47ダルモア
シモーヌは俺の注意を喚起した。
「で、でも死体はすぐに腐りますよ。まさか担いで行くわけではないですよね?」
ライデン、ピューロ、メイナ。俺は彼らの死体を置いたままだと気がつく。亡霊は穏やかに俺たちをさとした。
「3人の死体はここに埋めてやるがよかろうて。それ以外にないだろうよ」
俺は承知して立ち上がった。
「そうだな、そうしよう。そうと決まったら行動開始だ! ……にしても……」
「なんだね?」
「あんたの声だ。前にどこかで聞いたような気がするんだけど……気のせいか?」
「さあのう。他人のそら似じゃないかね? わしとは初対面なんだろう?」
「まあ、そうなんだけどさ」
■ダルモア
「よし、終わった……!」
俺とシモーヌは協力して、ライデン、ピューロ、メイナの3人の死体を埋め終わった。土の地面は『鋼の爪』連射で爆砕し、無理矢理三つの穴を開けている。俺とシモーヌは疲労でその場にしゃがみ込んだ。
「上に岩を置いとけば獣たちに掘り返されることもないだろう。俺たちにとっての目印にもなるし、一石二鳥ってやつだ」
「ゴルドンさんの墓と距離ができてしまいましたが、さすがに掘り返すわけにもいきませんし……」
シモーヌは額の汗を腕でぬぐった。薄青色の髪の毛が、肩にかかる程度の長さで、微風に揺らめいている。ぱちぱちとまばたきすると、碧眼を囲む豊かな睫毛が上下に叩き合った。
「ではムンチさん。行きましょう、魔界へ!」
「おう! 『伝説の武具』は俺が『勇者の剣』を持っていくから、シモーヌは『武闘家のピアス』新『僧侶の杖』『魔法使いの腕輪』を装備してくれ」
それを聞いたシモーヌは、急に恐怖で青ざめる。思わず、といったように両の耳たぶをつまんだ。
「えっ、私、ピアスの穴を開けなきゃいけないんですか?」
震え声を聞いて、ケストラの亡霊がおかしそうにくつくつと笑う。
「ほっほっほ。わしの武具は万人に装備できるよう作られとる。穴を開けなくとも、ただ耳朶を挟むだけで効果は出るだろうて。もっとも真の能力を引き出すには、おぬしが武闘家の経験を積んでおらぬといかんがの」
シモーヌは明らかにほっとした様子で胸を撫で下ろした。
「そうなんですね。分かりました……」
彼女は両耳に『武闘家のピアス』をつける。その顔が軽く歪んだ。
「痛たた……。あっ、でも……」
シモーヌは腕をぶんぶんと振り回し、その場でジャンプしたり屈伸したりする。俺の目にも分かるほど、つける前と後とではその速度に雲泥の差があった。まさに倍速だ。
「本当だ、速くなってる。こいつはすげえな」
「これに慣れるまで、少し時間がかかりそうですね」
驚いたのはケストラの亡霊だ。かすれ声に慌てぶりが出ている。
「これは何と! 小娘よ、おぬしは武闘家の経験があるのかの?」
シモーヌは左右の腰に手を当てて、少し偉そうに胸を張った。
「いいえ。私は神界の天使の一人です。多分それが影響して、新『僧侶の杖』も『魔法使いの腕輪』も、もちろん『武闘家のピアス』も扱えるのだと思います。今思えば、商人に売ってしまった『賢者の王冠』も使用できたかもしれませんね。惜しいことをしました」
亡霊は急に不満顔になる。シモーヌの見解につまずいたのではないことが、冒頭から伝えられた。
「ああ、さっき上位天使がどうたら言っておったね。そういえば神界なんてのもあったのう。天使を名乗るむさい男たちが、わしに面会を求めてきたことがあったな」
俺は俄然興味を惹かれ、前のめりに中年へ問いかける。
「へえ、それでどうなったんだ?」
「やつら、『神界のためにも「伝説の武具」を作らないでほしい』とか抜かしての。わしは即行追い返したよ。何でそんな指図をされなきゃいけないんだ、とね。ほっほっほ」
へえ、そんなことが……。でも、何で神界の天使が、魔王を倒せる『伝説の武具』を嫌うんだろう? よく分からない。
その後、俺たちは――ケストラの亡霊は隠れて――手近の街を目指した。路銀は3人の遺体からあらかじめ拝借してある。街では馬と食糧、水を買い込んだ。これで東の谷を――魔界への通路を――目指す準備は整った。
そこまでしておいて、俺は今さらながら肝心なことに気付き、己の迂闊さを呪う。
「そういやシモーヌは『転移』が使えるんだよな? それで東の谷へひとっ飛びすればよかったんじゃ……?」
シモーヌは明るく首を振った。彼女は人を落ち着かせる微笑の持ち主だ。
「いいえ、そんなことはないんです。……私の最初の転移は、魔王ウォルグから逃れるためのものでした。次は瓦礫と壁に挟まれそうになったとき。そして最後は、この場所へ自分と勇者一行を運ぶために。でも、3回もやっているのにコツが掴めないんです。もし転移が成功したとしても、私とムンチさんがばらばらの場所へ飛んでしまう可能性があるんです。それを考えると……」
「なるほど、無理はできないな」
街の東に出ると、俺は遠くを見晴るかした。この先のどこかに魔界への通路があるのか。とんでもないところへ行こうとしているな、と思うと、自分の大それた行動に不安の蛇が鎌首をもたげてくる。
それを踏みつけたのはケストラの亡霊だ。
「君ら、そろそろ動かぬか? 東の谷に行くなら行く、行かぬなら行かぬ。はっきり決めてほしいものだね。それとも今すぐわしの術で、『伝説の武具』それぞれを権力者のもとへ運んでしまおうかの?」
俺は目が覚めたように腰の剣を見た。軽く柄を叩く。
「分かった、分かったよ。じゃあ東の谷へ出発進行だ! 行こう、シモーヌ!」
「はい!」




