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56制限時間

 俺は生気が抜かれる思いだった。これはとんだ一杯食わせ物である。


「何だって……?」


 シモーヌも歓喜から一転、失意の底に落とされた。組んだ両手をむなしそうに(ほど)く。


「そんな……!」


 キュリアはさらにダメ押しのような条件を教えてくれた。


「それだけじゃありませんですの。この短剣を使用することを誰かに強制するのは、決してできないんですの。残念ですの……」


 俺は膝の力が抜けて、その場にしゃがみ込んだ。現実の苦さに頭を抱える。


「勇者ライデン、武闘家ピューロ、僧侶メイナ、魔法使いゴルドン。4人を生き返らせなきゃいけないってのに、強制されずに喜んで死ぬ奴がそんなにいるわけがない。家族や親友ならあるいは、だけど……」


 シモーヌが絶望的な表情で首を振った。


「無理ですよ。それで生き返って喜ぶようなあの人たちではありません!」


 キュリアが魔族らしい非情な提案をする。


「寿命が尽きかけている老人や老婆に依頼することはできませんですの? 人界ならごろごろいるでしょうですの」


「いや、駄目ですよ。それもあの4人なら拒否します」


 ケストラの亡霊は黒い髭を撫でた。評論家のように論述する。


「わし本体は自分でこの短剣を作っておいて、さぞその性能がふがいなかったのだろうて。だからこんな奥底の書庫に、隠すようにしまっておいたのだな。ほっほっほ」


 俺はがっくりうなだれて、すっかり意気消沈してしまった。


「笑いごとじゃないだろ……。てことは、生命蘇生の研究はこれだけで終わりってことですか? 他にもっと優れた内容のものがあったりとかは……」


 キュリアはすまなそうにうつむく。言いづらそうだった。


「たぶん、十中八九ないですの」


 俺たちは落胆の底にある。沈黙が両肩どころか、体全体にのしかかった。それはひどく重く、背骨を砕く勢いに思える。


 ケストラの亡霊がふっと息を吐いた。結論を述べる。


「こうなればもう戻るしかないのう、人界に。制限時間からしてな」


 聞き覚えのない言葉にシモーヌが意味を問いかけた。


「制限時間? 何ですか、それは」


「魔界と人界の通路である、黒い火の玉のことだよ。魔王ウォルグが死んで何日が経ったと思うておるのだ? 魔王が人間に倒されて、魔界と人界との接点は急速に閉じつつある。今すぐにでも、この魔界で黒い火の玉――人界への一方通行の道――を発見して飛び込まぬかぎり、この魔界に取り残されることになるぞよ」


「ええっ?」


 俺とシモーヌは仰天する。俺はどもりながら問い詰めた。


「な、何でそんな大事なことを言わなかったんだよ!」


 ケストラの亡霊はすまし顔だ。何も悪いことはしていませんよという言い訳が顔に書いてある。


「いや、聞かれなかったからの。てっきり何か策でもあるのかと思っておったが」


 シモーヌが『勇者の剣』の魂に質問した。めずらしく早口だ。


「こんな広大な魔界で、あの小さな黒い火の玉を探し出すんですか? もう何個残っているのか、残っていたとしてどこにあるのか、さっぱり分からないのに?」


「そうだよ。できるだけ早く頼む」


 キュリアは俺たちの窮状(きゅうじょう)に泡を食っていた――自分の危機でもないのに。


「何やら大変なことになってしまったようですの……。グレフを呼びましょうか? 魔界の地理について、彼は私より680年分詳しいですの」


「できるんですか?」


「はい、連絡用の笛があるんですの」


 俺は頭を下げた。肝心の俺たちが人界に戻れなければ、死者蘇生の方法を発見しようがしまいが、まるで意味がない。


「よろしくお願いします!」


「承知したですの! 屋上へ行きますですの!」


 キュリアが俺たちを先導した。ふと見れば、シモーヌが鞘に収まった『復活の短剣』を腰帯に挟んでいる。


「そんな欠陥品いらないだろ」


「一応人界へ持って帰りましょう、一応」


「……そうか? まあいいけど」


 俺たちは迷宮のような空間を戻っていった。キュリアがいなければ、俺たちは確実に迷子になっていただろう。それほど複雑な道のりだった。


 やがて屋上に辿り着いた。全身汗まみれなのは、上り階段が多かったからだけではない。制限時間が念頭にあって、一刻も早く人界に戻らなければとの焦りがあったからだ。


「それじゃ吹きますですの」


 キュリアが腰までの金髪を微風に揺らされつつ、笛――オカリナか――の吹き口を浅くくわえ込む。すぐに鼓膜へ突き刺さるような音色が鳴り響いた。空は遠方に黒雲が見られ、不穏な気配を漂わせている。


 キュリアが楽器を離した。自分の奏でた曲に満足げだ。


「これでよしですの。グレフはすぐに……あ、もう見えたですの」


 俺はずっこけそうになった。おいおい、あんなに速く飛べるのかよ、あいつ……


 鳥人は全速力で舞い戻ってきた。その流線型の翼がぐんぐん近づき、あたかも空気を切り裂くようだ。彼は結界の外で急停止すると、屋上にいるキュリアを見てにんまりと笑った。鳥にも表情というものがあるのだと、俺は初めて知る。


「キュリア、その笛はあっしに用事があるときに使うものだろ? とうとうあっしの愛の告白を受ける気になったか?」


「そんなわけないですの。この二人を大至急人界へ戻してあげてほしいんですの。実は……」


 かくかくしかじか。キュリアが説明をし終えると、グレフは少し男前な顔に――鳥頭だけど――なっていた。


「なるほど、そうでやしたか。それなら手遅れにはなってはないまでも、急いだ方がいいでしょうな。案内しやす! まずは二人とも、結界の外に出てきてくだせえ」


 これは頼もしい。俺はシモーヌに背中を見せた。


「よし、行くぞシモーヌ」


「はい!」


 俺は翼を生やしたシモーヌに背中から抱き締められ、結界の外へ飛び出した。高所からの眺めは絶景だったが、俺はそれを堪能(たんのう)できなかった。まさしくそれどころではない。


 グレフが一人残されたキュリアに叫んだ。

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