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29ライデンの願い

 こちらを向いた顔色がサッと変わった。目と口で三つの丸を作り、しばし絶句する。暴れる心臓を抑えるように、手の平を左胸に当てた。そして……


「君は、ウンチ君!」


 俺は瞬間ムカッとした。


「ムンチだ。間違えるな」


 ライデンは酔いが覚めたかのように目をしばたたく。やがて俺の両肩を掴んで揺さぶった。


「どっちでもいいだろう、そんなこと! 君、どうやってここまで戻ってきた? あの魔王ウォルグの部屋からどうやって?」


 酒臭い息だ。俺は眉をひそめて、この変わり果てた勇者を押し返した。


「多分あんたと一緒だ。シモーヌが発光して、その後全然別の場所に飛ばされた。俺はギシュリー王国の丘で目を覚ました」


「僕はこの王都近くの林の中だ。そうか、みんなあの娘――シモーヌ――の光を受けて、この大陸の別々の場所に瞬間移動させられたんだな……」


 俺は「そんなことより」と、彼のみすぼらしい姿を眺める。


「なんでそんな格好してるんだ?」


 勇者ライデンは、地下迷宮で見たとき、もっと英雄的な服装だったはずだ。それがなぜ上半身裸?


「最初は酒代を金で払ってたんだけどね。それが尽きてしまった。だから他の客と交渉して、二束三文で着物やブーツを売り払ってしまったんだ。このズボンは物々(ぶつぶつ)交換に近い形でもらい、それからいくばくかの金をもらったよ。……でも」


 彼は腰に()いた『勇者の剣』を叩いた。


「こいつだけは売れなかった。最後の矜持(きょうじ)ってやつだね」


 俺は呆れて髪の毛をガシガシとかく。事態を整理し再点検する必要を感じた。


「そもそも、何で酒びたりなんだ? 王様には会ったのか?」


 ライデンは苦笑して手を振る。


「まさか。僕はパーティが全滅したと思って、ロブロス2世陛下にまみえる顔もないと考えたんだ。それで飲酒に逃避した。まさかあの地下迷宮最下層から帰還してくる人物が――勇者一行じゃなかったけど――いたなんて、驚きだよ」


 俺はすぐに彼へ朗報を届けた。飛び上がって喜ぶに違いないと期待して。


「安心しろよ、ライデン。武闘家ピューロも僧侶メイナも魔法使いゴルドンも無事だ。今国王のところに報告に行ってる。もう少ししたらこの店にやってくるはずだ」


 ライデンは目を白黒させた。再び俺の両肩を掴む。低い、通常の彼の声に戻っていた。


「そうなのか? あの3人も生きているのか?」


「ああ、ぴんぴんしてらぁ。今度は賢者カシマールの代わりに俺が同行するから、一緒に地下迷宮へおもむき、魔王ウォルグを打倒しようぜ」


 しかしライデンは乗ってこず、急にしょんぼりする。俺のエールの入った杯を奪い、ひと息にあおった。何しやがんだ、こいつ。


 彼は酒精の奴隷に逆戻りする。覇気のない台詞を、覇気のない口調で撃ち出した。


「駄目だ。魔王ウォルグに勝てる気がしない」


 ライデンは恐れをなしている。魔王に対してか、と思いきや、続く言葉は異なる線を描いた。


「僕は怖いんだ。あのときのように、僕のふがいなさで仲間を危険にさらすのが。シモーヌ君が助けてくれなければ、僕らはあのまま全滅していた。それは間違いないんだ」


 俺は何て情けない男だ、とむかつく。口調もとげとげしくなった。


「別にふがいなかったのはお前だけじゃないだろ。あのな、何のために勇者になったんだ? 恐れをなして酒びたりになるのが勇者さまのあるべき姿ってか?」


 ライデンは俺をきっと睨む。その目はやや鈍いながらも鋭く輝き、口は心の反発を言語化した。


「違う! 僕はただ……父さんをただの敗者にしたくなかっただけだ!」


 いきなり話が飛んでついていけない。俺は面食らいながらも尋ねた。


「どういうことだ?」


 勇者は両手で顔をごしごし拭う。


「僕の父ララッタは、王都常備軍副将の地位にあった……」


 この王都ルバディには常備軍が設置されている。あまり他では聞かない、ある種先進的な武力だった。その副将が、ライデンの親父さんのララッタだったのか。


「ほう。ずいぶんお偉方だったんだな」


 ライデンは両手を組んであごを載せた。


「でも、父さんは大将のヘイデルさんには何をやっても勝てなかった。二人の人生は、常に先を行くヘイデルさんを、父さんが追い越そうとして追いつけず、その背中を羨望(せんぼう)とともに眺めやる――そんなものだったんだ。同い年だったんだけどね」


 出世争いというやつか。勇者の声が震えている。


「そして2年前、父ララッタは大規模な魔物との戦闘において――殺された。父さんは死んでしまったんだ。ヘイデル大将は生還したのに……!」


 ライデンはうつむいて涙を落とした。静かな嗚咽(おえつ)だ。


「だから僕は、ヘイデル大将が心からうらやむような――そんな偉業を成し遂げて、父さんの人生が決して敗者のそれではなかったと、証明してやりたかったんだ。だから勇者募集の催しに参加した。その中で『勇者の剣』を扱えた志願者は僕一人だった。正式に僕が勇者として認められたんだ。僕は歓喜し有頂天になった」


 彼のむき出しの上半身がかすかにわなないていた。両目から滂沱(ぼうだ)と水滴がこぼれ落ちる。


「僕は絶対魔王モーグを倒してやろうと、みんなを引き連れて旅に出た。ララッタ父さんの息子は魔王を倒した偉人であると、世界に喧伝(けんでん)したかった。ヘイデル大将の武名をかき消す勢いで……。……それがまさか、あんな形になるなんて……。ううう……っ」


 とうとうライデンは声を上げてむせび泣いた。俺は彼の肩を手で揺さぶる。


「だったら! ……だったら、魔王打倒の偉業を今度こそ成し遂げろよ。逃げるな、立ち向かえ! 俺や仲間がサポートしてやるからよ」


 勇者は目尻を指でぬぐいながら俺を見た。


「君は魔王ウォルグを打倒しようというのかい? まあ君の能力『鋼の爪』なら、確かに互角以上の戦いができるかもしれない……。しかしなあ、今度は相手も万全だろうしなあ……」

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