04人間か悪魔か
ゴルドンがかんしゃくを起こしたように怒声を叩きつける。
「カシマール、貴様! わしらをたばかっておったのか?」
「同じことを何度も言わせないでください。我輩はカシマールではなく魔王ウォルグですよ。お間違えなきよう。では、死んでいただきましょうかね、勇者とその一行さん!」
ライデンが野獣のように目を光らせて、みなぎる闘志を剣に込めた。
「おのれ、許さん! 魔王ウォルグ、今倒してやるぞ!」
勇者は伝説の武具を振りかぶって、気合声とともにウォルグに襲い掛かった。だがウォルグは焦らない。かたわらで半べそをかいているシモーヌの髪を鷲掴みにし、思い切り己の盾としたのだ。
「きゃあっ!」
「くっ、卑怯な!」
急停止したライデン目掛けて、俺が隠れていた玉座がすっ飛んでいく。『魔王の首飾り』は、主を変えてもその能力――『万物意操』の使用を許可したらしい。武闘家ピューロが絶叫した。
「ライデンさんっ!」
勇者は直撃を食らって、骨が折れる乾いた音を複数奏でる。
「ぐうっ!」
ウォルグはシモーヌを放り捨て、いかにも気分よさげに高笑いした。
「あはは、いい音です! さあ、みんなみんなくたばりなさい!」
周囲の瓦礫が再浮上して、勇者一行に襲いかからんとする。その様子を傍観していた俺は、ぞくりと背骨が冷える音を聞いたような気がした。
――こいつは真正の悪だ。魔王モーグとは比べ物にならないぐらいの。
そうなら――俺は、こいつにこそ聞かなければならないんじゃないのか?
結論付いたときには、俺は戦いに割り込んでいた。鞭のようにしならせた一撃で、宙に浮いた瓦礫のことごとくを叩き、瞬時に細切れにする。俺の能力ならこれぐらいは朝飯前だ。
魔王ウォルグが不快げに周囲を見やった。誰が何をやったのか分からないらしい。
「何です、今のは?」
「俺だ。ムンチだ」
俺は酩酊が過ぎた酔っ払いのように、ふらふらと覚束ない足取りで前に進み出た。
「ウォルグ――さん、か。魔王になったあんたに聞きたいことがある。正直に答えてくれ。……魔王、お前は俺が悪魔に見えるか?」
シモーヌが泣きはらした目で俺を見上げている。
「ムンチさん……」
ウォルグは耳元の髪をわずらわしげにかき上げた。こもった笑い声を立てる。
「ふん、何を言い出すかと思えば……。ここまで迷宮内の魔物たちを皆殺しにしておいて、今さら人間づらをすることもないでしょう」
「つまり?」
「魔族か何か――といったところでしょうか。その割には我輩の命令が届いていないようですけどね」
「そうか……」
やっぱり俺は悪魔か。親父の言ったとおりに。あの憎々しげな眼光が思い出されて、俺はその場にしゃがみ込む。胸が息詰まって苦しくて、どうにも動けなくなった。
そんな俺をウォルグの声が殴りつける。
「我輩の邪魔をするなら、魔族といえどもあなたを殺します。引っ込んでいなさい」
ちくしょう。俺は捨て鉢な、破れかぶれな気持ちが胸郭に肥大するのを感じた。
「やっぱり、やっぱり俺は悪魔なんだな。なら、悪魔らしく人間を殺してみるか……」
ゆらりと亡霊のように立ち上がる。勇者一行を睨みつけた。だが、そのとき。
「待つんだ、ムンチ君」
剣を逆手に握り締め、杖のようにして立ち上がったのはライデンだ。その細い目の奥に、温かな光がまたたいていた。
「君は人間だ。人間に勢力争いを挑む魔王や魔物たちとは違う。僕らと同じ、血の通った人間だ。だから僕らと魔王モーグの戦いに、君は入ってこなかったんだ。魔王に能動的に手助けしなかったんだ。違うかい?」
俺はライデンの言葉に激しく動揺する。そう、俺はどこかで自分を人間と認識したがっていた。悪魔ではない、どこにでもいる普通の人間の一人なんだと。だから俺はさっきまで泣いていたのではなかったか。魔王モーグとその養女シモーヌに、優しい言葉をかけられて……
「俺は……俺は……」
ウォルグが苛立ちを隠さず、大きく手を振った。瓦礫が再び浮かび上がる。
「ええい、どうでもいいでしょう、そんなこと! さあいきますよ、勇者一行さん!」
岩と石の混合物が飛翔し、魔王の敵たちを襲った。その速さたるや目にも留まらず、ライデンは斬り損ねて肩を負傷し、ピューロは胴にまともに食らって吹っ飛んだ。
「ぐはっ!」
「あぐぅっ!」
ゴルドンは頭部にまともに受けて昏倒し、メイナは杖を真っ二つに砕かれた。
「…………っ!」
「お、折れた……! 『僧侶の杖』が……!」
ウォルグは快心の嘲笑をこだまさせる。
「はっはっは、いいざまですね、みなさん。『僧侶の杖』がそのざまなら、二度と回復できないでしょう! さあ、今とどめを刺してあげますよ!」
「許しません……!」
このとき、床にへたり込んでいたシモーヌが、声を震わせて立ち上がった。
「魔王ウォルグ……許しません。モーグおじさまの仇……!」
ウォルグはそういえばそんな役者もいたなとばかり、つまらなさそうに彼女を見やる。
「はっ、何をほざいているのですか、あなた。どうせ殺すつもりでしたし、まずはあなたから死なせてあげましょうかね!」
そのときだった。
シモーヌの両足が宙に浮いた。その体が光り輝く。目を閉じ、顔をやや天井へと向けて、彼女は両手を広げた。突然のことに、ウォルグがたじろいで後じさりする。
「な、何ですかこの力は?」
次の瞬間、シモーヌが極限まで発光し、俺は自分の体が浮かび上がるのを感じて――
ふっと意識を失った。