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55命の交換

「でもムンチの旦那もシモーヌさんがお好きなんでやしょう? 告白はなされたんで?」


「ば、馬鹿なこと言うな。俺は別にどうとも思ってねえよ」


 荷物の受け渡しが終わると、ふいにグレフは真面目な口調で言った。


「生きているうちだけですぜ、好きな人に好きって言えるのは」


 それはちょっと俺の心に突き刺さる。つい黙ってしまった。グレフが慌てて手を振る。


「あ、すいやせん。つまらねえこと言っちまって。それじゃ」


 グレフが戻っていった後、俺は彼からもらった袋を開けてみた。確かに食い物と蜂蜜酒が入っている。何か布のようなものがあるが、これは何だろう? と持ち上げてみると、刺繍(ししゅう)の入った青いチュニックだった。背中が大胆に開いているのは、そこから翼を広げるためだろう。となると、これはシモーヌ用か。


 そこでシモーヌ当人が階段を上ってくる。薄青色の髪の毛が肩の上で風にあおられていた。ぱっちりした目元は睫毛が豊富で、碧眼(へきがん)を艶やかに(いろど)っている。こちらへと駆け寄ってきた。


「よ、よう、シモーヌ。休憩か?」


「グレフさんが来たんですね? あ、素敵な服! これ、私が持っていきますね」


「そのままどっかの部屋で着てこいよ。たぶんお前のものだし」


「そうなんですか? 嬉しいです! 早速着ますね」


 そのときだった。どこかの魔族が、結界外の遠くから弓矢を放ってきたのだ。


「危ねえ!」


「きゃっ!」


 俺はシモーヌへ飛びつき、折り重なるように倒れた。矢は間一髪、シモーヌの元いた場所を通過する。俺はすかさず右手人差し指を魔族に向けて、爪の塊で撃ち落とした。


 俺の左腕は当然、シモーヌの後頭部に回し、彼女が床に叩きつけられるのを防いでいる。その分身代わりとなった俺のひじは、骨が折れたか猛烈に痛かった。


「いってー……。大丈夫か、シモーヌ」


「は、はい……」


 ん? ふと見れば、鼻が触れ合うぐらいにまで二人の距離が接近している。青緑色の大きな瞳が、目の前でまばたきした。その持ち主の頬っぺたが、急速に赤らんでいく。


「……っ」


「あ、これは、その……!」


 俺は慌てて起き上がって離れた。心臓がドキドキいっている。


「だ、大丈夫ならいいんだ。大丈夫ならな」


 シモーヌは耳まで朱に染めて、


「ご、ごめんなさい……」


 と、よく分からない謝罪をした。


 彼女は新『僧侶の杖』を手に取り、俺の前で振る。俺の左腕の負傷が快癒(かいゆ)した。


「ありがとな。じゃ、行こうか」


「はい……」


 そこでいきなりはしゃいだ声に打たれる。


「見ましたですのー」


「わっ」


 キュリアだった。内部への階段から、こちらに目より上だけを出している。茶化すような輝きがあった。


「お二人はそういう関係だったんですのね! 最近の人間と天使はそこまで進歩しているんですの……。私もうかうかしてられないですの」


 シモーヌは青いチュニックを抱き締めながら、必死に訴える。


「ち、違うんですキュリアさん! これは事故です!」


 俺も同調した。そう、今のは事故だ。


「そうだそうだ! ……あっ、そういえばキュリアさん、さっきグレフが来てこう言ってましたよ。『愛してるぜ、キュリア』って」


 女魔族は笑い収めて肩をすくめる。またか、と言わんばかりだ。


「もう聞き飽きましたですの」


 彼女はすぐに気持ちを切り替えたらしく、また表情を明るくして吉報をもたらした。


「……そうそう、そんなことはどうでもよくてですの、実は見つかったんですの。死者復活に関する本が!」


 俺は両目を丸くした。えっ、マジか?


「ついてきてですの!」


 ステップを踏むような足取りのキュリアに続いて、俺とシモーヌは早速移動を開始する。幾度も階段を上ったり下がったり、脇道に入ったかと思えば橋の下をくぐった


 そして、ようやくキュリアが止まる。そこそこの厚みがある本を手に取り、こちらへ向けた。凝った挿絵のない、いたって単純な表紙が視界に飛び込んでくる。


 シモーヌがそこに記された題名を読んだ。


「ええと……題して『復活の短剣の手引き書』」


「なかなか厚いと思うですの? 実はこれ、普通にページをめくれるのは最初の数枚だけですの。後はくりぬかれて、一振りの短剣が収まっているのですの」


 彼女が開いて見せたそこには、確かに武器が内蔵されている。精巧とは言いがたい紋様が刻まれた柄、やっつけ仕事のような刀身。作ったケストラはそれほど愛着を抱いていなかったらしい。


「短剣……? どういうことですか、キュリアさん」


「実はこの剣、刺した相手を蘇らせることができるんですの。干からびた遺骨でも、新鮮な死体でも、この凶器で刺せば元通りに復元するのだそうですの」


 シモーヌが全身で歓喜を発散し、両手を組み合わせた。


「うわあ、すごい!」


 俺もこの宝物の効力に興奮する。魔界まできた甲斐(かい)があったというものだ。


「さすがケストラ! やるじゃねえか、じいさん!」


『勇者の剣』をはたくと、ケストラの亡霊から「これこれ、叩くな」との抗議が返ってきた。


「わしの頭に元々あった構想を、この魔界の研究施設で具体化したのだな、わし本体は。さすがわしだ。ほっほっほ」


 キュリアはしかし、そこまできて顔を曇らせた。


「でも、実は大きな問題点があるのですの」


 俺はいやな予感がする。


「問題点?」


「死者復活の秘法。それは、個々の命の交換なんですの」


 俺は意味が分からずシモーヌに視線をやった。彼女も困惑している。


「命の交換……。どういうことですか?」


「誰かを生き返らせるためには、誰かが死ななければならないんですの。この短剣の場合、刺したものが刺されたものに生命を奪われるのですの」


 ケストラの亡霊があんぐりと口を開けた。未来の自分が手がけた成果を蔑視(べっし)するような勢いだ。


「ということは、自分の命と引き換えにしなければ、相手を生き返らせることができないというのか。この短剣は!」

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