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40居場所

「ムンチ、あなたは本当にハエのように小うるさいですね! あなたから終わらせてさしあげましょう!」


『万物意操』が働き、俺の乗る丘が丸ごと浮上した。


「うわっ!」


 俺はバランスを失って転がり落ち、床に頭をぶつける。痛ぇ! 額を手でなぞると、生温い血が指に付着した。さっきの足の骨折とはまた違った痛みだ。俺は頭がくらくらするのもいとわず、立ち上がって反撃に移ろうとする。


 だがそこへ、浮遊する丘が移動してきた。俺の真上だ! 魔王が喜悦混じりに宣告する。


「ぺしゃんこになりなさい、ムンチ!」


 回避不可能な確実な死に、俺は恐怖で絶叫した。


「うわあああっ!」


 そのときだった。シモーヌの声が響き渡る。


「駄目ーっ!」


 背後から火球が飛んでいき、ウォルグにぶつかって破裂した。もちろん『邪閃光』の壁は崩せず、傷を与えることなく消滅する。何だ? 何が起こった? 俺は振り向いた。


 シモーヌが魔王に向かって平手を構えたまま、呆然としている。『魔法使いの腕輪』の力だ。彼女はこれも操ることができたのだ――少々手こずったものの。


「出た……。火の玉……」


 ウォルグはつまらなさそうに髪の毛をかき上げた。薄黄色のそれは一瞬扇状になった後元に戻る。


「先日の『転移』といい、今の『魔法使いの腕輪』を操る力といい……さすがに間諜の天使は違いますね」


 冷笑を浮かべて余裕を披露した後、目を剥いて野獣のような牙をさらけだす。


「ではプレゼントです。受け取りなさい!」


『万物意操』で俺の真上に止まっていた丘が、いきなりの猛スピードでシモーヌめがけて飛んでいった。


「きゃああっ!」


 逃れる暇などない。瓦礫の巨大な塊は彼女を挟んで壁に激突し、地鳴りのような重い音を生じた。クモの巣のようなひび割れが壁一面に走る。舞い上がった粉塵の中で、塊はその場に落下した。


 メイナと俺は、信じられない光景に愕然(がくぜん)とするのみだ。


「シモーヌ!」


「シモーヌ……っ!」


 魔王ウォルグの高笑いが響き渡った。快感に打ち震える声音だ。


「はははははっ! まずは一人! そして勇者ライデンは出血多量ですし、武闘家ピューロは息も絶え絶え。『鋼の爪』のムンチの能力はすべて防げます。僧侶メイナに戦闘能力はありません。これはもう、勝負は決まったというものでしょう!」


 俺はシモーヌの取り返しがつかない死を信じられなかった。だがそれは厳然たる事実として、覆せない現実として目の前に展開している。


「シモーヌ……っ! シモーヌ……っ!」


 ちくしょう。俺はあいつの用心棒を務めると誓ったのに。それを最後まで果たせてやれなかったことが、とてつもない後悔として俺の心を責め(さいな)む。あまりの悔恨に、俺の目には涙すら浮かんだ。


 半瞬後、俺の悔しさは激怒へと転換された。立ち上がりつつ振り返る。視界に入った美青年を睨みつけた。このくそったれを許さない、絶対に。


「ウォルグ! 俺がぶっ殺してやらぁ!」


 俺は再びウォルグを指差すと、『鋼の爪』を連射し始めた。しかしやはり、『邪閃光』の青い光がウォルグの体表でまたたき、一発も漏らさず爪を防いでいく。駄目だ、何のダメージも与えられない。


 ただその輝きが邪魔で、魔王は視覚を(ふさ)がれていた。彼は頭を振ったり顔を背けたりして、どうにか視界を確保しようとする。


 そして――


「『万物意操』……っ!」


 部屋の左右から、(こぶし)大の瓦礫が同時に俺を襲ってきた。俺はバックステップでかわそうとしたが、あまりの憤激に(とら)われていたためだろうか。避け切れずに右手人差し指を潰された。神経を剣山で磨かれたような激痛が走り、俺はその場に尻餅をつく。


「うぐっ……!」


 ウォルグが楽しそうに嘲笑してきた。


「馬鹿の一つ覚えもこれでもう使えませんね。おっと、僧侶の治療術がありましたか」


 俺の怪我を治そうと、後尾にいたメイナが新『僧侶の杖』を持って駆けつけようとする。だがそれより早く、瓦礫が宙を走ってメイナの頭に命中した。


「かはっ……!」


 メイナはあまりの衝撃に気を失ったか、その場に昏倒(こんとう)してしまう。


「メイナ!」


 僧侶はぴくりとも動かない。これで新『僧侶の杖』を使えるものは一時的にいなくなった。魔王ウォルグはおかしくて仕方ないとばかりに大笑いする。


「どうですムンチ! 我輩のこの強さ! あなたたちのこの弱さ! 圧倒的ではありませんか!」


「…………」


 俺は先端が欠損した右手人差し指に力を込めた。だが『鋼の爪』が使えないことと、焼きごてを押し当てられたような苦痛があることを再認識できただけだ。


 どうやら負けたらしい。『邪閃光』という魔王の新たな能力を知らなかったことが敗因だろうか。いや、そもそも天使ウォルグが、魔王という人界を支配せんとする存在に憧れたときから、すべて決していたのかもしれない。


 ウォルグは片手を上げた。


「では、死んでいただきましょう。『万物意操』……!」


 俺とウォルグの間の床が砕けつつ浮遊する。天井に達したところでウォルグはいったん静止させた。


「最期に何か言い残すことはありますか? ウンチ君」


「俺はウンチじゃねえ、ムンチだ……!」


 俺は歯を食いしばり、意地と根性で仁王立ちする。目の前の敵手を激しく睨みつけた。


「ウォルグ。お前は神界を捨てて、この人界にやってきたんだよな。これが、こんなのがお前の望んだ居場所だってのか?」


 魔王は口端を歪める。理解できない、といった光がその双眸を斜めに切った。


「居場所?」


「そうさ。魔物や魔族を従え、地下迷宮にこもり、人界制覇に挑もうとする。その果てに、お前は自分の居場所を見つけられるってのか?」


「何が言いたいのですか?」


 俺は左の拳を胸に押し当てる。この堕天使に「魔王、お前は俺が悪魔に見えるか?」と再度問う気持ちは、とっくの昔に消え失せていた。

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