36魔王ウォルグとの再会
■魔王ウォルグとの再会
俺は前衛で、迷宮で待ち構えていた蟻頭や牛人間、巨大蜘蛛や肥大カマキリを『鋼の爪』で一方的に潰していった。何もできずただただ倒される魔物たちに、僧侶メイナが呆れたように禿頭を掻く。
「改めて凄いわね、あんたのその爪……」
「惚れたか?」
「馬鹿。あたしはライデンが好きなのよ」
勇者ライデンは困ったように苦笑した。
「ははは……」
メイナはカチンときたらしく、唇をとがらせる。
「ちょっとライデン、本気にしてないわね? この旅が終わったら王都で挙式を挙げたいぐらい――それぐらい好きなんだから」
ライデンは乾いた笑いでごまかした。メイナは不満顔だったが、何かが引っかかったのか俺に話を向ける。
「そういえばムンチ、あんたはシモーヌが好きなのよね?」
俺はランタンを取り落としそうになった。泡を食って反対に問いかける。
「な、なんでそうなるんだよ?」
ピューロが眉をひそめて、俺に暗い顔を示した。
「ムンチさん、シモーヌが好きなんですか?」
俺は軽い狼狽の中、やや必死気味に否定する。
「ちげーよ。俺はあいつの用心棒にされただけだから。好きでも何でもねえよ」
最年少のメンバーは明らかにほっとした。胸を手を当てて、弁髪を楽しげに揺らす。
「よかった。ボク、シモーヌが好きみたいなんです。取り合いにならなくて安心しました」
俺は無言で巨大コウモリを撃ち落としていった。そうさ、俺はシモーヌが好きなわけじゃないんだ。きっとあいつだって、俺のことはどうでも……
勇者ライデンは魔物の死骸を避けながら進む。
「さあ、もうすぐ最下層だ。ムンチ、引き続き頼むぞ」
「あいよ」
そうして俺たち4人は、石像の悪魔やトカゲ竜を一方的に吹き飛ばしつつ、さらに先へ、さらに地下へと潜っていった。
そうして……
「来ましたか……」
前に訪れた『最後の部屋』の玉座に、魔王ウォルグの姿があった。一国家に一人しかいないであろうほどの美男子で、まるで少女のようなはかなさがある。薄黄色の髪の毛は腰まで届く長さだ。切れ長の瞳と唇の酷薄さが凍土の冷たさを感じさせた。先代魔王モーグの首飾りが美しい。ベルトに小筒を垂らしていた。
その隣にはシモーヌが座らされている。両腕に肘まで届く鉄甲の枷をはめられており、それは鎖と繋がってウォルグの手中に収まっていた。まるでペットだ。
壁に掲げられた複数のたいまつが赤々と燃えていた。瓦礫のたぐいはすっかり片付けられ、天井も壁も床も――少々の雑さはあるものの――修復がなされているようだ。
「ムンチさんっ! みなさんっ!」
シモーヌがやつれた面を上げて、俺たちの登場に歓喜した。肩にかかる程度の薄青色の髪が揺れる。豊富な睫毛に挟まれた碧眼が光を浴びて照り返った。
俺は彼女の無事な姿に、心の底からの安堵と輝くような希望が胸を満たすのを感じる。
「シモーヌ! 生きていたんだな!」
ピューロも俺と同じらしい。元気付けるように明るい声で叫んだ。
「シモーヌ、今助けるからね!」
ウォルグは批評家のように冷徹に論評した。
「あなた方がここに来れたということは、ザルフェを倒したというわけですか。あやつめ、存外使えない奴でしたね。まあ、魔法使いの老人がいないところを見ると、最低限の仕事はしたようですが」
勇者ライデンが一歩進み出る。俺たちの代表者として振る舞った。
「戦う前に聞いておきたい。ウォルグ、君は一体何者だ? モーグは自然発生的に誕生した魔王という感じだったが、堕天使だという君はどうやら質が違う。あの液体の魔族ザルフェを下僕にしていたことといい、せめて説明はしてもらえるかな」
「ふふ、それを聞いて何としますか」
「ただ、これから殺す相手の本心を知っておいて、供養の際の参考とするまでだ」
こらえ切れない、とばかりに魔王ウォルグは哄笑する。
「ははははっ! 大言壮語もここまで来ると立派ですね! いいでしょう、少し我輩のことを喋るとしましょうか。たわむれに、ね」
彼は背もたれにもたれかかり、片手で髪の毛をかき上げた。
「……この世界は三つに分類されることをご承知ですかな、勇者殿」
「三権神さまのことか? 天のガイア・大地のオルテガ・恵みのマッシュ……」
魔王はあざけるようにさえぎる。
「違います違いますよ、勇者殿。愚かな人間たちが勝手に生み出したセキュア教など、何の意味もありません。我輩が言うのは真実の分類――神界・人界・魔界の三つの世界です。神が治めるのが神界、人が治めるのが人界、魔物が治めるのが魔界。我輩は元は神界の天使でした」
僧侶メイナが鼻で笑った。
「あんたが天使?」
ウォルグは気を悪くすることもなく続ける。
「そうですよ。神界は神に管理され、天使たちが摂理の遂行を行なう世界です。基本的に人界・魔界に関わることなく、球形空間で『世界の綻び』が生じないかをチェックする。定例議会で現状の問題点を挙げ、討論して解決策を導き出す。そういうことを何千年、何万年と行なってきました。神界では定例議会の行なわれる『神の城』を中心に、大小1000戸の『天使室』が寄り添うように宙に集まっているんです」
武闘家ピューロが言葉の鞭を叩きつけた。
「でたらめだ、そんなこと……!」
「くくくっ、君はまだ若いから理解できないだけです。……さて、天使とは神によって生み出される、神界の有翼人です。人間と違って水も食糧も必要がなく――まあ、人界の食事を好む酔狂なものもたまにいますが――、その寿命は人間の10倍。足りなくなれば神の手で補充されます。――そういえば、約700年ほど前に、天使がごっそり亡くなったことがありましたが、あれは何だったんでしょうね……。まあともかく、天使の総数は800名程度で、翼があるため移動は基本飛翔となります。我輩もその一人でした」
魔王ウォルグは首を傾け、右腕で肘かけに頬杖をついた。
「はじめはすくすく育っていたんですがね。やがて神に管理される神界での毎日が嫌になって来ました。100歳のとき召し使いとして――ああ、天使の下僕のことも話しておきましょう。召し使いは天使が神に祈ることで与えられる、人型の存在です。基本的に天使の身の回りの世話をします。そしてたまに人界への渡航許可が下りることもあり、その際は天使に頼まれたお遣いなどを果たして戻ってきます。ザルフェは、私についた召し使いでした」




