14瞬殺
ボクは額の汗を拭う。
「無事かい、シモーヌ」
「はい、大丈夫です。召し使いさんにお風呂に入れてもらって、その後ここに連れてこられました。それだけです」
どうやらシモーヌ相手にことに及ぼうとしたシャドウが、外の喧騒に気付き、慌てて武器を手にしたらしい。ボクが来なければ、男は自分から様子をうかがいに外へ出てきたことだろう。
シモーヌは自分が何をされようとしていたか、よく分かっていないらしい。ともあれ、彼女が無事でボクは心から安堵した。どうやら守れそうだ。
「あなたがシャドウですか?」
「ああ、そうだ。まさかこんなガキがここまで侵入してくるとはな。他に仲間は何人いる?」
「ボク一人です。遅れて、もう一人が来る予定ですが」
シャドウは顔面に朱を刷いた。衣服に包まれた筋肉質な体が震えている。それが内蔵する怒りはいかほどか。
「兵士どもめ、どいつもこいつも役立たずが……! よし坊主、俺が相手をしてやろう。この辺り一帯を統べるこのシャドウさまの槍がかわせるかな?」
ボクは砦の主の槍を見た。こちらへの穂はともかく、それと一体化するように生えている、あの内向きの刃がやっかいだ。ふところに潜り込めさえすれば、拳でも足でもいい、必殺の一撃を食らわせられる。だがもし失敗したら、シャドウが引いた槍で背中を斬られてしまうだろう。
――だけど、ボクがあんな槍ごときに負けるだろうか。いや、大丈夫。ボクのスピードなら飛び込むと同時に一打を打ち込める。それによる苦痛の中で、相手は槍を引けずに倒れるはずだ。そう計算した。
「よし、いきますよ! シャドウ!」
「来い!」
ボクはぐっと腰を溜めると、倍速以上の速さで突進した。シャドウはこの道の達人なのか、槍の穂が矢のように突き出される。その速さと正確さときたら! 悪夢のような一撃だった。ボクは身をかがめる。
「くっ……!」
何とか刺突は回避できた。だが頭を下げたため、常より遅くなってしまう。問題はこの後だというのに……
だが思ったよりシャドウが深く踏み込んでいた。そのおかげで、引き込まれる内向きの刃より速く、相手のふところに飛び込める。今だ!
「食らえ!」
ボクはシャドウのどてっ腹に拳を叩き込もうとした。だが次の瞬間、目の前が真っ白になる。何だ?
「小麦粉!」
シャドウはボクに不意打ちの小麦粉を浴びせたのだ。思わず目を押さえてしゃがみ込む。直後、左肩甲骨の辺りに激痛が走った。シモーヌの悲鳴が反響する。
「ピューロさん!」
ボクは引かれた槍の内刃をもろに食らい、ぶざまに倒れた。傷口からどくどくと生温い血液が流れ出る。致命傷ではないが、魔王ウォルグと対したとき以来の負傷に声も出ない。
「ぐうぅ……っ!」
ボクは苦痛のせいで動けなかった。こうなると『武闘家のピアス』も何の役にも立たない。シャドウが勝ち誇ったように哄笑した。
「ははは、やっぱり坊主は坊主だな。世の中勝てばいいんだよ、勝てば。さあ、今殺してやるぞ」
ボクは悔しくて敵を見上げた。彼の槍の穂が、今度は的確にボクを捉え――
なかった。シャドウの槍は、中途で止まった。
「何だ、貴様は?」
彼の視線は入り口へと向いている。聞き覚えのある声が、そちらから流れてきた。
「俺はあんまり好きじゃないな。世の中勝てばいい、って考え方はな」
シモーヌが歓喜を表す。
「ムンチさん!」
ボクは激痛に耐えながら、彼を冗談混じりに非難した。
「遅いですよ、ムンチさん……!」
そう、ムンチさんが来てくれたのだ。彼はつかつかと室内に入ってきた。
「さあ、俺が来たからには好き勝手はさせないぜ、シャドウの親分さん。その槍を投げ捨てて、土下座してお詫びしろ。もうこの2人には手を出しません、ってな。そうしたら許してやらあ」
シャドウは冷笑した。ボクへの勝利で自信と気迫がみなぎっている。
「何を馬鹿な。そうか、『遅れてもう一人来る予定』とは、お前のことか、ウンチ」
ムンチさんは激怒し、煮えたぎった熱湯のように訂正を求めた。
「ウンチじゃねえ、ムンチだ! ぶっ殺すぞ!」
砦のトップは辟易したらしい。改めて槍の先端をボクのほうへと向ける。
「うるさい奴だ。そこでこのピューロとかいう坊主が死ぬさまを、特と味わえ」
ムンチさんは最後通牒のように確認した。
「土下座しないんだな?」
「当たり前だ」
「じゃ、死亡決定ってことで」
ムンチさんはシャドウを指差した。次の瞬間、指先から何かが飛翔したかと思うと、シャドウの眉間に大きな穴をうがっていた。シャドウは即死して仰向けに倒れ、物言わぬむくろと化す。
ムンチさんはボクの苦戦した相手を、こうまであっさり倒してしまった。役者が違うのかな、やっぱり……
「やれやれ、アホな奴だったな。大丈夫か、ピューロ、シモーヌ」
「私は無事ですが、ピューロさんが……」
ボクは苦労して作り笑顔をさらした。
「お二人とも、ボクのことは構わず先に行ってください……」
ムンチさんはボクの頭を小突く。少し怒っているのが感じられた。
「馬鹿か。ここまできたら一蓮托生だろ。ほれ、傷を見せろ。まずは止血だ。おいシモーヌ、そのひらひらした着物の袖を千切って包帯を作ってくれ」
しばらくしてボクはムンチさんに肩を借り、シモーヌとともに部屋を出た。気絶している兵士たちを避けながら、1階へと降りる。外への出口をくぐると、数人の守衛が化け物でも見るかのようにボクらを恐れた。
「に、逃げろぉっ!」
彼らは何もかも投げ出して逃走する。ムンチさんはそれには頓着せず、辺りを見回した。やがて快哉を叫ぶ。
「ちょうどいい、連中の馬車がある。おいピューロ、荷台で寝てろ。シモーヌ、そいつを看病してやれ。ギシュリー王国とおさらばして、ジティス王国へ戻るぞ!」
ボクらはこうして故郷に戻っていった。




