19復活
「何なのよあんたの爪って。さっきは鞭みたいに細長く伸びてたし、今度は弓矢?」
「どうでもいいだろ。さあ、急ぐぞ」
俺たちは駆け足で病院に戻る。入り口にはさっき同様、元『僧侶の杖』が置きっぱなしになっていた。それを見本に、俺は教会の杖を爪の鞭で削り始める。もともと杖であるものを『僧侶の杖』に似せるだけなうえ、これで3本目なため、あっという間に仕上がった。
メイナが片手の平を顔に当てて嘆く。罪悪感に凝り固まった台詞を吐いた。
「あーあ、絶対司祭に殺されるわ、これ……」
俺は袖から赤い宝石を取り出し、新生の息吹深い新作にはめ込んだ。
「宝石をくぼみにはめて……っと。できた! サイズも重量もほぼ同じだ。……ほれ、メイナ」
俺が投げた新『僧侶の杖』を、彼女は受け取った。
「早速ゴルドンのじいさんを治してやってくれ」
■復活
すっかり夕暮れだった。病院の内部は、等間隔に置かれたロウソクの明かりで薄明るくなっている。奥のベッドにゴルドンが寝ており、ピューロとシモーヌがそのそばで椅子に座っていた。彼らは俺たちの帰りを待っていたのだ。
「ようピューロ、シモーヌ」
「ムンチさん、メイナさん! 木材が見つかったんですね?」
「心配しましたよ、二人とも!」
俺は自分の胸を拳で軽く叩いて、問題ないことを証明した。
「おう、安心しろ、俺たちは無事だ。それよりメイナ、早くその杖で回復の術をかけてみてくれ」
隣で気おくれしていたメイナだったが、やがて唇を舌で湿した。
「よ、よし。やってみるわ」
彼女は杖を握り締め、眠るゴルドンの額の上辺りにかざす。
「三権神よ……慈悲をお与えください……!」
そしてじゃっかん持ち上げると、軽く振った。とたんに杖とゴルドンからまばゆい白光がほとばしる。それはしかし、わずか数瞬でしぼんで消え去ってしまった。周囲の患者が何ごとかとこちらに注目する。
俺の視界は発光のせいで影が躍っていた。それでも目をすがめて老人の顔を見る。
「成功した……のか?」
メイナが彼の耳元へ呼びかけた。
「起きて、ゴルドン……! 起きるのよ……!」
ピューロもシモーヌも声をかけて励ました。
「ゴルドンさん! 目覚めて……!」
「ゴルドンさん、お願い……!」
しかし老人は目を閉じたまま横たわるのみだ。疲労感の薄いもやが辺りにかかった。シモーヌが消え入りそうな声でメイナに尋ねる。
「光が出たのに、何で治らないんでしょうか?」
「ひょっとして、すでに死んでるんじゃ……」
その指摘に青ざめたピューロが、ゴルドンの体を色々調べた。
「いえ、脈はありますし、呼吸も続いてます。まだ生きてます、ゴルドンさんは」
全員がほっと胸を撫で下ろした。だが状況は何一つ好転していない。かたわらのメイナががくりと膝をついた。新『僧侶の杖』が床を転がる。
「きっとあたしのせいだわ……。教会の杖を盗んだ罪で、三権神さまに見離されたんだわ……!」
シモーヌがメイナを鼓舞しようとした。必死さが伝わる口調だ。
「そんなはずがありません。あきらめないで、何度でも術をかけましょう、メイナさん。きっといつか成功するはずです」
だが僧侶はそれをはねのけ、八つ当たり気味に大声を出した。
「気休めはよしてよ。あたしにはもう無理なのよ!」
俺は身を屈め、新『僧侶の杖』を取り上げる。
「俺が振ってみよう」
「ボクも振ります!」
「私も! メイナさん、お願いですから立ち直ってください!」
俺は杖を振った。治るどころか光さえ出ない。無反応は地味に悔しかった。
「駄目か……」
ピューロも同様だ。
「輝きさえしません」
シモーヌが杖を手にした。
「じゃあ私が……」
メイナは絶望と失望の二重奏を聴いている。
「もう駄目よ。何もかも終わりだわ……」
シモーヌはそれに悲しい顔をしてから、赤い宝石のついた先端をゴルドンの頭部に近づけた。
「ええと、額にかざしてから軽く一振り……」
そのときだった。メイナのときとは比べ物にならないほどの莫大な光が、杖とゴルドンの双方から発せられたのだ。それはまるで爆発のような勢いだった。
俺は腕で両目を守った。いったい何だ、これは?
ピューロも驚いて息を呑む。
「凄い……!」
メイナはわけが分からないと言いたげだった。
「えっ、嘘っ! 何をやったの、シモーヌ?」
「いいえ、ただメイナさんを真似ただけです……!」
やがて光は減少していき、元の薄明るさに戻った。
そのとき、俺たちは奇跡を目の当たりにした。ゴルドンがあくびをかいて目覚めたのだ。
「ふあああ……っ。よう寝たわい。あれ、ここはどこじゃ?」
上体を起こし、大きく伸びをしながらのん気に尋ねた。メイナが立ち上がって身を乗り出す。
「ゴルドン! あんた、治ったのね?」
ごま塩頭で背が曲がり、皺だらけの顔は変わらずだったが――そこには生命の輝きが満ちていた。
「治るも何も……。魔王ウォルグはどこいったんじゃ? お前さんらと一緒に戦っていたと思ったんじゃがな」
成功したのだ。新『僧侶の杖』は見事にその力を発揮して、ゴルドンを常態に戻した。僧侶ではないシモーヌの手によって……
「ううう……っ!」
もちろんメイナは号泣した。誰が治したかなどまったくこだわらず、元気になったゴルドンに飛び込むように抱きつく。その肩にあごを載せ、彼女は子供のように泣きじゃくった。
「よかった……! 本当に、よかった……! うええぇん……!」
ゴルドンは赤子をあやすように、メイナの禿頭を撫でてやる。
「これこれ、重たいぞ、メイナ。ええと、お前さんはウンチ……」
「ムンチ」
「ムンチじゃったな。そこの娘は……」
「シモーヌです」
「そして、ピューロ。お前さん怪我してるのか? 包帯ぐるぐる巻きじゃが」
「ちょっと不覚を取りました。あなたと再会できて嬉しいです……!」




