18オーク材
メイナは勢いよく顔を上げた。両の目から涙があふれ、宙にばらまかれる。俺は彼女の初めて見る表情に、ぐっと胸が詰まった。
「オークなんてこの村にも周辺の森にもないわ! 今までゴルドンの看病の合い間を縫って、尋ねに尋ね、探しに探したわ。でも、でも……!」
僧侶ははらはらと清澄な水滴を流し続ける。
「オークを扱う商人も、材木屋も、大工もいなかった! ゴルドンを救うために必要なのに、本当に必要なのに……! どこにもないのよっ! どこにも……!」
しゃくり上げ、肩を震わせて、彼女は泣き叫んだ。
「あんたにこの数日のあたしの絶望が分かる? 分かるわけないでしょう? ううう……っ! うえええぇん……っ!」
メイナはそのまま慟哭し、その場に両膝をついた。俺はやっと察する。
「それで最後の賭けとして、十中八九役に立たないであろう手近な材木を探させたってわけか。一縷の望みを託して……」
メイナは両手に顔をうずめた。震え声が漏れ聞こえる。
「あたし、怖い。トウヒやアカマツの杖で失敗するのが。最後の希望も潰えるのが……!」
彼女の深い悲しみに、俺はいかんともしがたかった。もう魔法使いゴルドンを救うすべはないのだろうか? 手頃な大きさのオーク材さえあれば、それで『僧侶の杖』をこしらえることができるのに……
いや、待てよ。俺は最後の希望を手に入れようとした。
「……おい、メイナ。つかぬことを聞くが、この村にセキュア教の教会はあるか?」
メイナは涙でぐしゃぐしゃの顔をこちらへ向けた。俺の言葉の意味を了解していないらしい。
「え? あ、あるけど……」
俺は決定的なことを口走った。
「オークが必要なんだったよな?」
彼女は今度こそ理解する。頭がいいのだ。
「ちょ、ちょっと待ってよ。あんた、まさか……!」
「案内してくれ」
メイナは小声で叫ぶという珍奇な技を披露した。
「駄目よ! 神聖な教会に狼藉を働いたら、あんたただじゃ済まないわよ!」
「何、ちょっと役立たずの自称神の使いどもに手伝ってもらうだけさ。ほれ、ゴルドンの命もかかってる。迷ってる暇はない。今すぐ行くぞ!」
「うう……」
メイナの逡巡ももっともだった。だが禁を犯す以外に他に手段はなく、ゴルドンの命と自分の罪とを量りにかければ、前者が優先されるのは当然だ。
「わ、分かったわよ! ついてきなさい」
オークの木は毎年夏の開花時期になると雷が落ちやすくなることから、『オークの花が稲妻を呼び寄せる』と信じられている。そのためセキュア教においては何よりも神聖な樹として崇められていた。セキュア教の神官たちが、誰も皆オーク材の杖を用いるゆえんである。
夕暮れの中、俺はメイナの案内でセキュア教教会に到着した。石造りの建物の入り口は縦に長く、重そうな扉が口を閉じていた。
「ムンチ、ここまで来てなんだけど、最初にゴルドンの回復をここの司祭に祈ってもらったとき、あたしはついでに彼らの杖を試してみたわ。『僧侶の杖』と同じ効果があるかどうか、実際に振ってみたの。でも結果は駄目だった……」
そりゃそうだろう。伝説の武具がそうそう転がっているはずもない。
「俺が細部を修正して、赤い宝石を付け足せば、きっとうまくいくさ。それで無理ならさすがにあきらめる」
「ああ、そう」
メイナは教会の扉に取り付けられているノッカーを叩いた。金属音が生じて消えた。
「すみませーん! どなたかいらっしゃいませんか?」
室内を歩く複数の足音が近づいてきた。厳かな音とともにドアが軋む。司祭と助祭が協力してそれを開いた。
「はい、どちらさまでしょうか? ……おお、これはメイナさま。ゴルドンさんは目を覚まされましたか?」
「いいえ、実はその件でお話がありまして……」
俺はまどろっこしくなって、メイナの肩を掴んでどけた。
「司祭さん、ちょっと協力してくれないか?」
司祭も助祭も俺の割り込みに笑みを引っ込める。
「は? ちょ、ちょっとあなた、何ですか?」
俺は抗議の声を無視して内部にずかずか入り込んだ。司祭も助祭も杖を持っていない。となると、祭壇か。俺はロウソクが多数設置され、橙色の光を幻想的に放っている舞台に近づいた。三権神の天のガイア・大地のオルテガ・恵みのマッシュの聖像が三角形に配置されている。その中央に神官の杖が捧げられていた。
「用があるのはこいつだ、こいつ」
俺はそれを手に取った。
「よし、これはオークで作られた杖だな。もらってくぜ、司祭さん」
「な、何をするんですか!」
血相を変えて俺を捕まえようとする二人を、軽いステップできりきり舞いさせる。隙を見た俺は司祭と助祭の手から逃れて、彼らの中央を突破した。
「よし、帰るぞメイナ! じゃあな、ありがとよ、神官さん!」
メイナが居心地悪げに謝った。
「ごめんなさい……」
俺とメイナは教会を出ると、一目散に逃げ出した。背後で司祭の大声が響く。
「出会えっ! 不信心者だっ!」
それを合図としたかのように、教会から騎馬が2騎飛び出した。黄昏の中、大声でわめいて後を追ってくる彼らは、教会が雇った守衛たちだろう。聖俗のつながりはどこの教会でも――大小の差こそあれ――お決まりである。
何にせよこのままでは追いつかれる。俺は立ち止まって教会側に前面をさらした。
「不信心者か……。やれやれ、盲目的かつ暴力的な信者と、さてどちらがましかな?」
槍を掲げる守衛たちに対して、右手人差し指を突き出した。次の瞬間、その先端から鋼の爪の塊が飛び出し、守衛の槍を打ち砕く。その直後、もう一人の槍も同様に粉砕した。
「ひっ、化け物だ……!」
「に、逃げろ!」
武器を失った彼らはほうほうのていで、180度ターンして走り去った。村の老婆たちが今の光景にあんぐり口を開けている。メイナは俺に非難がましい視線を浴びせた。




