58ダルモアの目的
「うまくいったようだな」
「そのようでございやすね!」
「よかったです……!」
ケストラの亡霊が安心のため息を長々と吐いた。いつもの余裕を取り戻す。
「ほっほっほ。どうやら戻れたようだの、ムンチ」
「ああ……ほっとしたよ」
シモーヌは俺から離れると、鳥人に気の毒そうな目を向けた。彼は本来こちらに来るべきでなかったのに。
「グレフさんは魔界に残りたかったのでは……」
「何、あっしも無我夢中で飛んでいたら、急停止ができなくなっちまって……。自業自得というやつですよ。まあ、人界は嫌いじゃないし、200年ほどこちらで過ごせばいいってことで」
俺は気の毒な感じがして、つい声も小さくなってしまう。
「キュリアと離れ離れになったけど、それは……」
「へい、あっしとキュリアは、どっちかが死ぬまであの距離感だったでやしょうぜ。200年後、新たな魔王が生まれるまでは、あいつとの思い出に浸ってずっと大人しくしてやすよ」
「すまねえ、グレフ」
「旦那が気にすることはないでやすよ。……さて、これからどうしやしょうか?」
「そうだな……。俺はとりあえず王都の王宮へ行って、国王ロブロス2世に魔王討伐を成功させたって報告するかな」
「じゃ、あっしとはここでお別れでやすね」
グレフとは短い付き合いだったが、色々世話してくれて、ホントにいい奴だった。万感の思いを込めて、俺は彼と握手する。
「今までありがとな。それでいいだろ、シモーヌ」
「私は……」
そのとき、遠くの空からこちらへ飛翔してくる人物が視界に入った。
群青色の髪の毛を左右に垂らし、整った顔立ちは紳士を思わせる。たくましい上半身をさらけ出し、コウモリ染みた黒い羽を備えていた。肌は青白い。
俺はしんみりとしていた一瞬前の自分をかなぐり捨てた。心を戦闘モードに切り替える。
「ダルモア!」
グレフは彼と知り合いらしく、やや舌をもつらせた。
「あやや、ダルモアさま!」
シモーヌが新『僧侶の杖』を握り直す。東の谷での戦いを思い出したのだろう。
「何で私たちがここに出てきたことが分かったんでしょう?」
俺はその謎の回答を、ダルモアの頭部に見い出していた。
「それは――くそったれ――あいつの頭をよく見てみろよ」
ダルモアは王冠を被っている。それは、俺にとってはそもそもの旅の初めに見たものだった。
やがて無限回復の高級魔族は、俺たちの前に到着して羽を閉じる。ベルトに長剣を吊り下げていた。
「久しぶりですね、ムンチ、シモーヌ。……おや、気の小さいことで知られた――ええと――グレフ、でしたっけ? なぜあなたがここに?」
「それは……ちょっとした成り行きで。ダルモアさま、お久しぶりでやす」
ダルモアはまるで冷徹な教師のように鳥人を見下す。
「あなたは魔界と人界を出たり入ったりで忙しそうですね。結局魔界へ戻ったものと思ってましたが、なぜこの時期に人界に? もう帰れませんよ? この先約200年はね」
「それはその……いろいろあったんでやす。……すいやせん」
「ま、いいでしょう」
俺は聞くまでもないことをあえて聞いた。悪い予感が当たってるかどうか、一応知りたかったからだ。
「その『賢者の王冠』は?」
ケストラの残した『伝説の武具』であるその逸品は、かつて俺が商人に売り渡した。本来なら今でも彼らのもとにあるはずなのだ。
ダルモアがにたりと笑った。まるで俺の質問に答えることが、堪えられない喜びであるかのように。
「わたくしたち魔族は天使同様、それほど食べなくとも生きていけます。しかし、それは味覚や胃袋がないということではありません。この前、わたくしはふいに人間が食べたくなりました。そこで適当な隊商を襲い、皆殺しにしてやったのですが……」
俺は胸のむかつきを抑えるのに苦労した。ダルモアが自慢げに語る。
「そうしたら偶然、この冠が手に入ったのです! わたくしには賢者の素養があったようで、被ると周囲がよく見えること見えること! ここにあなた方が現れたことも、この王冠の力で知りました。使い勝手がいいですね、これは。それにわたくしの頭によくなじむ……」
このくそ野郎。俺は得意そうなダルモアをにらみつけた。その彼は、俺ではなくシモーヌに視線を移す。そして、いきなり言った。
「どうやら『復活の短剣』は見つかったようですね」
俺もシモーヌもグレフも、一斉に驚愕する。『短剣』だけならまだいい。それに『復活の』とつけるとはどういうことだ。
「なんで『復活の短剣』のことを知ってるんだ?」
ダルモアの手の平で転がされている不快感が俺を襲う。彼はべらべらと飽くことなくしゃべった。
「何、かつてケストラなる大魔法使いが魔界にきたとき、親しくなって立ち話をしたからですよ。『円柱』の結界の外と内とでですね。その際、『失敗作』としてその短剣のことを聞かされたのです。ケストラが人界へ去ったときは――680年前ですか――ずいぶん寂しい思いをしましたよ」
「じゃあこの短剣で刺した側が、命を落とすことも……」
「無論、承知しております」
グレフがいまいち話についていけないのか、首を傾げた。
「目的が分かりやせんや。あっしらがその短剣を持ち帰ってきたとして、それがダルモアさまと何の関係が?」
高級魔族はまだ分からないのか、とばかりに苦笑する。
「シモーヌに用があるのですよ。私は7年前、魔界で見つけた黒い火の玉を通ってこちらに来ました。そして魔王となって君臨していたモーグさまに謁見し、その圧倒的な実力の違いに感じ入って、生涯の忠誠を誓ったのです。モーグさまが殺され、あの堕天使ウォルグが図々しく魔王の座についても、その忠義の心はいささかも変わりありませんでした」
俺は意図が理解できず、目をしばたたいた。話が見えないな。
「モーグが今さらどうだというんだ?」
「わたくしは『復活の短剣』が魔界の円柱施設にあることを知っていました。そして、結界ゆえにわたくしではその中には入れないことも。ですからムンチ、シモーヌの両人に託したのです。短剣を人界へ持ち帰ることを……」




