃねえか。これからじゃなかったのかよ!」


 しかしこちらを見つめるシモーヌの目は、俺という駄々っ子をあやすような光を帯びている。


「仕方ないことなんです」


 どんな風にもたじろがない岩のような決意がみなぎっていた。


「ムンチさん、今までありがとうございました。私の用心棒でいてくれて、本当に感謝しています。嬉しかった」


「おい!」


「これからは魔王のいない楽しい世界で、幸多い人生を」


 にっこり笑う。そうして手を振った。


「さよなら、ムンチさん」


 次の瞬間、シモーヌの体がまばゆく光った。彼女とダルモアの体が浮かび上がる。これは……!


「転移? おい待て、シモー……」


 輝きは炸裂するように乱舞して、唐突に消えた。もうシモーヌもダルモアもいなくなっている。俺とグレフだけが取り残された。


 俺は全身の力が抜けて、その場にがっくりと両手両膝をつく。


「ちくしょう、あいつ……『円柱』にいたとき、陰でこっそり転移の練習してやがったな……」


 どこへ行ったのか。もちろん魔王の地下迷宮だ。さすがに崩落した内部へ直接転移するのは難しいだろうから、まずはその入り口にでも瞬間移動したのだろう。


 壊滅した最下層で、果たしてシモーヌは堕天使ウォルグの死体を探し当てられるだろうか。それはこっちに有利な条件だろう。だけど積み重なった瓦礫にも隙間はあるだろうから、可能性は半々か……


 俺はグレフにきっちり頭を下げた。彼の力を借りるしかない。


「グレフ、頼む。ともかく地下迷宮自体の場所は分かってるんだ。そこまで急いで行きたいんだけど……」


 彼は俺の肩を叩いた。(おもて)を上げると、鳥人は片目をつぶって親指を立てている。


「水くせえですぜ、ムンチの旦那! あっしに任せてくだせい! この羽を使って最速で送り届けてさしあげやす!」


「ありがとう、グレフ!」

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