17隠れるもの
「は、はい」
「よし、病院の中じゃ汚れるから外へ出るか」
病院出入り口脇の地面に、折れた『僧侶の杖』を見本として置いた。俺はそれを参考にしつつ、トウヒを垂直に立てて、左手で押さえた。
「よし、いっちょやるか!」
俺は右手人差し指の爪を鋭い鞭のように長く垂らした。それを巧みに操って、木材の表面を鋭く切り刻んでいく。木片を飛ばしつつ、だんだん見本に近づいていくトウヒ。シモーヌが感動していた。
「凄い……!」
綺麗にカットされた木の棒は、すっかり『僧侶の杖』のレプリカと化していた。我ながら上出来だ。
「後はこいつに赤い宝石を埋め込んで、と……」
そこには『僧侶の杖』の類似品が見事に存在していた。
「よし、できた。でもメイナがいないと試せないな。早く帰ってこないものか……」
俺は少し白々しくそう言った。そこへ現れたのは――
「持ってきましたよ、シモーヌ! ムンチさん!」
ピューロだった。右手だけで木の材料を抱えている。
「お帰りなさい!」
「怪我してるのに悪いな。それは?」
「アカマツです。旅商人さんに人命がかかっています、とお願いしたら、急遽これだけ適価で分けてくださいました」
「よしよし、でかした。アカマツは硬くて加工しやすいんだ」
ピューロがほがらかな視線を地面に向けて、完成したばかりの杖に硬直する。
「……って、あれ? 杖ができてるじゃないですか!」
彼は自分の働きは徒労だったのかとしょんぼりした。俺は慌てて誤解を解く。
「いや、こいつはまだ使えるのかどうか分からん。メイナが帰ってこないことにはな」
「そ、そうですか」
「まあいい、早速もう一本作るぞ」
俺は先ほど同様、アカマツを爪の鞭で削っていき、ほぼ正確に『僧侶の杖』を模造した。初めて見るピューロは素直に感嘆する。
「凄いや、ムンチさん!」
「ははは、なかなかの腕前だろ?」
「これなら将来杖屋さんを開けますよ!」
ふとシモーヌが太陽の傾きを気にするように、不安げな表情を浮かべる。
「……それにしてもメイナさん、まだ帰ってこないですね。いくらなんでも遅すぎませんか?」
俺はまた聞こえよがしにつぶやいた。
「一刻を争うんだけどな……」
ピューロが病院に背を向けて走り出そうとする。
「だいぶ暗くなってきました。ボク、捜してきます!」
その姿勢は感心ものだが、俺は彼に無駄な努力をさせたくなかった。
「おいおい、怪我人はもう休めよ。俺が行ってくる。杖を壊さず持ち込んで、じいさんのそばについていてやってくれ。シモーヌも一緒にな」
「分かりました」
「お気をつけて!」
俺は二人が中に入った後、赤い宝石を外して袖に入れた。大事なものを誰かに盗まれるわけにはいかなかったからだ。そして、病院脇のすぐ近くの樽置き場に近寄る。こっそり声をかけた。
「おい、二人とも行ったぞ、メイナ」
樽のそばに、腰を下ろして両膝を抱えているメイナがいた。意外そうな顔でこちらを見上げる。決まり悪げにすぐ面を伏せたが。
「いつから気付いてたの?」
「シモーヌと一緒に杖を作り始めたときからだ。俺は勘がいいんだよ。というかあの本物の『僧侶の杖』に使われてた木材って、オークだろ?」
横顔がこわばった。少しの間で苦笑にゆるむ。
「……よく分かったわね。もう数百年も使われてて、だいぶガタがきてたのに」
「お前はそれを知ってて、いったんは探しに出かけた。でもすぐに戻ってきて、ここに隠れた。なぜだ?」
メイナがいきなり立ち上がった。こちらに激怒を含んだ双眸を向ける。
「あたしはね、頭がいいの。これでもジティス王国一の大富豪・フェーベル家の次女なのよ」
これには俺も少々喫驚する。
「えっ、マジかよ。あのフェーベル侯の?」
「そうよ。英才教育のおかげで高い知能と知識を獲得してね。あんたみたいなどこの馬の骨とも分からない奴なんか、そもそもあたしと喋ることすらおこがましいのよ」
体重の乗った言葉に、俺はじゃっかん引き気味になった。
「そりゃすまなかったな」
メイナは勢いよく舌を回転させる。語らずにはいられない、といった風だった。
「……で、あたしは政略結婚で三流貴族のボンボンに嫁がされそうになったの。あたしはパパも嫌い、ママも嫌いになったわ。そして何もかも嫌になって、修道院に入ることに決めたの。小遣いでもらってた貯金が結構な額だったから、それを寄付して、ね。本の筆写と野菜を育てる清貧な生活は、禿げ頭になること以外苦痛がなかったわ」
よくもまあべらべらと話す奴だ。俺はしかし、それを矯正する義務を負ってはいなかった。ちょっと気になることもあったので質問する。
「そのお前が、なんで勇者一行に選ばれたんだ?」
メイナはよくぞ聞いてくださいましたとばかり、胸を反らして高飛車に話した。
「志願したのよ。本の筆写で勇者と魔王の戦いを知ってね。王都へ買い出しに行ったら、ちょうど最高神官ヴェノムさまが勇者一行を募集しているじゃない。それであたしも面接を受けてみようと思ったの。あたしぐらい頭がよくて、しかも清廉潔白で聖なる女なんてそうそういないでしょ?」
「言ってて恥ずかしくねえのか」
「そうしたら、『僧侶の杖』を扱えたのはあたし一人だけだったの。他の志願者は全員無理だった。それであたしは正式に勇者一行に加わって、魔王の地下迷宮を探す旅に出たってわけよ」
語尾に向かうにつれて、声のトーンが急激に下がった。
「修道院長も修道者たちも、あたしの出発式で祝福してくれたわ。あたしは勇者ライデンとのパーティで、魔王を倒して凱旋する日を夢見ていたのに……それが、こんなことになるなんて……!」
うつむいて両の拳を握り締める。俺は少しむかついてメイナをなじった。
「それで? 何でオークを探そうって言わなかった? 何でピューロやシモーヌに役に立たない木材を探させた?」




