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12ピューロの戦い

 おじさんはにこやかに笑ってあごひげを撫でた。熱心な生徒の質問に感心し、喜んでいるようだ。


「今のところはね。ただ、この状況に不満を覚える貴族たちもいて、彼らはそれぞれの国王へ自国の領土拡大を熱心に訴えているらしいよ。おかげで国境警備はガチガチに固まってて、俺たちも通過に苦労する羽目になってるんだ」


 曇天のもと、遠くに石造りの砦が見えてきた。まがまがしいな……


「おっ、見えてきたな。お嬢ちゃん、あれがジティス王国とギシュリー王国の境にある関所砦だ。ユネゲイ伯爵の一の部下、シャドウさまが治めてる。無事通過できることを祈ろう」


 まるで城のように巨大な建物は、街道をまたいで長々と左右に居座っている。俺たちの乗っている馬車も含め、隊商のすべてのそれが停止した。列の先頭で、砦の衛兵が隊商のリーダーであるジョーンズと何やら会話している。


 その後、詰め所に控えていた兵士たちが、臨検(りんけん)と称して各馬車の中身を調べ出した。やれやれ、ご苦労なことだ――と思っていると。


「降りろ、そこの娘」


 年配の衛兵がシモーヌを見るや、有無を言わさぬ口調で命令した。シモーヌはまばたきを数回繰り返す。突然の強制に泡を食ったらしい。


「え? 私のことですか?」


「他に誰がいる。降りろ」


 俺は無法な命令に抗議した。


「おいおい、そいつは俺たちの大事な仲間なんだ。一体どうする気だ?」


 兵士は(がん)として受け付けない。職務の遂行を最優先するタイプなのだろう、今度は怒り混じりに言い放った。


「お前らには関わりないことだ。さあ、降りろ、娘」


 シモーヌは俺を見やる。その瞳で不安の影が躍っていた。


「私の用心棒さん、助けてくださいね」


「んなこと言われてもなあ……」


 ピューロがたしなめてきた。少し(いきどお)っている。


「ムンチさん、それは薄情ですよ」


 シモーヌは兵士に砦の内部へ連れていかれた。それと入れ替わるように隊商へ通過の許可が出たようだ。御者がそれぞれの馬に鞭を当てる。


「出発進行!」


 馬車の列は狭いトンネルを潜り抜け、ジティス王国南端へと足を踏み入れた。そのまま何も問題は起きていないとばかり、一行は北へ北へと進んでいく。


 ピューロが焦っておじさんにまくし立てた。


「あの、ボクたちの連れがまだ戻ってないんですが……!」


 親切なおじさんは悲しそうに首を振る。隣に座っていた商人が解説してきた。


「かわいそうだが置いてけぼりだ。……あの砦の主シャドウ様は色欲の権化と言っていい方で、こうしてうら若い美しい娘を差し出させることが多いんだ」


 俺は顔から血の気が引くのを感じる。しかしそれは半瞬の生命しか持たず、すぐに俺の顔はゆでダコのように熱くなった。


「まさかあんたら、この砦を無事に通過するために、あえて俺たちを――というよりシモーヌを乗せたってのか?」


 商人はばつが悪そうにそっぽを向く。そのまま消え入りそうな声で言い訳した。


「人聞きの悪いことを言わないでくれ。君たちはきちんと次の宿場街まで送り届けるからな」


 ピューロが激発する。大人しい彼にしては珍しい、感情の(たかぶ)りだった。


「ふざけるな! 戻りましょう、ムンチさん! シモーヌを助けるんです!」


 シモーヌを助ける、か。出会って日がない俺にとって、彼女はただの足手まといに過ぎないはずだ。だが俺はその笑顔を思い浮かべて、すぐさま決心した。わけの分からない感情に動かされて……


「そうだな。それしかなさそうだ」


 俺は御者を怒鳴りつけて停車させ、ピューロとともにすぐさま降りた。急いで来た道を駆け戻っていく。ピューロはあっという間に俺との距離を開いていった。こちらへ肩越しに叫ぶ。


「ボクは『武闘家のピアス』の力で、2倍の速さで移動できます! ムンチさんは後から来てください!」


「一人で大丈夫か?」


「こう見えても、ボクは勇者一行に選ばれるほどの武闘家なんですよ! 心配しないで!」


 彼は全力疾走に移った。その背中がみるみる遠ざかる。俺はピューロの混じり気ない誠心(せいしん)に、何となく勘付くものがあった。


「あいつ、シモーヌにほれてるな……」




■ピューロの戦い




 ボクはさして息を切らすこともなく、関所砦に戻ってきた。ジティス王国側の受け付けである兵士に見とがめられる。彼は丁寧と乱暴の中間の声をかけてきた。


「あん? 旅のものか?」


 どうやらさっきのジョーンズの隊商を詳しく見なかったらしい。荷台に乗っていたボクの顔に思い当たるところがなさそうだった。


「そんなところです」


「若いのに徒歩で一人旅とは立派なもんだ。さあ、通行手形を見せろ」


 差し出された手に視線を投げる。ボクはそれを相手の顔まで引き上げた。


「持ってません」


「は?」


 次の瞬間、ボクは風のような動きで兵士の背後に回りこみ、彼の後頭部に手刀を見舞っていた。気絶した衛兵はものも言わずに崩れ落ちる。その様子を目の当たりにした他の同僚が、相次いで剣を抜き放った。


「な、何してやがる、てめえっ!」


「ぶっ殺してやる!」


 大声を聞きつけて続々と集まってくる兵士たち。しかしボクはまったく慌てることがなかった。ひい、ふう、みい……と数を数え、10人を超えたところでやめる。この数では勝負にならない。もちろん相手が、だ。


「皆さん、覚悟してください」


 ボクは十分に腰を下ろすと、勢いをつけてダッシュした。川の清流がごとく、彼らを次々に打ち倒していく。


「ぎゃっ!」


「うげぇっ!」


「ぐおっ……!」


 兵士たちの剣も槍も、ボクに触れることさえできず、すべて空振りした。後には失神したり悶絶したりする20数名がぶざまにのびている。ボクにとっては軽い運動ですらなかった。


「おじさんたち、怠慢(たいまん)な日常で鈍ってたんじゃないですか?」


 ボクは詰め所に入り、目当てのものを手早く探す。あった、鍵束(かぎたば)だ。これで砦に入れる。

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