51円柱
「ああ、そうだな。それじゃそうするか」
と、そのときだった。魔物たちが飛来したり岩陰から現れたりしてきたのだ。豚頭、一つ目の巨人、鳥人間、操り人形のような足取りの骸骨剣士。
「人間! 食う!」
「美味そう……! 俺さまの獲物だ!」
「馬鹿言え、俺っちのもんだ!」
彼らは俺たちを餌だと信じて疑わないらしい。知能の低そうなやつばかりだ。俺は右手人差し指を構えた。命懸けの場面なら迷わず殺す、それが俺の信条だ。
「早速来やがったか。死亡決定ってところだな」
俺は襲いかかってきた魔族・魔物たちに、躊躇なく『鋼の爪』を猛連射する。魚人も三つ目カラスも巨大ムカデも、たちまち穴だらけになってその場に倒れた。そのさまに、他の馬人、小鬼、大鬼たちがひるむ。
シモーヌは『魔法使いの腕輪』を駆使し、炎の玉を連射して、合成怪物や粘液生物を燃やし尽くした。
「魔物さんごめんなさい!」
いい加減魔物の死体もうず高く積まれたところへ、気風のよさそうな男の声がした。
「やめろ、やめろ、おめえら! あの娘を誰だと心得てやがる!」
鳥人の一人が白旗を掲げて仲間たちを制する。彼は鋭い黄色のくちばしと、きょろきょろよく動く漆黒の瞳の持ち主。体毛は基本茶色で、ところどころ白い。手足は人間のように伸びていて、灰色のズボンを穿いている。白旗以外、手には何も持っていない。
俺は『鋼の爪』を構えたまま問いかける。魔物相手に油断は禁物なのだ。
「降参ってことか?」
「へえ、そうでやす。その物騒な人差し指は止めたままにしてくだせい。……おいおめえら、彼らは客人だ。とっとと持ち場に戻りな」
白旗の鳥人が指図すると、周りの魔物たちがぶつぶつ文句を言いながらも下がっていった。何だろうこいつ、この辺りの実力者なのだろうか。
シモーヌが問いかける。
「あなたは?」
「あっしはグレフといいやす。見覚えはありやせんか? 魔王モーグさまに謁見した際、かのお方の隣にシモーヌさまがいらっしゃったことがありやしたので」
「ああ、確か魔界に帰って静かに暮らしたい、とかおっしゃってた……」
「へい、そうです! あっしはそのグレフです! 覚えておいででやしたか!」
俺は腕を組んで、グレフの横顔を視線で焼いた。うーむ、まんま鳥だ。
「おいグレフ、今の魔物たちはお前が仕切ってたのか? いきなり捕食に走ろうとするとは大した部下たちだな」
鳥人は目をしばたたき、理解不能とばかりに天使に尋ねる。
「シモーヌさま、このお方は?」
「私の用心棒のムンチさんです」
「ウンチ?」
俺はむかっ腹を立てた。魔界に来てまで訂正しないといけないのかよ。
「ムンチだ! ム・ン・チ!」
グレフは言い間違いを苦笑でごまかした。
「ははは、こいつは失礼しやした! ムンチさん、お強いことで……惚れ惚れしてしまいやす」
「よくいうぜ」
彼は俺とシモーヌを交互に見やり、はてどっちが格上なのだろうかと自問自答しているみたいだ。やがて結論が出たのか、改まった口調で話し出した。
「数日前にあのくそったれ魔王ウォルグを誰かが倒してくれたみたいでして……。魔王の影響が消えつつあり、魔界は各個の勢力争いの場と化しているんでやす。そんな魔界に、はてシモーヌさまは何用で?」
シモーヌが上かよ。俺は自分が情けなくなった。
「話せば長くなりますが、要は亡くなった人間を生き返らせたい、というのが私たちの目的なんです。そのためには大魔法使いケストラがこの魔界にやってきていて、ここでの研究施設を立ち上げており、なおかつ死者蘇生の魔道具を開発していた必要があるんですが……。そんなものが都合よく存在するわけないですよね」
グレフは片目をつぶり、親指を立ててみせた。
「何でい、そんなことでやしたか! 魔界ではケストラの存在は広く知れ渡っていて、彼の作った研究施設『円柱』は今も宙に浮かんでやすぜ! そこにはケストラの弟子キュリアがまだ住み着いていて、あっしとときどき喋ったりしてやす」
とんでもない情報を、俺は少し時間をかけて消化した。
「マジかよ、グレフ!」
「ええ、旦那! 死者蘇生の魔道具もキュリアなら知ってるかもしれやせん。今からなら日没までにご案内できやすが、どうしやすか?」
俺とシモーヌはハモった。
「ぜひ!」
鳥人グレフは得意満面で翼を広げた。
「分かりやした。それじゃついてきてくだせい!」
■円柱
俺はシモーヌに抱きかかえられながら、彼女の翼でグレフについていく。魔界はどこまでいっても似たような風景が続くばかりで、二つの太陽がなければきっと迷っていたことだろう。二度の休憩を挟みつつ、半刻も飛翔していくと、やがて明快な目的地が現れた。異様な巨大物体が空にぽつんと浮かんでいるのが見える。その姿はまさに『円柱』だった。
あれがケストラ本体の手による研究施設ってわけか。
「本当に丸い柱だな……」
さらに近づくと、その馬鹿でかさに衝撃を受けた。何しろその大きさは王城ぐらいまであったのだ。
しかしグレフは、そこから距離を置いて宙で止まった。シモーヌも同じように前進をやめる。
「どうしたんですか、グレフさん」
「この円柱は、その図体をすっぽり囲む形で結界を張ってるんでやす。あっしら魔族・魔物は近づいただけで完全消滅させられやす。……おうい、キュリア! キュリア、起きてるか!」
しばらく呼びかけると、円柱の最下部にある入り口が開いた。女の人が――いや、女魔族が顔を出す。
「うるさいですの、グレフ!」
キュリアと呼ばれた彼女は、妖艶な30代半ばらしき女性だった。布の少ない服を着ていて、どんな男でも悩殺されそうだ。肌は抜けるような白さだった。頭部から流れる金色の髪の毛が、風に吹かれて揺れている。細長い黒い尻尾がなければ、とても魔族とは思えなかった。
「差し入れなら屋上に置いておいてくれといつも言ってるですの!」




