16三本の杖
生きての再会で、ピューロが安堵に身をゆだねていた。
「メイナさん、生きてたんですね! よかった……!」
メイナは膨れっ面でわめき散らす。ここまで溜まったストレスを発散するかのようだった。
「何が『よかった』よ! 全然よくないわよ! 魔王ウォルグに『僧侶の杖』を折られちゃったし! その直後に謎の白光に包まれて、この近くの森に飛ばされたし! ゴルドンは意識不明の重体のままだし!」
シモーヌが口を手で押さえて驚いている。
「えっ、魔法使いゴルドンさんもいらっしゃるんですか?」
「あっ、あんたは魔王モーグの娘!」
「いいえ、単なる養子でした……」
「どっちでもいいのよ、この際!」
俺はメイナの痩せた姿を哀れんだ。
「目の下に隈ができてるぞ。相当苦労したんだな」
「何よ、同情なんかいらないわ。そりゃ、ゴルドンを森から運んできたり、ゴルドンを病院で看病したり――ほとんど寝てないもの。隈のひとつやふたつ、すぐにできるでしょうよ」
ピューロが老人を気にかける。
「と、ともかくゴルドンさんのところまで案内してもらえますか? 病院で看病されてるなんて……! あの人もメイナさんもほっとけない、大事な仲間ですから」
「あれ、今気がついたけどピューロ、あんた包帯だらけね。大丈夫?」
「は、はい」
メイナは微笑を浮かべた。ほろ苦さがまぶされている。
「あたしの『僧侶の杖』が完璧なら、一発で治してあげられるのに……。今の状態じゃ、あたしは単なる役立たずだわ。はあ……」
うなだれて足元に視線を落とした。やがてまた持ち上げる。気を取り直したようにあごをしゃくった。
「ともかくついてきて」
「ゴルドンさん……!」
ピューロが悔しそうにつぶやく。ゴルドンは頭に包帯を巻かれたまま、規則的な寝息を繰り返してベッドで眠っていた。
ここは病院だ。かつてこの村周辺が要地であった頃、戦いで傷ついたものを治すために建てられたという。年季の入った壁やベッドは煮しめたような色具合だった。他の寝台には怪我人や病気のものが寝ており、彼らの咳やうめき声がときたま聴覚に割り込んでくる。
メイナは気落ちしていた。年老いた魔法使いを悲しみの目で見下ろす。
「ずっとこの調子なの。魔王ウォルグにやられた頭の傷は、どうにかいい具合に治ってきてるんだけど……。このじいさんは目覚めない。このまま食事や水を摂らなければ、いずれ死んじゃうってのに」
俺は足のつま先を上下させた。ただの貧乏揺すりだが、閃くものがあった。18歳の僧侶に尋ねる。
「さっき『「僧侶の杖」が完璧なら』とか言ってたな。折れた杖を持ってるのか?」
「ええ、そうよ。もしかしたら、何かの弾みでくっついたりしないかなって、ちょっと期待してるのよ」
「見せてみろ」
俺の差し出した手を眺めたメイナは、その視線をピューロに移した。聞こえよがしに確かめる。
「こいつ信用できるの?」
「はい、ギシュリー王国から一緒に旅してきた間柄ですから。信頼を置いて大丈夫です」
「そう。……分かったわ」
メイナは背負い袋を下ろすと、その口を開けて、中から二つの破片を取り出した。赤い宝石のはめ込まれた先端部分と、長い棒の部分だ。
「このとおり、『僧侶の杖』は真ん中で真っ二つに砕かれたの。あれからというもの、誰の怪我も治せないわ。ムンチ、あんたこれを元どおりにできるの?」
お手上げだった。
「これはどうにもならないな」
メイナが憤慨して俺のすねを蹴る。
「あのね! 何のために見たのよ、あんた!」
ちょっとした期待を無にされて、彼女は半ば怒っていた。俺はキックを受けた部分をさすりながら、メイナをなだめにかかる。
「……でも、先端の赤い宝石はそのまんまだ。新しい杖を作って、この赤い宝石を埋め込めば、それでまた回復可能になるんじゃないか?」
彼女は笑殺した。完全に俺を馬鹿にしている。
「この村に杖を作れる職人なんかいないわ、このトウヘンボク」
俺は親指で自分の顔を指した。自信満々とはこのことだ。
「俺がいる」
メイナは眉毛を互い違いに吊り上げた。
「へっ? あんた、杖を作れるの?」
「いいや。親父が弓矢職人で、10年前は工房で弓矢制作を手伝ってた」
「必要なのは杖であって弓矢じゃないのよ」
「分かってる。杖に近いものさえ作れればいいんだろ? 何とかしてみせるさ」
話を聞いていた年少二人が、たまらず反応する。
「ゴルドンさんが亡くなってしまう前に、一刻も早く『僧侶の杖』を蘇らせましょう!」
「私もお手伝いします!」
俺は元気な台詞に嬉しくなってうなずいた。
「よし、手分けして手頃な木材――元の『僧侶の杖』と同じかそれ以上のサイズの――を探してくるんだ。後は俺が何とかする」
「分かりました!」
「了解しました!」
メイナが慌てて俺の注意を喚起する。
「ちょっと、木を削るナイフとかも必要じゃない?」
「いや、いい。俺の爪で十分だ」
「爪?」
俺は魔法使いの眠るベッドのそばで、椅子に腰掛けた。足と腕をそれぞれ組む。何だか指導者になった気分だ。
「ほら、行ってこい。早くしないと日が暮れるぞ。俺はここで待ってるから、急げ!」
「何よ、リーダーぶっちゃってさ! 行こう、ピューロ! ええと……」
「シモーヌです」
「シモーヌ、木材を探しにダッシュよ!」
■三本の杖
しばらく経って、最初に戻ってきたのはシモーヌだった。彼女は細い木材を抱き締めていた。重たかったのか、息も絶え絶えだ。
「これならどうですか? 材木屋さんに緊急事態ということでお願いして、どうにか安価で分けていただいたんですが」
シモーヌは俺に木材を提示した。俺はふむ、と首肯する。
「これはトウヒか。うーん、腐りやすいし耐久性に難があるけど、大きさは十分だ。よくここまで一人で運んできたな、シモーヌ。偉いぞ」
彼女は俺のほめ言葉に、嬉しそうに頬を染めた。




