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53優しき魔族

『円柱』の内部は複雑怪奇だった。階段がやたらあるのは構造上まあいいとして、書籍がぎっしり詰まった棚があちこちに設置されているのは、正直邪魔くさかった。壁にヒカリゴケが塗布されているらしく、暗い場所でも薄ぼんやりとした明るさが保たれている。見たこともない透明な板――まるでステンドグラスだ――があちこちで風を防ぎ、太陽の光を通していた。それを養分としたか、とげのついた趣味の悪い観葉植物が鉢から背筋を伸ばしている。


 途中で開けっ放しの扉があったので中を覗くと、やや広い室内に長机と椅子が置かれていた。テーブルを椅子が挟んでいること、指を洗うためのボールがあることから、多分ここが食堂だろう。花瓶に花が一輪さしてあったが、ただ薄黄色の可憐なものだというだけで、何の種類かは分からない。ただ、ようやく人間らしい空間を見て、何となくほっとする俺だった。


 やがて俺たちはとある一室に通される。『円柱』の中ではだいたい半ばあたりか。ここは食堂より狭いが、一方の壁全面が透明の板でできているため、景色が一望できた。高所恐怖症でなくとも腰が抜けるぐらい、この施設は高い場所にある。


 キュリアが微笑んだ。


「ここは客室ですの。ケストラさまが結界を張るまでは、グレフもよくここへ遊びに来たんですの。腰をかけてお待ちくださいですの」


 俺とシモーヌはクッションつきの椅子に座った。低い楕円の木製テーブルは、夕陽のような(だいだい)色だ。キュリアは背を向けて、戸棚から小さい取っ手つきの杯を3つ取り出す。台の上に置かれていた大きな瓶のフタを開けて、何かの粉を注ぎ込んだ。そして水がめから水を注ぎ込み、フタをして揺する。


 その様子を見ながら俺は尋ねた。


「それにしてもキュリアさん、680年間もこの円柱の中で何をやって過ごしてたんですか?」


「そうですね……。ひたすらお掃除とか……ひたすら外を眺めたりとか……後はひたすら読書とかですの。退屈はしませんでしたですの」


 化け物じみている。俺は引きつった笑いで内心を覆い隠した。


「へ、へえ……。あ、でも、食事とか飲み水とかは?」


「魔族は天使同様、そうそうお腹はすきませんですの。それでも空腹になったときは、グレフが結界を通して屋上に落としてくれる差し入れを、調理して食べますの。水は雨水を使うですの」


 シモーヌがしきりと首肯する。魔界の日常生活を垣間(かいま)見て感心したようだった。


「なるほど……」


『勇者の剣』に宿るケストラの魂が、興奮気味にまくし立てる。


「ほっほっほ。それにしてもこの魔界は魔力がみなぎっているというか、非常に魔法研究に最適な世界だよ。当時のわしがここにやってきたのは単なる興味からだろうが、居ついてみれば思ったより素晴らしくて、ここでしばらく研究に打ち込もうと考えたのだろうて」


 キュリアが背を向けたまま、その推測を肯定した。


「そうですの。人間にしては恐ろしく強いし、歳は中年だけど私好みの顔立ちと性格で、私は一目惚れしてしまったですの。そこで一緒にこの円柱を作り上げ、住み着き、ケストラさまのお世話をさせていただきましたですの」


 やがてキュリアが大きな瓶を傾け、3つの杯に中身を注いだ。これはいい香りのする琥珀(こはく)色のお茶が、俺とシモーヌの前に置かれる。彼女は自分の分も持って真正面に座った。


「どうぞですの」


 俺はさしてためらうこともなく、手に持って口に運ぶ。


「いただきます」


 一口飲んでみた。味は悪くない。この甘さは蜂蜜だろうか。シモーヌが頬を押さえ、「美味しいです!」と絶賛した。キュリアは嘘のない賛辞に頬を緩ませる。


「それで……。人間や天使のあなた方がここへいらしたのは、何か目的があるからですね? それは何なのですの?」


 俺は半ばまで飲んだお茶を、いったん机に置いた。厳粛な気持ちになる。


「率直に聞きますが、ケストラは死者を蘇らせる研究を行なっていましたか? ここに住んでいた間に……」


 キュリアが怪しそうに目をすがめた。警戒の色が濃い。


「それを知ってどうなさいますの?」


 シモーヌが俺の言葉に語を添える。必死の気配が伝わってきた。


「生き返らせたい人たちがいるんです。とても大切な仲間たちが……」


「キュリアさん、ぶしつけで申し訳ありませんが、このとおりです。教えてください!」


 俺たちは頭を同時に深々と下げる。ややあって女魔族の声が降ってきた。


「ケストラさまの研究で死者復活の内容……ですか。言われてみればあったようななかったような……。そうですね、分かりましたですの。思い当たる節を当たってみたいと思うですの。何しろ時間も蔵書も頭にくるぐらいありますので」


 俺たちは飛び上がって喜んだ。グレフといいキュリアといい、何だ、魔族って優しいじゃん。


「本当ですか? お願いします!」


「キュリアさんだけが頼りです!」


 キュリアはその豊満な胸を揺らし、屈託なげに笑った。どうやら他人に頼られることを生きがいにしているようだ。


「私にどんと任せてくださいですの!」




 キュリアがまず蔵書目録を調べている間に、今夜の食糧を探そうと、俺とシモーヌは円柱から離れて地上に降り立った。俺たちを食いに早速襲いかかってきた魔物たちを、『鋼の爪』でなぎ倒す。もちろん結界のおかげで『円柱』には持ち帰れないので、それらは食糧にはできなかった。そもそも不味そうだし。


 俺は地平線に沈もうとする二つ目の太陽を眺めた。もうすぐ夜が来る。


「もう夕暮れだし、今日は腹ペコでもいいや。手ぶらはむなしいけど、いったん戻ろうぜ、シモーヌ」


「はい、そうしましょう」


 そのときだった。野太く力強い叫びが、俺の鼓膜だけでなく全身を揺らしたのは。


「ちょっと待ったぁっ!」


 ほら穴から現れ、岩を飛び伝って俺たちの前にやってきたのは――虎の頭を持つ一匹の魔族。身長は俺の倍ぐらいはあった。にしては何という素早さか。

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