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32再出発

 俺とピューロ、ゴルドンは、同時に「えっ」と驚いた。老人が一番意外そうにまばたきしている。


「メイナ、そうじゃったのか?」


 ライデンも彼女の唐突な告白に、自分の耳を疑っているみたいだ。


「メイナ、それって本当に……」


 メイナが杖を振る。先端の赤い宝石から、いつもどおりの白光があふれ出した。


「お願いします……お願いします……!」


 そのときだ。


 輝く新『僧侶の杖』がさらに明度を増し、渦のような模様を宙に描いた。そしてあっと思ったときにはもう、ライデンの傷が完治している。彼は歓喜の笑顔でふくらはぎを撫で、痛みがないことを確認した。


「な、治った!」


 勇者の喜びの表情に、メイナは――涙を浮かべている。


「ああ、よかった! ライデン、痛くない? 大丈夫?」


「もうバッチリだ。……よくやったな、メイナ」


 実感と真心のこもった台詞に、それまで彼女を縛っていた緊張の呪縛が断ち切られた。


「ああ……!」


 メイナはライデンにしなだれかかる。子供のように大声で泣き出した。


「よかった……! 本当によかった……! うええぇ……ん……!」


 一部始終を見ていた人々から、口笛が鳴り響き、屈託ない拍手が降り注いでくる。俺は一連の展開に、すっかりあっけに取られていた。


「おい、ゴルドンじいさん、こりゃどういうこった?」


「うーむ……。おそらくメイナが自らの愛を秘匿していたからこそ、三権神さまは新『僧侶の杖』にお力をお貸しにならなかったのじゃろう。己に嘘をつき続けるメイナを、神さまは罰していたのじゃ」


 ピューロが感銘(かんめい)を受けている。頬を赤く染めていた。


「じゃあ告白した今は、三権神さまが認めてくださったってわけですね。そんなことって……あるんですね。何だかロマンティックです」


 三権神はそんな細かいことを気にするのか? ……いや、何せ世界に一つしかない新『僧侶の杖』だ。むしろその程度の監視は当然か。


 泣きじゃくるメイナの頭を、ライデンが優しくなでている。その顔は酒精が抜け、りりしい勇気あるものの表情を浮かべていた。


「ありがとう、メイナ。やっぱり君こそは僕ら一行に必要な人間だ。これからもよろしく頼むよ」


 その言葉にやや不服そうに、メイナはぱっと離れる。手首で涙を拭き、頬を膨らませた。


「何よ、『僕も愛してる』とかささやくところでしょう、今の場面は! ……ふんだ!」


 野次馬から笑いが起こる。俺はメイナに依頼した。


「おいメイナ、ラブコメやってないで俺も治してくれよ。俺だって負傷してるんだぜ」


 鎖骨と人差し指が変わらず激痛を訴えている。メイナは立ち上がるとこちらへやってきた。


「はいはい。鎖骨と右手ね」


 彼女は投げやりに回復させる。俺の鎖骨が元に戻り、人差し指が生えた。どうやら新『僧侶の杖』は万全となったようだ。先ほどまでの痛みが嘘のように消えていた。


「ああ、痛かった……。ん?」


 ふと地面を見れば、俺の切断された人差し指の欠片が、蒸発するように消滅するところだった。


「この世に俺の右手人差し指は一個だけ、か。……ところでライデン、俺は忘れてねえぞ。勝負を制したのは俺だ。パーティに戻ってくれるよな?」


 ライデンは立ち上がった。俺に手を伸ばす。


「ああ、戻るよ。この5人で地下迷宮に再挑戦だ!」


 俺はライデンと握手した。


「ああ、魔王ウォルグを倒そう! シモーヌを取り戻し、ライデンの親父さんに光を当てるんだ!」


 話を聞いていた観衆が拍手喝采する。俺は少し照れくさかった。




■再出発




 俺と勇者ライデン、武闘家ピューロ、僧侶メイナ、魔法使いゴルドンの5人は、改めて国王に謁見した。俺は正直嫌々だったが、ライデンに押し切られてしぶしぶ登城することになる。


「ほほう、おぬしが『鋼の爪』ムンチか。よくぞまいった。(おもて)を上げよ」


 ジティス王国第14代国王ロブロス2世は、平伏する俺に対し、穏やかな声をかけてきた。俺が彼を見ると、福々(ふくぶく)しい顔がこちらへ眼差(まなざ)しを向けている。その隣には、セキュア教最高位ヴェノム神官が(おごそ)かに立っていた。


「勇者よ、このムンチなるものは本当に使えるのか? 賢者カシマールの代わりとなるような……」


 ライデンは重々しく首肯した。


「はい。先ほど申し上げましたとおり、カシマールは堕天使ウォルグの仮の姿でした。『鋼の爪』を扱えるムンチは、新しい魔王であるウォルグにも通じる武力を備えております。また、今日ここに至るまでに我々を何度も助けてくれました。ヴェノムさま、あなたのおっしゃりようで言えば、『本当に使えます』」


 室内に並ぶ聖俗の高官たちが、ひそひそ話をしてざわつく。それを嫌ったか、国王は大きな咳払いをして彼らを黙らせた。


「では、ムンチを勇者一行の一員として認めよう。異議はないな?」


「お待ちくだされ」


 一歩進み出るものがいる。彼は絵画に描かれるような颯爽(さっそう)とした騎士で、鎖かたびらの上に鎧かけを羽織り、凛々(りり)しい顔立ちだった。年は40代前半か。


「このヘイデルとしては、少し気になるところがございます」


 ヘイデル? 俺はすぐ目の前で片膝をついているライデンの背中を見つめた。ライデンの父・故ララッタが常に追いかけていた人物が、ヘイデル大将ではなかったか。


 ヘイデル大将は国王にうながされ、話し始めた。


「ムンチという名前を聞いたとき、私は覚えがありました。10年前にゴルサ村の腕利き職人『弓矢のガラン』を殺害し、逃亡した人物――その名がムンチではなかったか、と」


 再び座が騒然とした。俺はとても平静を保てずうつむいてしまう。別の男の声が左前方から流れた。


「このルカニオンもその話は耳に入れております。敬虔(けいけん)なセキュア教信者のガランを――実の父親を殺害したムンチ。不届きものの背信者ムンチ。おお、ぞっとします」

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