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15ジティス王国への帰還

■ジティス王国への帰還




「これだけ走れば追っ手は振り切れただろう。まあ万が一の場合を考えて、今夜は森の中に隠れて野営といこうか」


 俺は馬車を停め、手近な木に馬を繋いでひと息ついた。ピューロがシモーヌに確認している。


「改めて聞くけど、それ本当に食糧なの?」


 シモーヌが両手を組んで自分の胸の前に当てた。嬉しそうだ。


「ええ。この馬車、誰かが遠出で使おうとしていたものみたいで、水と食べ物2日分が搭載されていました。少しずつ食べましょう」


 俺は口笛を鳴らした。


「それはよかった。腹が空いていたんだ、いただくとしようか」


 俺たち3人は焚き火を起こして、思い思いにくつろいだ。欲をいえば酒が欲しかったが、まあ我慢するしかない。


 俺は干し肉を噛み千切りながら、ピューロに問いかけた。


「どうだ、傷の具合は」


 あれだけの深手だったんだ、まだ苦痛にうずいているだろう。彼は気丈にも笑ってみせた。


「はい、少しだけ痛みがやわらいできました。でも戦えば傷口が広がってしまうでしょうね」


 シモーヌが心配そうに尋ねる。


「包帯を取り替えましょうか?」


「いや、今晩ぐらいは大丈夫だよ」


 ピューロはそう謝絶すると、やや居住まいを正した。炎を挟み、俺を真正面に見据える。


「ムンチさん、教えてください。なぜあなたは『鋼の爪』を使えるのですか? 大量の魔物たちを傷一つ負わずに倒して、魔王の地下迷宮最深部まで到達したんですよね? それほど強力な能力を持ちながら、どうして魔王を殺さず立ち話をしていたんですか? 何か泣いてましたし……」


 俺は干し肉を飲み込む。喉に詰まりかけて杯の水を流し込んだ。


「そりゃ、俺は別に魔王に恨みはなかったからな。襲いかかってきた魔物たちは降りかかる火の粉だったから、殺さざるを得なかったけど」


 シモーヌが俺に正対する。焚き火の明かりが陰影を揺らしていた。


「そういえば魔王モーグおじさまに対して『魔王、お前は俺が悪魔に見えるか?』とおっしゃってましたね。その質問をしたいがために地下迷宮へ潜入したのですか?」


「まあ、そうだな。魔王の噂を聞き、彼が地下迷宮に住んでいることを知った俺は、激しく興味を抱いた。今の質問を魔王にぶつけてみたらどう答えるのか、ってな。ランタンの明かりを頼りに入ってみたんだ。動機はそれぐらい単純だった」


 ピューロが目をしばたたく。


「泣いていたのは?」


 俺は少し耳たぶが熱くなり、醜態を見られた愚を後悔した。


「うるせえなあ。魔王とシモーヌから人間だって言われて、ちょっぴり感動したんだよ、俺はな」


 会話を打ち切るべく背を向けて横になる。


「俺はもう寝る。何かあったら迷わず起こせよ、いいな」


 ピューロが追いすがった。


「『鋼の爪』を使えるようになったのはなぜです?」


「面倒だから答えない。お休み」


「お、お休みなさい」


 ふと思いついたことがあった。心持ち頭をもたげて二人に聞く。


「そうだ、寝る前に聞いておきたいことがある。お前ら、漂白の民『ツェルモ』って知ってるか? 10年前ぐらいにジティス王国に来ていた旅芸人一座なんだが」


「いいえ、知りません。10年前といったら、ボクは4歳ですから。残念ですが……」


「私もちょっと……」


 俺はむくれて今度こそ就寝体勢に入った。


「ちぇっ、何だよ。じゃあ、今度こそお休み」




 ジティス王国は聖歴292年――今より298年前、大陸中央より追われたジティス人が、大陸北方に作り上げた王国だ。西と北に海を、東に山を抱えたやや寒冷な土地である。第4代国王『辣腕王』ゲイツの時代に最盛期を迎えた。


 現在は第14代国王ロブロス2世の統治のもと、陸海に渡る強固な軍事力のおかげで、魔物やギシュリー王国を問題としていない。ただ貧富の差の拡大、商人組合と職人組合のあつれき、海賊の横行、などほころびが見え始めていた。


 そんな国で、俺や勇者一行は生まれ育った。




 俺たちは馬車を走らせ、ジティス王国王都ルバディを目指していた。勇者一行がはぐれたときの集合地点に定められている場所である。荷台ではシモーヌがピューロを看病していた。


「勇者一行の一人だった、あの僧侶メイナさんが今ここにいらっしゃれば……。ピューロさんの傷も一瞬で癒せるのに……」


 俺はため息をつく。


「それは無理だろ」


「え? なぜです?」


「あのとき、メイナってやつは魔王ウォルグに杖を砕かれてた。あの杖は『僧侶の杖』っていう伝説の武具で間違いない。あれがなけりゃ、僧侶メイナも単なる修道女に過ぎねえだろ。人が人を一瞬で治すなんて、そうそうできることじゃないんだからな」


「そうなんですか……」


 ピューロは苦笑してシモーヌに感謝した。


「ボクなら大丈夫だよ。ありがとう」


 朝から昼にかけて馬車を走らせ続ける。やがて人の手が行き届いた場所に出た。周囲の畑には春の野菜が植えられている。石造りの小屋が適当な間隔で寂しげに建っており、それらの中央に家々が寄り集まっていた。午前の仕事を締めくくろうとする農民が出入りている。


 村だ。俺は今夜は野宿せずに済みそうだと鼻歌を歌った。


「よし。金はあるからな、ちょっと早いが、今日はあの村で宿を取ろう」


 速度を落として集落に到着する。そこで聞き覚えのある女の声が響いた。


「あーっ! あんたはウンチ!」


 失礼な言葉を発した人物。それは見るからにやつれた女――僧侶メイナだった。端麗な顔と豊かな胸を有しており、禿()げ頭である。青いローブを着込んで背負い袋を背負っていた。


 こちらに目を丸くしている彼女に、俺は馬を止めて怒鳴る。


「間違えるな、ウンチじゃねえ、ムンチだ! こっちは気にしてんだよ!」


「あ、はい、ごめんなさい……。じゃなくて! 無事だったのね!」


「お前こそな」

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