02勇者一行
■勇者一行
先頭の男は剣を右手に提げている。感情をうかがい知ることのできない細い目で、高い鼻梁に引き締まった唇と黒い短髪がよく似合っている。派手な金色の上下に、膝下まである革の長靴を履いていた。痩せ型ながら筋肉はしっかりついている。年齢は20歳ぐらいか。
彼の疑問符に、14、5歳の幼い少年が答えた。
「ライデンさん、多分豪華な椅子に座ってるのは魔王でしょうね。でもあの泣いてる方と、あの女の子は何者でしょう?」
まだあどけなさの残る顔立ちだ。異国の動きやすい衣装を身につけ、黒い髪は弁髪となって後方へ垂れ下がっている。人間としての成熟まであと一歩、といったところか。大きな輪っかのピアスを左右の耳たぶにつけていた。
「メイナさん、分かりますか?」
「ピューロ、あたしに聞かないでくれる? 多分、魔王の手下なんだと思うけどさ」
メイナと呼ばれた18歳ぐらいの少女は、完璧な淑女とまではいかないものの、それでも魅惑的な美顔と豊満な胸を有していた。頭は一本の髪の毛もない禿頭だ。控え目な青いローブを身にまとい、赤い宝石のついた木の杖を持っている。
「ゴルドン、あんたはどうよ」
「どうでもいいじゃろ」
60歳ぐらいの老人は、ごま塩頭で背が曲がっていた。皺だらけの相貌で、右手首に腕輪をはめている。
「はよ倒してはよ帰ろ。なあカシマール?」
「おおおっ、やってやりましょうよぉっ! 魔王と最後の決戦ですよぉっ!」
30歳前後のひょろりと長い体の男は、紺色の髪を真ん中で左右に分けていた。顔立ちは平均以上で、過去何かで頬を負傷したらしく、傷跡が今も残っている。王冠を被っていて、そのテンションは異常に高かった。
魔王モーグは5人の侵入者にどぎつい声音で確認する。さっきの俺との妙なやり取りでできた空気を、とっとと払拭したかったらしい。
「どうやらお前らが『勇者』とそのお供――勇者一行というわけだな。今度は間違いないな?」
剣の男がうなずいて構える。
「僕が『勇者』ライデンだ」
ピアスの少年が腰を低く固めた。
「ボクは武闘家のピューロ」
杖を抱く少女が胸をそらす。
「あたしは僧侶のメイナよ」
老人が腕輪をかざした。
「わしゃ魔法使いのゴルドンじゃ」
王冠の男が魔王を指差す。
「私は賢者のカシマールですよぉっ! さあ魔王よ、どっからでもかかってきなさぁいっ!」
魔王モーグはゆっくりと椅子から立ち上がった。その全身に覇気と鋭気がみなぎっている。
「よし、仕切り直しだ」
勇者ライデンと睨み合いながら、俺とシモーヌにそっと告げた。
「ムンチとシモーヌよ、玉座の裏に隠れろ。これからちょっと残虐なことをするからな。ムンチはともかく、シモーヌは出てきてはならんぞ」
俺はまだ泣いていた。
「ううう……」
シモーヌが小走りに駆けてきて、俺の袖を引っ張った。有無を言わせぬ口調でうながしてくる。
「ほらムンチさん、行きましょう。おじさまの言うとおりにするんです」
俺はまるで赤子のように、シモーヌに付き従った。勇者ライデンの声が背後から聞こえる。
「あの2人は何なんだろう……?」
魔王は俺たちが隠れると、恐らく勇者一行に正対して口上を述べた。
「さあ、改めて……。余はすべての魔族と魔物たちを統べる者、魔王モーグだ。勇者一行よ、ここまでご足労いただき感謝する。その返礼として、地獄の苦しみと永劫の死を与えてやろう!」
直後にけたたましい轟音が起きて、部屋が揺れる。俺はそれでようやく泣き止んで、魔王モーグと勇者一行の戦いをのぞいた。シモーヌも玉座の影からこっそり見る。
■地下迷宮の死闘
戦闘はいきなり両者全開だった。モーグの首飾り全体が輝くたび、床や天井が剥がれて勇者たちに襲いかかる。俺は心から感心した。
「あれが魔王の力『万物意操』か……! あの首飾りがその力の根源みたいだな」
シモーヌははらはらと落ち着かず、両手を組んで必死に祈る。
「おじさま、負けないで! ……それにしても勇者ライデンさんたちも凄いです。ライデンさんの剣は瓦礫を野菜のように軽々と斬ってしまいますね」
「あれは伝説の『勇者の剣』だ。勇者が柄を握って気合を込めると、どんなものでも切り裂くという」
「あのピューロって人、物凄い速さです! 瓦礫をかわしまくってますわ!」
「『武闘家のピアス』だ。持ち主の移動速度を2倍にするらしい。老人ゴルドンの腕輪は『魔法使いの腕輪』に間違いない。見ろ、あの炎の球を! 瓦礫を次々と吹っ飛ばしてる」
「テンションの高いカシマールさんは、でも何もできず守られているばかりです」
「そりゃ彼の『賢者の王冠』は、被ったものを中心とする円の内部を索敵できる、って代物だからな。戦闘用じゃねえ」
「あっ、ライデンさんの怪我が、メイナさんの杖の一振りで治ってますよ! 不思議な光も放ってます」
「メイナの杖は『僧侶の杖』だな。どんな怪我もたちどころに治す、という……! 先端の赤い宝石が燃えるようだ」
「お詳しいのですね」
「これでも若いときに親父から色々聞かされたんだ。勇者とその一行に与えられる伝説の武具に関しては、特にな。何も疑うことのなかったあの頃は、それはもう熱心に拝聴していた……」
「……あの頃……?」
魔王と勇者一行の激しい戦いで、室内は惨憺たる状況だった。魔王モーグは勇者の剣を巧みな体術でかわし、素早い武闘家の拳をバックステップで空振りさせ、魔法使いの火球を瓦礫で粉砕する。戦闘能力の低い僧侶と賢者は基本無視した。
モーグは強い。だけど勇者一行も強い。俺はどちらも等分に見守った。助太刀しようという気にはなれない。何だかそれは悪いことのような気がしたのだ。




