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13シャドウ

 狭い部屋から外に戻った。ボクの戦闘能力の高さにおののいたか、ギシュリー王国側の兵士が――あのシモーヌを連れ去った奴が――立ちすくんでいる。恐怖をまぶした舌を懸命に動かした。


「お、お前、さっきのガキだな? 一体何者だ?」


「やあ、先ほどはどうも。あなたがさらった娘――シモーヌはどこにいるんですか?」


「み、見逃してくれるなら……」


「いいでしょう」


「砦の東側1階で湯船に浸かってるはずだ。シャドウさまに献上される女は、まずお湯で体を清めさせられるんだ」


「ありがとうございます」


 悠長(ゆうちょう)にはしてられない。ボクはもどかしく東のドアを解錠し、その内部に侵入した。外の騒ぎに気付いていない兵士が多く、ボクは見とがめられる前にそのかたわらを駆け抜けていく。


 お風呂、お風呂……どこにあるんだろう? 


「この部屋かな」


 急停止して目線を投じたのは、湯気が漏れている扉だった。一瞬どうすべきか迷ったけど、ボクは思い切って押し開ける。


「きゃあっ! 誰よっ!」


 そこでは20代らしき婦人が木枠のお湯にひたっていた。綺麗な顔である。物音でこちらに気付き、抗議の声を張り上げた。


「出てって! 出てってよ!」


 実際悪いのは10対0でこちらである。だけどボクは聞くべきことは聞いておきたかった。


「ごめんなさい! ……あの、失礼ついでにお尋ねしますが、ここで湯浴みをしていた15歳ぐらいの女の子はどこへ行きましたか?」


「シャドウさまの寝室へ招かれた、そうよ。よく知らないけど」


「シャドウさまの寝室は何階ですか?」


「3階の一番奥よ。と、ともかく出てってよ! このスケベ!」


 ボクは(おけ)を投げつけられ、ほうほうのていで退散した。


「シモーヌ……無事でいて」


 心配で心が破けそうになりながら、近くの螺旋(らせん)階段を駆け上る。そんなボクの胸に、ふと去来するものがあった。




 ボクは父ジャフトの手で、幼い頃から武闘家として鍛え上げられた。先天的な才能に加え、後天的な努力により、14歳になったときには相当な実力を身に着けていた。修行の日々は辛かったけど、父さんは逃げることを許してくれなかった。


「お前は勇者一行に加わり、魔王を倒すという大義を果たすんだ。そのために生まれてきたんだからな」


 口酸っぱく叩き込まれてきたことだ。ボクは父さんにとって、栄光のための操り人形に過ぎなかった。でもボクは唯々諾々(いいだくだく)と指導に従った。そのとき心の支えになったのは、親友のルミネスの存在だ。


 彼は生まれたときから片足がなかった。


「ピューロ君がうらやましいよ。僕も勇者一行に参加して、悪い魔王をやっつけて名を()せたかったなあ」


 心底熱望するような瞳が印象的だった。平日は婦人たちに混じって裁縫(さいほう)の仕事に励んでいる。休日はボクが彼の家を訪ねてお喋りを楽しむのが習慣となっていた。


「ボクはルミネスのほうがうらやましいよ。ボクなんかなまじ五体が揃っているから、毎日父さんにしごかれるんだ」


 ぼやくボクに、ルミネスは無邪気な願望を吐露した。


「ピューロ君、君が武闘家として勇者とともに旅に出る日を――いいや、もっと先まで――君が魔王を倒して凱旋(がいせん)する日を、僕は心から待っているよ」


「気が早すぎだよ」


 ボクらは笑い合った。


 その一ヵ月後。ジティス王国国王ロブロス2世の開催した、勇者一行のメンバー募集。父さんはボクを自信満々で送り出した。市場の中央に特設された舞台の脇で、ボクは自分の番を待った。


 武闘家のボクは伝説の武具『武闘家のピアス』が扱えるかどうかだ。他の武具はそもそも使えないと割り切っていた。同じく『武闘家のピアス』に挑戦し、失敗して下りていく人々を見ていると、最初は余裕だと思えていた挑戦が急に怖くなった。それでも自分が試す番になると、もう恐れることなく(だん)上に上り、二つの輪っかを手にしていた。当たって砕けても、それはボクの準備不足や怠慢ではない、と思ったのだ。


 すでに開けておいた耳穴に通す。すると体が羽毛のように軽くなるのを感じた。周囲に気を配りつつ拳打や回し蹴りを放つと、それが風を切る音が聞こえた。ボクは倍速で動けるようになっていたのだ。


「やった! 扱えた!」


 ボクは拳を突き上げた。ルミネスがさぞや喜ぶだろうと、嬉しくて仕方がなかった。


 式進行役が成功を広く知らせるため、ベルをけたたましく鳴らす。観衆や他の参加者が地鳴りのようにどよめいた後、万雷の拍手を打ち鳴らした。


 そんな中、舞台下最前列でボクのチャレンジを見守っていた父さんが、こちらを見上げて微笑んでいた。父さんの笑顔を見るのは、それが生まれて初めてだった。


 あんたのためにやったんじゃない。そう怒鳴りたくて仕方がなかった。




 シモーヌは友達だ。友達を守れなくてどうする。勇者一行に参加することが目的じゃない。あの人たちと一緒に魔王を倒し、親友ルミネスとの約束を果たすことが、ボクの果たすべき役割なんだ。




■シャドウ




 ボクは3階に上がった。守衛たちがぎょっとした後、自分の役割を果たすべく刃をぎらつかせてくる。


「おのれ、何奴!」


「取り押さえろ!」


「殺しても構わんぞ!」


 ボクはピアスが熱くなるのを感じた。倍速を超える速度で、彼らを片っ端からうち倒す。全員戦闘不能に追い込んだ。そして奥へと到達し、脇の扉を蹴破る。


「シモーヌ!」


 中には天蓋(てんがい)つきのベッドがあり、白い服のシモーヌが特に異常もなく座っていた。そこから離れた壁際で、端整な顔立ちの男が、壁にかけられた槍をすくい取っている。口髭を生やし、黒髪を後ろへ撫でつけている彼こそは、この砦の主・シャドウだろう。


 二人とも、いきなり現れたボクにびっくりしていた。


「何の騒ぎかと思えば……。女を取り返しに来たか、坊主」


「ピューロさん!」

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