33ザルフェ再び
セキュア教副官ルカニオンの発言だ。これは信心深いジティス王国首脳部にとって、その判断を一定方向へ導く力があった。
「父親殺しとはおぞましい……」
「『鋼の爪』とは悪魔の技か」
「勇者一行にふさわしくないのではないか」
俺は針のむしろに座らされた気分で、そんな言葉の斬撃を浴びまくる。事実であるから反論のしようもない。過去の罪に直面させられて、俺は居たたまれなくなった。
「そうなのか、ムンチとやら」
ロブロス2世国王が穏やかに質問してくる。俺は口ごもった。
「それは……」
逃げるわけにはいかない。今こそ自分の贖罪のときなんだ。この10年の放浪が走馬灯のように思い出されて、気がつけばコクリとうなずいていた。
「はい、そのとおりです。俺は親父――ガランを殺しました。そして、その罪を裁かれることを恐れて、逃亡してしまいました」
室内がどよめく。その中で、ピューロ、メイナ、ゴルドンが俺の前に移動して頭を伏せた。
「お待ちください! ムンチさんは改心しました! これは絶対です!」
「ムンチがいなければあたしは何もできませんでした。彼がいてくれたからこそ、今こうしてあたしたちは生きていられるんです!」
ピューロ、メイナに続いて、ゴルドンも訴えた――俺のために。
「そうじゃそうじゃ! ムンチはわしらの立派な仲間ですぞ! 断罪される以上の徳を、彼はすでに積んでおります!」
俺は、俺をかばう背中の群れを前に、涙腺が崩壊して涙がこぼれるのを感じた。馬鹿な奴らだ。何でそんなに、俺のために必死になってくれるんだよ。ゴルドンなんか、声がじゃっかん裏返り気味だし……
「ううぅ……っ!」
俺はむせび泣いた。こいつらのためなら命を投げ出してもいいとさえ思った。
ロブロス2世は玉座の長い背もたれに身を預ける。
「ふむ……」
セキュア教最高神官のヴェノムが下知を求めた。
「どういたしますか、国王陛下」
そこで大音じょうを放ったのが勇者ライデンだ。
「皆さま、お待ちください!」
空気が張り詰めた弦のように引き締まった。ひざまずいて拳を床に押し当てたまま、面を上げて陳情する。
「僕はムンチが現れなければ、この魔王再討伐行に出かけようとすら思いませんでした。きっと今でも街の酒場で飲んだくれ、そのまま人生を終えていたことでしょう。ムンチは僕らの大切な仲間です。彼が僕やみんなを助けてくれたんです。どうかご寛恕をお願いします! ムンチをお許しください!」
俺はライデンの必死なまでの擁護に、ますます号泣した。酒場の前でどつき合った仲としても、彼はもう、俺の大親友だ。
「ライデン……!」
ロブロス2世はざわつく室内を、今度は片手を挙げて沈静化させた。
「ヴェノム最高神官、むしろ余が聞きたい。貴殿の考えは?」
セキュア教のトップの男は、半瞬の思考の後、重苦しく舌をうごめかす。
「それではこうしてはいかがでしょう。もし無事に魔王ウォルグを倒したなら、父親殺しの贖罪と認めるのです。そうすれば我々としても面目が立ちます。ムンチなるものにとっても発奮材料となることでしょう」
国王は揺れ動くこともなくその意を入れた。ほっとしているようだ。
「よし、ではそうしよう。ムンチとやら……」
居住まいを正し、豊かな太い声で命じてきた。
「ムンチとやら、魔王ウォルグを成敗して忠心を示せ! 我々は勇者一行として、お前を華々しく送り出そうぞ!」
俺は深々と頭を下げる。どうにか声調を整えて返した。
「……ははぁっ」
拍手がどこからともなく湧き上がり、自然と温かい音で室内を満たす。
俺は仲間に救われた。
さすがに2度目の出発となると、大々的な式典は行なわれなかった。メイナが愚痴るには、前回は王都をあげての送り出しだったのに、今回はセキュア教副官数名が見送りにきただけだという。
俺たち5人は、水と食糧を積んだ馬にまたがり、王都ルバディを後にした。
地下迷宮の場所は東北の山間だと知れている。地図とにらめっこしながら数日に及ぶ旅のすえ、とうとうその入り口がある森に到着した。馬を降りて徒歩で歩いていく。途中の魔物たちは、俺が『鋼の爪』速射であっさり全滅させた。
「相変わらず強いのね、あんた……」
僧侶メイナが呆れたように、魔物の死体の脇を通り過ぎる。巨大な猪だったが、こちらに襲いかかる前に頭を爆砕されていた。ピューロがなごやかに話しかけてくる。
「さすがにこの前ムンチさんが倒しまくったおかげで、魔王ウォルグの守備は手薄ですね。これならすぐ地下へ――」
「キヒャーハッハッ! 待ってたぜぇ、勇者一行!」
全員二度目の来訪となるその場所に、見覚えのあるモヒカン頭が立っていた。ザルフェだ。俺たちにしてみれば、シモーヌをさらった憎き宿敵。
「どうやら今度は主役のライデンもいるようだし、ウォルグさまの手をわずらわせることもない。俺さまが全滅させてやるぜ!」
タトゥーだらけの裸の上半身で、長い舌をちらつかせていた。俺は怒気8割のため息を吐き出す。
「久しぶりだなザルフェ。お前がさらったシモーヌはどこにいる?」
「さあなぁ! もう死んじまってるかもなぁ! キヒヒヒヒ……!」
武闘家ピューロが俺以上に逆上した。拳を握り締める。
「ふざけるな、恥知らずめ! ボクの鉄拳を食らえっ!」
彼は烈風のように突進し、ザルフェの顔面に一発お見舞いしようとした。魔法使いゴルドンが軽挙をいさめる。
「ま、待つんじゃ! 早まるでない!」
ピューロの右拳はザルフェの鼻っ柱に命中した。ザルフェの頭部は泥水のようにぐにゃりと曲がる。だがそこまでだ。自分の頭に穴を開けられながら、どういう仕組みかザルフェは失笑した。
「キヒャーッ! 水の体の俺に打撃が通じるわけねえだろっ! この馬鹿がぁ……!」




