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35地下迷宮へ

 あまりの炎に俺は腕で目元をかばった。数歩下がり、やがて収束に向かい始める火炎を覗き見る。


「すげえな……」


 ピューロが感嘆しながらうなずいた。


「そうですよねムンチさん! これならザルフェも一巻の終わりですね」


 決着は思っていたよりあっさりだったな。まあ魔族なんて勇者一行の前ではこんなものか。


 魔法でできた炎が完全に消え去る。しかしその熱波は周囲の木に燃え移っていた。このままでは森が焼けてしまう。そう思っていると――


「ゴルドン、どうしたの?」


 メイナの慌てた声が聞こえてきた。そちらへ振り向くと、僧侶の肩を借りて老人がその場に座り込んでいる。顔が少し青かった。


「なに、少し疲れただけじゃよ。さすがにあれほどの火球を作り出すのは骨が折れたわい」


 勇者ライデンが俺の肩を叩く。


「ちょっと延焼を防いでおこう。ムンチ、木を切り倒すのを手伝ってくれないか?」


「分かった」


 ライデンは何でも切れる『勇者の剣』を、俺は『鋼の爪』の鞭を、それぞれ使って、倒木に取り掛かろうとした。


 そのときだった。視界の端に映るゴルドンの腹から、細い小さな腕が生えたのは。


「ぐふぅっ……」


 何ごとかとライデンが振り向く。俺やピューロ、メイナもじいさんの方へ正対した。


 生えたのではない。ゴルドンの背後に現れた小さいザルフェが、老人の体を右手で貫いたのだ。ゴルドンは血を吐き出して激痛に顔を歪める。その体をザルフェが高々と掲げてみせた。


「この野郎、俺さまをよくもここまで蒸発させてくれたな! キヒャーハッハッ! だが最後に勝つのは俺さまだぁ! ざまぁみやがれぇ!」


 メイナが悲鳴を上げる。


「ゴルドン!」


 ザルフェの体が次第に大きくなっていく。こいつ、ゴルドンの血液を取り込んで再生をはかっているのか?


 瀕死の老人が血塗れになりながら、振り絞るように声を漏らした。


「そいつはどうかのう、ザルフェ!」


 突如無数の火の玉が宙に発生する。そして何とそれら全てがゴルドンとザルフェに襲い掛かった。たちまち爆炎が噴き上がる。ピューロが泣き叫んだ。


「ゴルドンさんっ!」


 ザルフェが断末魔の声を放った。


「こ、こいつ、死ぬ気か! ぎゃあああ……っ!」


 ライデンが細い目をさらにすがめる。


「ゴルドン!」


「ラ、ライデンよ、すまん! わしは、ここまで、じゃ……!」


 ひときわ大きなほむらが逆巻き、ザルフェとゴルドンを完全に包み込んだ。俺は絶望と無力感で絶叫する。


「ゴルドーンっ!」


 魔法の炎が鎮火(ちんか)した。ザルフェは完全に蒸発し、ゴルドンも黒い焼死体となりはてている。


 ピューロが両膝から崩れ落ち、こげた地面に両手をついた。その肩が嗚咽(おえつ)で震えている。


「そんな……ゴルドンさん……! メイナさん、ゴルドンさんを治せませんか?」


 メイナは何度も何度も新『僧侶の杖』を振るい、白光を輝かせた。だが何度やっても老人には変化がない。


「今やってるけど……駄目、一度死んでしまったものには治療は効かないわ」


 メイナがあきらめず杖を振り続けるのを、俺は手で制した。メイナがこちらを見上げる。しかられた子供のように泣きじゃくっていた。俺は奥歯を噛み締めて、悔しさを押し殺す。胸で悲哀が渦巻いていた。


「じいさん……。こんな形でお別れすることになっちまうなんて……! くそっ!」


 だが勇者ライデンは冷静だ。延焼が広がりそうなのを抑えるべく、『勇者の剣』で木々をなぎ倒し始めたのだ。そして背中を見せたまま俺に要請した。


「ムンチ、樹木の切り倒しを手伝ってくれ」


 俺はその態度が少し気に(さわ)る。ゴルドンが死んでしまったというのに、リーダーの勇者は特段悲しんでいる様子もなかった。


「おい……」


 俺がむかっ腹立てて険のある声を出すと、ライデンは振り返ることなく機先を制した。


「ムンチ! まだ僕らは生きている。僕らが課せられた使命を果たすのが、ゴルドンの真の願いだよ」


 その両肩に、支えきれないほどの重みが載せられているのを、俺は肌ではなく心で感じ取った。


 そうだ。ライデンが悲しんでいないわけがない。彼は指導者として、それに耐えているだけだ。俺はちょっとだけ冷静さを取り戻した。いたわるような言葉が自然と出る。


「ああ、分かってるさ。すまない、ライデン」


 そこでふと気がついた。黒焦げの死体の脇に、手頃な大きさの腕輪が転がっている。


「……ん? それは『魔法使いの腕輪』か、メイナ」


「ええ。これだけ焼け残ったわ。あの業火にも耐えたみたい」


 俺はそれに手を伸ばした。自然な動作だった。


「俺がもらってもいいか? まあ、火球は出せないだろうけど……。じいさんの願いは俺が一緒に持っていきたいんだ」


 メイナは立ち上がった。俺が腕輪をはめるのを見届ける。


「いいわよ。ゴルドンの形見と一緒に、魔王ウォルグを倒しに行きましょう」


 俺はうなずくと、後は無言で木の切り倒しに取りかかった。




 幸いなことに風は強くなかったので、延焼は難なく防げた。その作業の間に、ピューロとメイナは魔法使いゴルドンを埋葬している。そして再出発すると、襲いくる魔物たちを撃滅しながら、とうとう地下迷宮の入り口である洞窟に辿り着いた。


 ライデンが自分自身と皆を叱咤(しった)するように声を出す。緊張や怯えは一切なかった。


「行こう、魔王の地下迷宮へ。ウォルグを倒し、シモーヌを救い出すんだ。頑張ろう!」


 みんなで声を合わせた。


「おう!」


 俺が先頭に立ってランタンを掲げる。洞窟を入ってすぐ、地下への階段があった。ピューロとメイナの会話が背後から聞こえてくる。


「行きましょう、メイナさん。仇を討つんです。本当の敵に対して……!」


「分かってるわ。あの糞野郎のケツを蹴り飛ばしてやりましょう。ゴルドンの想いも込めて、ね……」

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