悪夢の入学試験
ついにこの日が来てしまった。王立エクスフリート士官学校の入学試験、パラディンを目指すものの登竜門だ。
王国に仕える名高い軍事貴族エーデルヒルド家の一人娘として試験に落ちることは絶対に許されない。
この日のためにお父さまや家庭教師の皆さんの厳しい指導に耐え、血の滲むような修行を積んできた。
これまで積み重ねてきた努力だけは誰にも負けない自信がある。
筆記試験・剣術・体術、ここまでは順調、のはず。
残すは魔術の試験のみ。だけど、これが問題だ。
「次、レティシア・フォン・エーデルヒルド。前へ」
「はい」
軍服を着た試験官に呼ばれ、待機場所から白い線が引かれたへと歩み出る。
「20m先に5つの的が設置されています。火球を用いて好きな順で射貫いてください」
「……はい」
ゆっくりと両腕を前に突き出す。
(お願い、どうか……)
しかし、火球どころか煙すら発生しない。
暫く沈黙の時間が流れた後、他の受験者たちがこそこそと話をしているのが聞こえてきた。
顔から血の気が引いていくのを感じた。
(もういや!消えてなくなりたい!)
火球を操る術は魔術の中でも初歩の初歩、平民の通う初等科でも九九より先に習うくらいだ。
的を外す者や弱々しい火球しか出せない者は時折見かけたが、
そもそも火すら出せない者などいなかった。
「もういいです。下がってください。」
「……はい……」
(……わかっていたわ。急にできるようになるはずないわね……。はぁ……)
他の受験者がクスクス笑っているのが聞こえてくる。
試験が一巡し、試験官が受験者を招集する。
「エーデルヒルドさん、このあと少し残っていてください。
それ以外の皆さんはご苦労様でした。本日の試験はこれにて終了です。お気をつけてお帰り下さい!」
他の受験者たちはあの試験が難しかっただの、今日はうまくいっただのとワイワイ言いながら去っていく。
一人残された私はおずおずと試験官のもと歩み出る。
「エーデルヒルドさん、さっきは緊張していたみたいだけど、落ち着いたかしら。
もう一度、試験をやり直すから的を射てくれるかしら?」
「はい!ありがとうございます、やってみます!」
(もう一度?こんなことあるのかしら?)
疑問には思うが、不意にも舞い降りたチャンス、絶対に逃すわけにはいかない。
(お願い、神さま!どうか今回だけ、今回だけでいいから火球よ出て!)
力いっぱいに両腕を前に突き出す。
しかし、現実は残酷だ。待てど暮らせど、やっぱり何も起きなかった。
試験官が手に持っていたボードにシュッとペンを走らせる音が聞こえた。
「残ってもらってごめんなさいね、今後のご活躍を心よりお祈り申し上げます」
「こちらこそ、本日はありがとうございました」
逃げるように試験会場を後にした。
「お疲れさまでした。お嬢様。車を待たせております。こちらへ」
校門で待っていた使用人のクラウドに迎えられ帰路に就く。
(当然の結果よね……。生まれてこの方、魔法の「ま」の字も使えたことなかったもの。)
結局、屋敷につくまで一言もしゃべることはなかった。
クラウドも結果を察してくれていたのだろう。
両親に合わせる顔なんてない。屋敷に着くなり自室に駆け込み、扉に鍵を掛け、目が真っ赤に張れるほど泣き明かした。
自室に引きこもり始めて2週間がたった。
「お嬢様、エクスフリート士官学校より封筒が届いております」
「そんなの見たくもないわ。破り捨ててください」
「レティシア、いつまで引きこもっているつもりだ!」
「お父さま!……私なんて放っておいて!お父さまなんて嫌い!なんで私は魔法が使えないの!私なんて……私なんて……」
「私はお前をそんな軟弱な娘に育てた覚えはない!鍵を開けないか!さもないっと蹴破るぞ!」
「旦那様、落ち着いて下さい。お労しや、お嬢様……。
おそらく、試験結果の通知かと思います。ここに置いておきますのでお早いうちにお読みください」
そう言うと、扉の下から封筒が差し込まれた。
二人が立ち去るのを待って、ベッドから身を起こし扉に向かう。
足が重い。2週間ずっと引きこもっていたからだけではない。
封筒をそっと拾い上げ、書斎机に向かう。
封筒にあてがうレターナイフを握る手が震えて言うことを聞かない。
自分の胸に突き立てそうになるも思いとどまり、スパンと一思いに封を切った。
『判定:合格、貴殿が本校に入学することを許可します』
何が起きているのか分からない。
目を擦りもう一度読み直すが書面に掛かれている文字は紛れもなく『合格』だ。
右手で首をさすり、繋がっていることを確認する。
「うそ……」
これでもかと泣きつくして枯らしたはずの涙がまた込み上げてきた。
「レティシア、とても心配したのよ、ずっと顔を出してくれないから。……少しやつれてしまったわね」
「お母さま……心配かけてごめんなさい……」
久ぶりに食卓に顔を出した娘を温かく迎える母とは対照的に父は冷然としていた。
「で、結果はどうだったんだ?」
お母さまがじっと睨みつけるがお父さまは気にする素振りも見せない。
「合格でした……」
「本当!よかったじゃない!毎日あんなに頑張っていたものね!ねぇ、聞いた、あなた?」
眼に涙を浮かべ心底喜んでくれている母を見て、胸が締め付けられるような思いがした。
「そうか、では早速入学を手続きをしておく。夕飯が終わったら寮に持っていく荷物をまとめておきなさい。」
「……はい、分かりました」
母がぷりぷり怒っているのを他所に二人で入学の話を進める。
「そういえば、あの学校、全寮制だったわね。レティシアちゃんがこの家を出て行ってしまうのね……。
お母さん寂しい……。よ~し、それまでめいっぱい甘やかしてあげるんだから」
そう言うと母は私に抱き着いて頬ずりをしてきた。
「そうですね。私もお母さまと会えなくなるので寂しいです」
「……レティシアちゃん……」
母はまた目を潤ませながら力いっぱいに私を抱きしめてきた。
(まったく、騒がしい人……)
「お疲れ様です、お嬢様」
夕食後、控えていたクラウドが入学書類の束を渡してきた。
「あら、ここは『おめでとうございます』ではないの?」
「これは失礼をいたしました」
クラウドが優しく微笑みながらお辞儀をした。
「ふふっ、少し意地悪を言いたくなっただけよ、気にしないで」
そう言って、書類に目を走らせる。