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22誘拐

「おいおい、おいたはよしなよムンチ! キヒャーハッハッ! やれやれ、せっかくセイラの死に際を思い出して遊んでたのに、つまらねえ横槍だなあ、ええおい?」


 セイラ。


 その名前に俺は過去の記憶を呼び起こされた。続いて胸郭を渦巻いたのは、ザルフェの発言を否定したがる願望だった。


「セイラ? お前、セイラを知ってるのか? 死に際ってどういうことだ? 答えろ!」


「ああ、知ってるぜぇーっ! 8年前、俺さまが漂白の民『ツェルモ』をぶっ潰したとき、ついでに叩き切ったあの背中を、よく覚えてるからなあっ! キヒャーハハハッ!」


「8年前……。『ツェルモ』をぶっ潰した……。叩き切った……。そんな……!」


 俺は激しく動揺し、目まいさえ起こした。気付けばその場に片膝をついている。隣でゴルドンがわめいた。


「このばけもんがぁっ!」


 炎の球を魔族の男に全力投球する。その大きさは特級だ。


「おっと!」


 ザルフェは軽々とかわし、けたけたと笑った。いかにも余裕がある。


「ま、いいかっ! この遊びの続きは後でやろうぜ、ムンチと弱々どもっ! ……と、そのためにも――キヒャーハッハッ!」


 ザルフェが横に疾走した。その先には人々を治療するもの――シモーヌの姿がある。俺は魔族の目的を察して、大声で呼びかけた。


「逃げろシモーヌっ!」


 しかしときすでに遅く、ザルフェがシモーヌの後頭部を殴りつけている。


「うっ……」


 シモーヌを失神させる威力だった。彼女が倒れようとするのを、ザルフェが掴み上げる。新『僧侶の杖』が脇に転がった。それには興味がなかったらしく、モヒカン頭はシモーヌを肩にかついで哄笑(こうしょう)する。


「こいつは人質だっ! 返してほしかったらウォルグさまの地下迷宮まできやがれ! キヒャーハハハッ!」


「てめえっ!」


 俺は怒髪天を()く勢いで、ザルフェの横暴に杭を打とうとした。だが――


「くそっ……!」


 距離が遠い。『鋼の爪』では下手をすればシモーヌに当たってしまう。頼みの綱のピューロは別の魔物に苦戦していた。もたもたしているうちに、ザルフェは翼竜に乗って素早く飛び上がる。


「あばよ、勇者のいない勇者一行! キヒャーッ!」


「シモーヌっ! この野郎……っ! そうだ、翼竜を……!」


 ゴルドンが俺を制した。


「翼竜を殺したらシモーヌが落っこちて死んじまうぞ! 落ち着くんじゃ!」


 魔物たちは急に気弱になったかのように、ザルフェの後を追って戦場から続々と離脱していく。徒歩のものは翼竜の背に乗ったり足を掴んだりしていた。俺はそれを追う気はない。


「ちくしょう……!」


 敗北感が俺の心を暗雲のように(ふさ)いでいた。


 後には破壊された商売道具――輪っかや板、化粧品に(たる)、荷馬車などとともに、旅芸人一座が安堵に包まれる光景が残る。


「助かりました。あなた方のおかげで多くの芸人が命を奪われずに済み、怪我も杖で治してもらいました。感謝します!」


「あのザルフェとかいう人型の魔物と、巨人に翼竜にトカゲ人間。最初、僕らの方に何か大きな影が近づいてきたかと思ったら、いきなり襲撃してきて……。何もかもがあっという間でした」


「私たちも王都へ行く予定だったんです。壊れた馬車は応急措置して、馬を()いて徒歩で向かいたいと思います。一緒にどうですか? 守っていただけるとこちらとしても安心なのですが……」


 俺は首をひねった。


「芸の道具を失っても王都に行きたいのか? 何を披露するっていうんだよ」


 これには座長らしき人物が答えた。


「我々には小道具なしの五体を駆使する芸もありますからね。それだけでも見世物になります。その金を使って道具を買えば、本来の芸もできるというわけでして」


「なるほどな。でも、俺は……」


 渋る俺に、ゴルドンが脇から口を挟む。


「シモーヌが気になるんじゃろうが、ここで慌てたところでどうにもなるまい。抑えるんじゃ、ムンチ」


「でもよ……」


「もしおぬしが一人抜けて地下迷宮に向かい、その後にザルフェが舞い戻ってきたら、入れ違いになってしまうぞ。奴が本当に引き下がったのかは不明なのじゃからな」


「……くそっ、分かったよ。それじゃ王都に行くか!」


 旅芸人一座は明らかにほっとしていた。




 人間の徒歩では馬での疾走に勝てるわけもなく、今日中に着くはずだった王都はまだまだ先だ。旅芸人一座は唯一無事だった幕舎を設営し、そこを俺たちの寝床に当ててくれた。まあ彼らの護衛係だ、これぐらいの役得はあってもいいだろう。俺はそう自分を納得させて、一足早く横になった。何を食べる気分にもならなかったのだ。


 シモーヌ。魔王モーグの養女。


 薄青い髪の毛を肩口まで垂らし、睫毛が豊富で碧眼(へきがん)の美少女。まだ出会ってからほとんど経ってない。だが彼女の声や姿が身の回りから失われると、こうまで空虚な気分になってしまうのか。俺はその事実に驚き、戸惑っていた。


 一体シモーヌは何者なのだろう? 5年前、記憶喪失の状態で魔王の地下迷宮近くをさ迷っていたという。そこを魔王モーグに酔狂にも助けられ、以来彼のかたわらで面倒を見てもらっていたらしい。


 そのモーグは堕天使ウォルグに殺された。今シモーヌはザルフェにさらわれ、魔王となったウォルグのかたわらにある。


 俺はごろりと寝返りを打った。シモーヌを助けに行きたい。でも焦っても仕方ない。せめぎ合う心が(きし)み、俺はいらいらとしたため息をついた。


 そのときだった。


「ムンチ。ちょっといいかの?」


 ゴルドンの声だ。どうやら食事を終えてきたようだ。


「何だ?」


「ほれピューロ、メイナ、入れ」


 3人がランタンを手に入ってきた。薄ぼんやりとした明かりに影が躍る。俺は上体を起こした。


「何だお前ら。厄介ごとならごめんだぞ」


「ムンチよ。みんなおぬしから聞きたいんじゃ。おぬしがどうしてセイラとやらにこだわるのかを。どうやって『鋼の爪』の術が使えるようになったのかを。なぜ一人で旅しているのかを……」

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