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52キュリア

 グレフが彼女の勘違いを訂正する。


「ああ、違うぞキュリア。この二人は差し入れじゃねえ、客人だ。ねえ、シモーヌさま、ムンチさま」


 俺はこっそりと鳥人に尋ねた。女魔族に引けを取る俺ではないが、寝首をかかれるのも嫌だ。


「おいグレフ、あいつは信用できるのか?」


「はい、大丈夫です。一途にケストラを想って680年、ずっとこの円柱の中で暮らしておりやす。ケストラの関係者さまを邪険に扱うことはまずないでやすよ」


 ろ、680年……。魔族って長寿だな。


「そ、そうか。それならいい」


 グレフは片手を挙げた。


「じゃ、あっしはこれで」


 シモーヌがびっくりして彼を見やる。


「えっ、戻ってしまうんですか?」


「へい、あっしは『円柱』の結界を消すことも突き抜けることもできやせんから。キュリア同様にね。心配しなくとも、キュリアとはときどき話す仲なので、また会えることもあるかと思いやす。……では、ひとまずこれにて」


 グレフはくちばしを大きく広げ、キュリアに向かって大声で呼びかけた。


「愛してるぞ、キュリア!」


 キュリアは鳥人の愛の告白に対し、迷惑そうに髪をかき上げる。


「馬鹿ですの? 私はケストラさま一筋だと、何度言ったら分かるのですの?」


 グレフは哄笑して戻っていった。その背中をひとにらみすると、彼女は目の焦点を俺たちに合わせる。


「あなた方、こちらへ来られますの? 結界を通過できるのですの?」


 俺はさすがにちょっとひるんだ。


「魔族・魔物でなければ大丈夫なんですよね?」


「はい、そうですの。天使や人間なら消滅しないと、ケストラさまはおっしゃっておいででしたの」


 俺は逡巡(しゅんじゅん)する。これで結界に当たって粉々になったらアホみたいだ。……だが。


「よし、行こうシモーヌ」


 魔界に来たのは仲間たちを蘇らせるためだ。それを果たさずに戻るなんてありえない。


「もし消えちまったらすまない」


 一応そうわびておいた。シモーヌは優しい声で俺を励ます。


一蓮托生(いちれんたくしょう)、でしたっけ。もし消えるなら二人一緒がいいです」


 ちょっと大胆な発言に、俺はどきりとした。


「シモーヌ……!」


 俺の狼狽(ろうばい)伝播(でんぱ)したか、シモーヌも自分の発言に自分でうろたえる。


「あ、これは、その……。と、ともかく……行きます!」


 彼女はいい加減にごまかすと、翼を羽ばたかせて、キュリアの待つ円柱最下部へと飛翔した。そのとき軽い違和感とともに、空気が虹を映したようなか弱い輝きを放つ。それはごく一瞬で終わり、後は特に何ごともなく魔族のところへ辿り着いた。キュリアが口笛を鳴らす。


 どうやら結界を無事に通過できたようだった。俺とシモーヌは同時に安堵のため息をつく。


 キュリアは開口部へ俺たちを招き入れた――極度に興奮した様子で。


「入ってくださいですの。まさか人間と天使が客人としてここへやってくるなんて、夢にも思いつきませんでしたの。ようこそ、ケストラさまの円柱施設へ!」


 彼女について円柱内部へ踏み込むと、それまで黙っていた『勇者の剣』の亡霊が、上半身だけ出して感嘆した。


「本当にわし本体がこの建築物を造ったのか。ほっほっほ、凄いものだのう」


 キュリアの顔が、手足が固まる。その切れ長の瞳が亡霊の顔を凝視し、たちまち涙に濡れた。


「その声は……ケストラさま……?」


「ああ、ケストラだよ。『勇者の剣』に吹き込まれた魂だがの……」


「ケストラさまぁ!」


 キュリアが俺のほうに飛びかかり、剣から発する亡霊にしがみつこうとする。――がしかし、亡霊は透き通っていて彼女の腕をすり抜けさせた。魔族の女は二度目の驚愕で目を白黒させる。


「ケストラさま……これはどういうことですの?」


 俺は何だか悪い気がして、咳払いして彼女に言い訳した。


「あの、悪いんですけどキュリアさん。これはケストラであってケストラじゃないんです」


「どういうことですの?」


 ケストラの亡霊が俺を気遣って、かわりに彼女へ答える。


「なるほど、わしは魔界にやってきて、この『円柱』を作り、そこで色々研究したのだろうて。しかしなキュリア、わしはそれ以前の偽物――ケストラの魂を吹き込まれた剣でしかないのだよ。ほっほっほ。だからわしはおぬしのことを知らぬし、この円柱のことも初めて見るというわけだ」


 キュリアは事情を飲み込めたような、あるいは喉に詰まらせたような顔をした。


「そ、そうなのですの? そういわれてみれば、あれから680年も経つのに、声も姿も若々しいままですの……。触ることができないですし……」


 キュリアは当然の、そして核心に迫る疑問を亡霊にぶつける。


「じゃあ、本物のケストラさまは今どこにいらっしゃいますですの?」


 シモーヌが気の毒そうに口を開いた。


「キュリアさん、残念ですが、本物のケストラさんは……」


 俺は危険を察知し、慌ててシモーヌの口を塞ぐ。


「もご……!」


 そして耳元にささやいた。


「教えるな。この様子じゃどうなるか分からん」


「もご……。は、はい」


 そう、魔法使いゴルドンによれば――ケストラは20年前に人界で、研究施設ごと爆死したのだという。そんな悲しすぎる事実をキュリアが知れば、後追い自殺でもしかねない。俺はキュリアの愛情をそれほど深いと推し測ったのだ。


 亡霊は彼なりに気を使い、うまくごまかそうとする。


「さあのう。未だに人界で研究に取り組んでおるとか何とか……。まあわしのことだ、キュリアを待たせて済まないとは思っておるのではないか?」


 まあ妥当な嘘だ。俺は彼に便乗した。


「そうそう、そのとおり! ケストラは薄情な人ではないですから! ……ああ俺、喉渇いちゃいました。キュリアさん、何か飲み物ありませんか?」


 女魔族は今気がついたとばかり、口元を手で押さえた。


「あら私ったら、ついついお客さまをないがしろにしてしまいましたですの。……ムンチさんとシモーヌさんでしたっけ。どうぞ、私とケストラさまの研究施設へ!」


 俺たちは握手を交わした。


「ともかく中へどうぞですの。魔界のお茶をご用意いたしますですの」

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