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37ウォルグの策略

 あのザルフェが、天使の単なる下僕とは……。俺はうなる。


「そうだったのか……」


「我輩は読書が好きでした。病的に活字を追っていた我輩は、ある日禁書の類に手を出し始めます。そうして知ったのが、人界における魔王の存在でした。我輩は憧れました。こんな窮屈な神界より、人界に下りて魔王となって、世界を支配したい。そう願うようになったんです。それは渇望ともいうべき願いでした。あなた方もそうでしょう? 他人を一人残らず屈従させたいですよね?」


 メイナが新『僧侶の杖』を握り締めた。まるでそれで今すぐ相手を殴り倒したいかのように。


「そんなわけないでしょ……!」


 ウォルグは無視して独演会を続行させる。


「そこで我輩は召し使いのザルフェとともに、神界で禁忌とされる『天使殺し』を始めました。我輩が天使をさらってきて、2人でなぶり殺す。発覚するまでに5人は殺しましたかね。あれは快感でしたよ。犯してはならない罪を犯すのは、たとえようもない快感でした」


 勇者ライデンが怒りに満ちた言葉を発した。


「おのれ……」


「何でこんなことをしたか分かりますか? それは、天使は基本的に、人界や魔界へ下りることを禁じられているからです。『天使セイラ』や『天使シモーヌ』のように、間者として以外はね……」


 部屋は一瞬無音に帰する。俺もライデンも――というより勇者一行全員が――息を呑んで立ち尽くした。俺は無意識に右手人差し指を掴む。


「セイラ……シモーヌ……天使? 俺に『鋼の爪』の指輪をくれた、あのセイラが天使だってのか? そこのシモーヌも? しかも、神界のスパイ……?」


 シモーヌが必死で潔白を叫んだ。俺にだけは知られたくなかった、とでも言いたげだ。


「ちっ、違うんですムンチさん! 隠してきたわけじゃないんです! 本当に記憶喪失だったんです! 天使であることを思い出したのも、つい最近ウォルグから指摘されたからで……!」


 メイナがシモーヌに確認するように問いかける。


「あたしの新『僧侶の杖』を使えたのも、シモーヌが天使だったからなのね?」


「はい……おそらく」


 俺の喉はからからだった。声を出そうとしてしゃがれ、咳払いしてやり直す。


「おいウォルグ、教えろ。あの漂白の民、芸人一座の『ツェルモ』のリーダーだったセイラは、本当に天使だったってのか?」


 魔王はこくりとうなずいた。


「ええ、そうですよ。人界へ間諜のために下りて、表向きは旅芸人一座の頭領として諸国を遍歴していました。そのほうが人界の情報を掴みやすかったからでしょう」


 じゃあどうして。


「それなら何で俺に指輪をくれたんだ? この強大すぎる力を、どうしてセイラは譲ってくれたんだ? 一人で一国さえ制覇できるような、この力を……!」


 今度はウォルグが聞いてきた。ちょっとは関心があるかのように。


「彼女はどう言ってたんですか?」


「『あたいには無用の長物だからね。正しく扱われることを願ってるよ』って……。それから、『人間らしく生きて、人間らしく死にたい』とか何とか……」


 相手は笑殺する。分からないのか馬鹿め、と言いたげだった。


「ならそれが本心でしょう。愚かしいことですがね。セイラは間諜の任務に就く際、身を守るため、神から『鋼の爪』の力を銀の指輪の形でいただいた。しかしそれを使うことなく、あなたに手渡した。自分だけが大きすぎる力を所持することにためらいを感じて、その利益を他人に放り投げたかった――多分そんなところでしょう。まあ、女は気分屋ですからね、我輩の推察も憶測の域を出ませんが」


「セイラ……本当にそうだったのか……?」


 メイナがシモーヌに対し、ややぎこちなく質問する。


「シモーヌ、あんたも間者として人界に?」


「はい。5年前、通信が途絶えたセイラさんを捜索するために、また代わりとなるために、私はここへ送り込まれました。でもすぐに転落事故で記憶を失って……。その後は、魔王モーグさまに養われました」


「あんたも大変だったのね……」


 ウォルグが冷笑して頬杖をやめた。両手の指をつき合わせ、思慮深げに軌道修正をはかる。


「話が逸れましたね。元に戻しましょう。……天使は特殊な任務に就かない限り、人界や魔界へ下りられません。だから我輩は天使を殺しました。そして、その事実を他の天使たちに漏らしたのです」


 ライデンが戦慄した。誰から見ても、ウォルグの行為は異常であるからだ。


「何のためにそんなことを?」


「破門されたかったからですよ。神界とはおかしなもので、天使を殺す法律がないのです。罪を犯した天使は、あらゆる能力を奪われて人界に落とされる。それが決まりなんです。我輩は能力を奪われて堕天使となり、神界から追放されました。ザルフェは召し使いという身分と年齢から、消滅させられることなく牢屋に閉じ込められました。彼は後に釈放され、我輩を捜しに自ら人界へくだります。ここまで計画通りでした」


「それで賢者カシマールか……」


「察しがいいですね、さすが勇者! そうです、人界に落とされた我輩は、まだ赤子だったカシマールに取り憑き、その精神と肉体を乗っ取ったのです。今から31年前、聖歴559年のことでした。そして我輩は、勇者一行にふさわしい人物となるべく、楽しんで自己を鍛え上げていったのです」


 魔王ウォルグはかっと目を見開いた。その双眸(そうぼう)が異様な光を放つ。俺には急に奴の体が大きくなったように感じられた。物凄い圧力だ。


「賢者カシマールとして勇者一行に加わることも、魔王の地下迷宮を突破してモーグと対決することも、それに勝ってモーグをこの手で殺し、『万物意操』の能力を手に入れることも……すべては脚本どおりでした。まさかこのシモーヌの能力『転移』で、最後の最後であなた方を取り逃がすとは予想もできませんでしたがね……!」

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