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20シモーヌの杖

 メイナは鼻をすすり上げつつ、シモーヌに満面の笑顔を見せた。


「ねえシモーヌ、ピューロにも杖を振ってやりなよ。きっと傷を治せるはずだわ」


「はい!」


 シモーヌは新『僧侶の杖』をピューロにかざした。(ほこり)を払うように左右に振る。また尋常ならざる発光が病院内を満たした。それが消滅したとき、ピューロの顔面に血の気がさした。近くにあった生け花の壷を左手で持ち上げる。


「凄い! 完全に治った! こんな重たい壷まで持てる!」


 あの傷が瞬時に治癒されるとは……。俺は改めて新『僧侶の杖』の力に感嘆した。


 ゴルドンはメイナに素朴な疑問をぶつける。


「なぜ『僧侶の杖』をシモーヌが? メイナ、おぬしがわしを治したんじゃないのか?」


「違うのよね、それが。ふふっ、どうやらあたしはお払い箱みたい」


 彼女は老人から離れ、シモーヌを指差した。


「シモーヌ!」


「はい」


「今度からあんたが勇者一行に加わりなさい。新しい僧侶としてね」


「そ、そんな……」


 メイナは微笑んだ。やっぱり美人だよなあ……と見とれる俺を無視する。


「あたしの代わりにみんなを助けるの。できるわよね?」


「うう……」


 シモーヌは困惑した。メイナはもはやパーティから脱する気でいるらしい。


「何であんたが『僧侶の杖』を扱えるのか分からないけど――それも三権神さまの思し召し。あたしは神の導きに従って、修道院に戻って、以前のように普通の暮らしを取り戻すわ。ああ、肩の荷が下りた」


 そのときだった。突然病院内に多数の武装した男たちが乱入してくる。


「お前だな、メイナ! 教会から聖なる杖を奪ったのは!」


 俺は数を数えた。12人か。その気になれば瞬殺できるな。邪魔が入ったとばかり、メイナがむくれる。


「何よあんたら」


「この村の自警団だ――って、あれ? その老人は、意識不明の重体だったのでは……?」


 ゴルドンはベッドから下りて腰を伸ばした。大儀そうであるのは齢のせいか。


「メイナの杖のおかげで、すっかり元気になったわい。この村の聖なる杖が勇者一行の役に立ったのじゃ。これは素晴らしいことじゃと思うがの」


「う、ううむ……! しかし……」


「さあ、おぬしらはどいたどいた。シモーヌ、この病院の患者たちを治してやっておくれ」


「はい!」


 それからはシモーヌの独壇場だった。


 やがてさっきの司祭と助祭もかけつけてくる。彼らは自警団が教会の杖を奪回してくれたものだと思い込んでいたらしく、病院で起こる不思議な発光に驚愕していた。


「こ、この光は?」


「はあ、それが……」


 シモーヌはベッドを一つ一つ回り、病人やけが人たちを回復していった。そのたびに白光が院内を満たし、完治したものが随喜する。


「おおっ、治ったあ!」


「凄い、どんな薬も効かなかったのに……!」


「司祭にいくら祈ってもらっても治らなかったんだけどなあ。一発で回復しちまったぞ!」


「ありがとう、お嬢ちゃん!」


 司祭たちはその場に両膝をついて、両手を組んで祈りを捧げた。


「こ、これは……まさしく三権神の奇跡……!」


 司祭も助祭も自警団も、いまやシモーヌにひれ伏す立場だ。


「ありがとうございます! この村は救われました!」


 俺はシモーヌの新『僧侶の杖』を親指で指した。勝者の気分だ。


「この杖、魔王を倒すのに必要なんだ。もらっていってもいいよな?」


「えっ、それは……」


 色よい返事を引き出すために、俺はあえて険のある声を出した。


「いいよな?」


「は、はいっ! どうぞ持っていってください!」


 ピューロが大人たちに優しく述べる。


「魔王討伐が済んだら、どこかからオークの木材を調達してここに送ります。それでまた杖を作ってください。それまではこの二本――アカマツとトウヒの杖を使っていてください」


「ははあっ!」


 シモーヌが気を利かせた。


「司祭さまも助祭さまも、自警団の方々も、ムンチさんたちも、一応回復させていただきますね」


 こうして村人たちは健康なものばかりとなった。




 翌朝、村から提供された馬車に乗り込み、俺、魔王モーグの養女シモーヌ、武闘家ピューロ、僧侶メイナ、魔法使いゴルドンの5人は王都ルバディ目指して出発した。ピューロが手綱を握りながら陽気な声を出す。傷が治って意気軒昂(いきけんこう)だ。


「後は勇者ライデンさんだけですね。王都に戻られているといいのですが」


 俺は大きく伸びをした。筋肉に刺激が行き渡り、自分が17歳の健康な男子だと実感する。


「……ま、俺は王都までだな」


 俺にとってはごく当然な結論だった。それを聞いて、メイナが愕然とまばたきする。


「え、あんたは抜けるの?」


「そりゃそうさ。俺はそこのシモーヌの用心棒として一緒に行動してきただけだ。王都まで連れ帰りゃもうおしまいで十分だろ」


 ゴルドンは伝説の武具『魔法使いの腕輪』をぴかぴかに磨いていた。視線をそこから離さないまま、俺に懇願(こんがん)した。


「すまんが、もう少しだけ勇者一行に力を貸してくれんか? 恐らく全員の中で、ムンチが一番強い。それはもう間違いない。たった一人で魔物だらけの地下迷宮の最下層まで到達するなんて、勇者ライデンでさえ無理じゃわい。たとえ勇者一行が揃っていたとしても、魔王に辿り着くまで相当苦戦したじゃろうて」


 熱心な口説(くぜつ)だな、と俺は心動かされる。老人はここで俺の目を真っ直ぐ見つめた。濁りのない真摯な瞳だ。


「どうじゃ、ムンチ。考え直さんか?」


 俺はしかし、心を決めていた。本当は魔王ウォルグに会って、会話し、今後のことを話し合いたい。今でもその願望はあった。


 だが、俺はもう血生臭いこととは縁を切りたい。それが本音だった。いくら俺でも、短期間に大勢の魔物や人間を殺してきて、いい加減争いごとにうんざりしていたのだ。


「悪いが――」


 言いかけて、俺は馬車の前方で起こる異変を視界に(とら)えた。


「ん? 何だありゃ?」

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