24銀の指輪
それが決定打だった。親父はロザリナに金袋を投げつけた。
「それが最後の給金だ。俺は息子のいうことを信じる。お前はクビだ! いますぐここから出て行け! 消え失せろ、この豚野郎!」
「……分かりましたよ」
彼女は反省することなくふてくされ――でも金袋だけはしっかりいただいて――家から出て行った。
こうして我が家の家事手伝いの座から、ロザリナは永久追放されたんだ。親父は俺を抱き締めて、「すまなかった。俺がきちんと目を配ってやれなくて……」と涙を流した。
でも俺は、この頃にはすっかり暗い性格にねじ曲がってしまっていた。なかなか助けてくれなかった親父にも冷めた目を向けるようになったんだ。それは新しい召し使いのキャロットが着任しても変わらなかった。
聖歴580年、俺は7歳から父が働く弓矢工房に出入りするようになった。弓矢の作り方を一から学んでいくためにな。それで、ある程度のものは見よう見まねで自作できるようになった。
「こりゃ凄い。ここまで綺麗に弓を切り出せるとはな」
「天才の息子は天才ってことなのかなぁ」
「ガランさんはいい息子を持ったもんだ」
職人たちのそんな会話が照れくさかった。もっとも、俺以上に親父が赤面して、「いやいや、まだまだ半人前だよ」と恐縮していたっけ。
そんなあるときだった。漂白の民であり旅芸人一座の『ツェルモ』が、ゴルサ村にやってきたんだ。彼らは様々な芸を披露して、見物客から拍手喝采とおひねりを受けていた。俺も親父に連れられて、剣舞や芝居、歌や伝承の披露を目の当たりにした。
「どうだムンチ、いつも三権神さまに祈りを捧げていれば、こうして面白いことにも遭遇できる。信心深くあれよ、我が息子よ」
「……うん」
だけどそのとき俺は、『ツェルモ』に対して親父以上に感激していた。その自由な空気、奇抜な衣装、多種多様な技の数々に対し、俺は心から憧れていたんだ。
「凄いや……!」
親父が先に帰ったのをいいことに、俺は相談もせず、『ツェルモ』のリーダー格を探した。弟子入りを志願するためだ。それぐらい、俺はこの旅芸人一座にほれ込んでいた。
頭領とはすぐに会えた。名をセイラという。26、7歳ぐらいで、豊かな金髪を腰まで伸ばし、愛嬌あふれる衣装で全身を包んでいた。実際の容貌が分からないようにしているのか、その顔は丹念に化粧されていた。それでもその美貌は確かなものだと薄々感じた。俺の心臓の鼓動が早まった。耳が熱い。
「僕を弟子にしてください! あなたたちと諸国を回りたいんです!」
舞台袖の木箱に腰かけていたセイラは、ちょうど休んでいるところだったのだろう。金髪をかき上げる。
「へえ、その齢であたいたちに加わりたいってか」
彼女は苦笑した。俺の熱意にほだされたようだ――。俺はそう見たが、返事はにべもなかった。
「お断りだね」
無情な言葉に俺は二の句が告げない。ようやく返した。
「何でですか?」
「あんたはこのゴルサ村で生きているんだろう? 周りの人たちはどうするつもりだい? 捨てていくのだろう? それは今まで生かされてきたってのに、あんまり情がないってものだよ」
「親父はセキュア教があれば、お袋や僕がいなくなっても気にしません。そういう人なんです。友達や先輩職人と離れるのは辛いけど……でも、今この機会に『ツェルモ』に入らなければ、そっちのほうが何倍も辛いです!」
セイラは立ち上がり、俺の頭をくしゃくしゃに撫でた。
「生意気いうんじゃないよ、少年。あたしたちは皆、親や子を失い、漂浪する以外に術がなくなった人間なんだ。身寄りのないもの同士が切磋琢磨しているんだよ。親父さんが生きているってのに、それを捨てるってのはあんまりだ。そんなことをする人間は、たとえ子供とはいえ、迎え入れるわけにはいかないね」
「そんな……!」
セイラは俺の要望を謝絶した。しかし俺のことは気に入ったらしく、彼女は下げていた袋から銀色の指輪を取り出し、俺にくれた。突然のプレゼントだった。
「それは指の太さに合わせて伸縮する魔法の指輪だ。自分の身を守るとき、誰かを守りたいときは、その指輪をはめて念じるんだ。そのとき、爪は敵を撃つだろう」
そういうと、セイラは俺の頭を再び撫でた。俺は心が癒される気がした。
「そんな大切なものを、何で僕に……?」
セイラは茶目っ気たっぷりに笑いつつ答える。
「人間観察、かな。その指輪をどう使うかは少年がよく考えるんだ。どのみち、あたいには無用の長物だからね。正しく扱われることを願ってるよ」
空はまるで彼女の気分のように、青く澄み渡っている。舞台のほうから人々のどよめきと拍手喝采が聞こえてきた。芸人がパフォーマンスを披露したのだ。
「あたいは『ツェルモ』を気に入ってるし、この後も全国各地を回る。もうあたいの望みはそれだけなんだ。人間らしく生きて、人間らしく死にたい。あたいの居場所はこの旅芸人一座なんだよ、少年」
俺は理解できなかったが納得するしかなかった。セイラは優しく語っているが、そこには頑として動かない一個の信念が備わっているように思えたのだ。
「……うん、分かりました。この村に残ります」
「よろしい。ではそろそろあたいの出番なんで、お別れといこうか。少年、名前は?」
「ムンチ」
「ムンチ、達者でね」
彼女の唇が俺の額にそっと触れた。俺は頬を上気させ、セイラを見上げる。彼女はさっそうと舞台へ飛び出していった。
その後、セイラ率いる漂白の民『ツェルモ』は王都目指して出発した。俺は銀の指輪を親父ガランにも下女キャロットにも隠して、こっそりポケットに忍ばせていた。肌身離さず、まるでそれがセイラであるかのように……
しかし、たった3日でその指輪をはめることになるとは思わなかった。




