23ムンチの過去
面倒だ。俺は吐き捨てた。
「話す気はない。つまらない詮索ならよそでやってくれ」
しかし俺の拒絶にもかかわらず、3人はその場に座り込んだ。俺はむっとする。
「おい、何の真似だ」
ピューロが黒い弁髪を揺らして頭を下げてきた。
「ボクからもお願いします。もうボクらは一蓮托生なんでしょう? ムンチさんに何か願いがあるなら、それを話してください。微力ながら手助けしますから」
メイナが俺の肩をひっぱたく。口角を吊り上げていた。
「ムンチ、あんたはあたしらにとって、もう旅の道連れ以上の存在なのよ。それでも話す気はないっていうの? それはいくらなんでも他人行儀じゃない?」
ゴルドンはしわくちゃの顔をさらに皺だらけにした。
「おぬしの実力は魔王ウォルグに匹敵するほどじゃ。これからも一緒に来てくれ。そして、腹を割って話してくれ。わしらは仲間じゃろう?」
仲間、か。俺は舌打ちしてよそを向いた。ピューロが声を張る。
「ムンチさん!」
視界の端でメイナとゴルドンが身を乗り出した。
「ムンチ!」
俺は葛藤した。俺の秘密。抱えてきた過去。どこにも下ろせなかった両肩の重荷……
俺は髪の毛をかき回す。やがて、大きく息を吐いた。逡巡に蹴りをつけたのだ。
「分かった、分かったよ。話せばいいんだろう、話せば!」
3人に視線を戻すと、彼らの顔は明らかに緩んでいた。俺はそれが少しいまいましかったが、気にしないことにする。
「言っておくが、別に面白い話じゃねえからな。それでもいいってんなら……」
俺は遠い過去を思い出し、それを披瀝した……
■ムンチの過去
聖歴573年――今から17年前に、ジティス王国王都ルバディの東、山沿いにあるネルシダ辺境伯領ゴルサ村で、俺は生まれた。親父はガラン、お袋はカイだった。その頃の記憶は当然だがない。だけど想像はできる。きっと親父もお袋も、初めてできた子供に――俺という存在に、涙を流して喜んだだろう、と。
だけど、俺とお袋がともに過ごした日々は極めて短かった。お袋は産後の肥立ちが悪く、出産4日目に死んでしまったんだ。後から聞いた話では、親父は歓喜の頂点から失意のどん底に突き落とされて、人目もはばからず泣きに泣いたという。
親父は国教セキュア教の熱心な信者だった。妻であるカイの唐突な死に、彼は命のはかなさを痛感した。それで村の教会に通い詰め、自分と息子を守ってくださるように三権神へ祈りを捧げたらしい。司祭はそんな敬虔な信仰者に対し、カイの死にはきっと意味がある、三権神はそなたとその息子を見離さないだろうと――お決まりの台詞を述べて励ましたそうだ。
やがて悲嘆から立ち直った親父は、下女のロザリナに赤ん坊の俺の面倒を任せて、商売である弓矢作りに励んだ。そう、親父はゴルサ村どころかネルシダ辺境伯領内の誰よりも、弓矢を仕上げるのがうまかったんだ。周りの人間は『弓矢のガラン』と呼ぶほどで、彼が職場復帰したことに誰もが愁眉を開いたという。
でも、問題は親父の知らないところで起きていた。
俺は5歳になる頃――記憶が残り始める頃――、ロザリナのゲスな本性を目の当たりにした。奴は当時30代後半だった。太っちょでオレンジの髪を三つ編みにしている。でこぼこの多い顔ときつく吊り上がった目は鬼のようだった。
「ああ、忙しい忙しい!」
ロザリナは洗濯や掃除などの家事はまともにこなすが、俺には常に冷酷な態度を取り続けた。
「どけこのトンチキ! わたくしの手間を増やすな、ボケっ!」
気がついたときには、俺をストレス解消の道具とみなして、殴ったり蹴ったりは日常茶飯事となっていた。それで俺が泣きわめくと、
「うるさいねえ、ムンチ! 黙れ! 黙らないんだったらまた一発殴るよ!」
俺は恐怖して口をつぐまざるを得なかった。
そのくせ、ロザリナは雇用主であるガランには何事もなかったかのように報告していた。
「どうだね、ムンチは」
「はい、大変優秀なお坊ちゃまで、騒いだりしないのでわたくしも助かっております」
「そうかそうか、どれ今月の給金だ」
「あら嬉しい!」
金をもらうときだけ無垢な笑顔を見せた。
その後もロザリナは俺を「教育」することたびたびだった。彼女は俺が言いつけるのではないかと恐れるあまり、口止めするべくさらなる暴力を振るった。傷跡が残らないよう腹や背中、足を標的にしてな。文字どおりの最低女だった。
しかし俺が6歳のとき、肥満の下女は失敗した。俺の頬を殴ってあざをつけてしまったんだ。奴は何て言ったと思う?
「ムンチ、このあざは階段から転げ落ちてできたものだって言うんだよ。分かったな?」
どこまでも卑怯な召し使いだった。だけど、そんな言い訳で取り繕えるほど、変色部分は尋常ではなかった。俺は激痛に泣きたかったが、泣くとまたどつかれるので必死にこらえた。
「どうしたムンチ! その頬は! 膨れ上がっているじゃないか!」
弓矢工房から帰宅した親父ガランは、真っ先に俺の怪我を心配した。俺はもう我慢の限界に達していた。だからロザリナを指差して叫んだんだ。
「あいつに殴られて傷を受けた! 毎日暴力を振るってくるんだ! 僕はもう嫌だ、あんな性悪女!」
親父は信じられない、とばかりに下女を見た。彼女は卑屈に揉み手する。何とかこの窮地を逃れられないかと、そればかり考えているように見えた。
「か、階段から転げ落ちてできた傷ですよ。そんな、わたくしがムンチさまを殴るなんて、そんなこと……! そうでしょう、ムンチさま」
俺は断固として拒絶した。涙を流しながら言葉を叩きつける。
「嘘つくな! いつも僕を殴ったり蹴ったり……! 父さん、あいつと僕のどっちを信じるの?」




