43最期の言葉
「どういうことだ?」
「すべては人間の変節を危惧してのことでした。伝説の大魔法使いケストラさんは、生前に作った数々の装備――『伝説の武具』について仕掛けをしました。魔王の存在が消えると同時に、その使用履歴があるものが死するように……」
俺は愕然とシモーヌを見やった。震える声を立て直しながら、彼女は続ける。たとえようもない悲哀が瞳で揺れていた。
「権力者たちは、魔王討伐という目的を果たした勇者一行を、最初こそもてはやすことでしょう。しかし、それほど時を経ることもなく、その態度は変化するはずです。自分たちの権力を脅かす存在として、勇者一行を恐れ、憎み、呪うように。また勇者一行側としても、魔王を倒せば自分たちをねじ伏せる存在は権力者たちしかいなくなります。両者の対立は――殺し合いは、時間の問題というわけです」
俺はこめかみに汗が伝い落ちる感触を不快に感じた。手の甲でゆっくり拭う。
「だから、勇者一行が死ぬように仕掛けておいたってのか」
「はい。ケストラさんは美しくない終わり方を嫌ったのです」
俺は激発して立ち上がった。拳を宙に打ち振るう。
「じゃあ! じゃあ、何でお前は魔王ウォルグを倒す前に、そのことを俺たちに言わなかったんだ! もし魔王を倒すと自分たちも死んでしまうというなら、俺たちはウォルグと戦わずに延命することを望んだはずだ!」
おびえるシモーヌを見かねたか、ライデンが穏やかな声で俺を制した。
「……いいんだ、ムンチ君。僕らはもし真実を知らされていたとしても、魔王を倒すために戦っただろう。君だってシモーヌを助けたかったんだろう?」
「そ……それは……!」
「気持ちの根っこは同じなんだ。誰かを助けたい、守りたい、救いたい。その思いを貫きとおすことができて、僕もピューロもメイナも、みな幸せだよ。分かってくれ、ムンチ君」
ピューロが晴れやかな笑顔を向けてきた。そこに一片の悔いも見当たらない。
「ごめんなさい、ムンチさん」
メイナも微笑した。
「あたしたちは先に逝くわ。せっかくのあんたの居場所、奪っちゃってごめんね」
俺は命尽き果てようとしている3人を前に、何もできない無力感に襲われる。だがあることに気がつき、不健康な希望を見い出して頬を緩めた。
「あ、でも俺も『魔法使いの腕輪』をはめてたし……。シモーヌも『魔法使いの腕輪』を使用したし……。みんな一緒に死ねるんだよな。そうだよな? なあ、シモーヌ?」
彼女はあふれる涙を拭おうともしない。俺の取り乱しように心を痛めているらしかった。
「いいえ。私は天使ですから関係ないです。ムンチさんははめただけで使用していないので、ムンチさんも死にません……」
俺は右手人差し指を自分の喉に突きつける。
「なら、俺が先に死んで待っててやる!」
ピューロが急いで首を振った。そんな動きもだるそうだ。
「それは駄目です、ムンチさん! シモーヌを託せるのはあなただけなんです! どうか彼女を幸せにしてあげてください」
メイナがあくびした。彼女が向かおうとしているのは永劫の眠りだ。
「そうよ、ムンチ。あんたは国王ロブロス2世陛下とセキュア教最高神官ヴェノム猊下に、魔王討伐の成功とあたしたちの死を伝える。それで後代のために『勇者の剣』『武闘家のピアス』『魔法使いの腕輪』新『僧侶の杖』を返却する。そういう仕事が待ってるんだからね」
ライデンは俺に対して微笑んだ。柔らかな、安らぎに満ちた声。
「頼むぞ、ムンチ。君の最後の仕事だ。終わったら国王から報奨金をもらって、シモーヌの『転移』で好きなところにいき、好きなように暮らしてくれ。よろしく頼む」
俺はとうとう我慢しきれず、涙腺を決壊させた。地べたに這いつくばり、罪のない地面を何度も殴打する。涙は後から後からあふれ出てきて、目の前に極小の水溜まりを増やしていった。
「……うう……っ。やだよ、俺……! お前らの死を看取るなんて……! それを報告するなんて……! あんまり酷すぎる……! 辛すぎるよ……っ!」
俺はがばっと顔を上げた。視界が涙でにじんでまともに見えない。
「お前らはそれでいいのかよっ! あがけよっ! 何とか死ぬのを回避する方法を見つけ出すんだっ! それでこそ魔王を討伐した勇者一行だろうがよぉっ!」
ライデンもピューロもメイナも、声もなくただうつむくばかりだ。やがてピューロがぽつぽつと話し始めた。14歳の若さで勇者一行に加わった、武闘の達人。
「ボクの友達にルミネスという、左腕のない子がいるんです。きっとボクが魔王を倒したことを知ったら、喜んでくれることと思います。もし会えたら、ボクは立派に戦ったと伝えてください」
「知るかよそんなこと……! てめえ自身の口で言えよ……! ピューロ……!」
メイナが気だるさを見せつつ胸を張る。禿頭で、口調は荒いけど優しい修道女。
「あたしは出奔した大富豪・フェーベル家を、魔王を倒した僧侶メイナとして見返すんだ。あたしの伝説も立派な本に描かれて、修道院の仲間や後世の読書家たちに語り継がれていくのよ。素敵ね」
「何が素敵だ! 死んじまったら何の意味もねえだろうがよぉっ! メイナ……!」
そして、ライデン。ウォルグへの敗北から立ち直り、パーティをここまで引っ張ってきた、押しも押されもせぬ勇者。
「いつぞやは酒びたりの僕と殴り合ったね、ムンチ君。一緒に戦ってくれてありがとう。父のララッタは、天国で僕の活躍を見ていてくれただろうか。王都常備軍・ヘイデル大将に、きっと胸を張ってみせたに違いないよ」
「お前が同じところに行ってどうするんだよ! 生きて帰って、ヘイデルにその雄姿を見せ付けてやれよっ! そこまでやって本当に『やり返した』ことになるんだろうがっ! ライデン……!」
俺は号泣し、両拳で大地を何度も叩く。シモーヌが口元を手で覆ってむせび泣いた。
「ムンチさん……」




