先生の役目
「咄嗟に直方体型に絶対防御を限界させて、我が攻撃をその中に押しとどめ、相殺することでこの建物の倒壊を防いだのか……、アスカ、お前の仲間もこの短時間で強くなっていたのか。ますますお前達を殺す必要性が出てきたな」
カラド・ボルグを魔専の地下で放った天界大統領
天界大統領は、軽く白い歯を除かせながら、こちらを見据えてくる。表情とは裏腹に目は一切笑っていない。
「アスカ、どうする?逃げる?」
ナオミが顔を天界大統領に向けながら尋ねるが、僕は未だ策を思いついていない。
「ナオミ、もう少し耐えててほしい。ここで逃げれば魔専だけでなく、この国すらなくなってしまう。マミとナオミはすぐさま皆に現状を伝えて避難するように伝えて」
「分かった」
「ヒビト、999は鳴らしてくれた?」
「うん、もう鳴らしてあるよ。だけど、ソイニー師匠達がここに駆けつけないということは……」
「そうだね、誰かに足止めされている可能性があるね。ここは僕たちが踏ん張るしかない。僕が前線に出て天海大統領を倒す。ヒビトとナオミはバックアップを頼んだ」
「「了解」」
アスカとヒビトはゆっくりと一歩、前に出る。
「ここは一歩も通さない」
この選択が現状における最善策なのかは分からない。しかし、コード999を発してもソイニー師匠が来ない以上、他の人にこの危機的状況を伝える必要がある。避難を促し、援軍を呼んでもらわなければならない。
——勝てる気はしない。
それが、僕とヒビトの共通認識である。
『一徹』よりも僕の魔導を大幅に増強してくれる『明幸』と、現状唯一、不死身の天界大統領の魂を滅せられる『死渡』、そしてヒビトは亡き父から『希刀』を持っているが、これらの刀の刃を大統領に打ち込める気がしない。
「アスカ、気持ちで負けちゃダメだよ。僕らがやらなければ、誰もできないよ」
僕の顔色の変化を察知したヒビトが優しく語りかけてくる。魔専の地下室にて、点滅する蛍光灯が暗澹立ち込める雰囲気の中、ヒビトのおかげで僕は気を引き締めることができた。
「そろそろ、殺し合いを始めようじゃないか。我が孫よ」
天界大統領は、魔導の杖を高らかに揚げ詠唱する『我は世界の全てを統べる。『インテグレイト・デザスター』」
杖が赤色に輝き出し、その先端に赤色の球が現界する。そして、その球はますます大きくなる。
「死ね」
天界大統領がそう呟くと勢いよく、赤球が放たれた。
「ヒビト、全力で防ぐよ」
「おけ、アスカ」
二人は、合技を発動させようと、詠唱しようとしたとの時……
「ここは任せなさい。我が憤怒は豪雨の如し『時雨』」
龍が現界し赤球を食い潰す。
「ロージェ先生!」
そこには我々の先生、ロージェ先生が立っていた。
「大きい音が地下でしたから様子を見に来てみれば、ナオミくんとマミさんが窮状を教えてくれてな。間一髪だった。アスカとヒビトはすぐに逃げなさい。ここはわしが引き受ける」
「ロージェ先生、相手は天界大統領です。僕たちも戦います」
ロージェ先生は顔をあげ、目の前に立つ大男を見据える。
「目の前のこの奇妙な大男が天界大統領か。まさか生きている間に見ることができるとは。まあいい、アスカとヒビトは逃げなさい。そして、体制を整えなさい。わしが時間を稼ぐから」
「そんな、先生!」
僕が食い下がろうとすると、ヒビトは僕の肩を掴み首を横にふる。これが咄嗟に思い浮かぶ中での最善策なのか。確かに時間を稼いがなければならない。
「分かりました。先生御武運を」
「任せなさい」
僕らは振り返らずに走り出す。
「天界大統領、わしが相手だ」
「お前は確か……ロージェと言ったか。わしの名簿にも載っているな。下界の強者として記載してあるぞ。一瞬で下界を滅ぼしてしまうのもつまらないと思っていたのだ。せいぜい私を楽しませてくれよ」
「たわけが、ここで破れるのはお前だ。散々この国をはちゃめちゃにしおって。きっちりそのツケは払ってもらうぞ」
————
地上階に登ると、魔専の学生が一斉に避難のために移動を開始していた。魔専の先生たちの誘導に従い、急いで魔専から離れようとしている。
「アスカ!」
避難する学生の波に飲まれながら、校庭へと移動している時に、ナオミが僕らを発見した。
「天界大統領は?」
「ロージェ先生が対応してくれてる。その間に僕らは体制を整えよう。とりあえずソイニー師匠やユミ姉、国軍と合流しよう」
チーム・ニベリウムは、国軍駐屯地に移動すべく、校門に向かう。
「アスカ!」
再びアスカの名が呼ばれる。上空を見ると国軍の魔導士の大軍が空中から現れ、そこに姫様がご健在であった。
「姫様!」
アスカは空中から降り立つ姫様を抱き抱えるようにキャッチし、地面に静かに下ろす。
「驚きましたよアスカ。突然コード999がなったので。それで何があったのですか」
アスカは、姫様にもコード999魔導具を渡していたことを思い出す。その一報を聞きつけ姫様は駆けつけてくださった。
「姫様。国軍を率いて参上いただきありがとうございます。天界大統領が攻めてきました。ここにいては姫様が危険です。姫様は後方にて指揮をお取りください」
「アスカ。天界大統領が攻めてきたということは、もはやこの地球に安全な場所などありません。それならば私は、王国民の先頭に立ち、この世界を守るべく指揮をとりたいと思います。」
姫様の目は、決して揺らがない決意を呈していた。
「わかりました。テコでも動かなそうなので、何も言いません。姫様は魔導士の指揮は姫様に任せます。ただ、後方にいてください。前線には出てこないでください」
「それくらいは譲歩しましょう。それとアスカ」
「んん」
僕は突然の出来事に戸惑いの声を上げる。
「勝利のキスです」
姫様は公衆の面前で、突然口づけをしてきたのだ。
「姫様、突然過ぎます」
「私の加護を授けます。アスカ、必ず勝利して私の元へ戻ってきてください」
「わかりました。必ず姫様の元に戻ってきます」
二人の突然のキスに周囲は驚嘆している。一際驚いていたのはマミだったが、覚悟はしていたようである。目は悲しみを表していたが、口元は無理に微笑む。そんなマミの肩をナオミは軽く叩く。
「大丈夫です。ナオミ。覚悟はできてたから。それよりも今は天界大統領を打倒して、生き残ることが先決だよ」
「強くなったんだねマミ」
「うん、結末は想像できてたから、イメージトレーニングだけは万全だったよ。だけど、実際に目にすると辛いね」
「今夜は、一緒に語ろう」
「うん、そのためにも絶対勝とうね」
マミとナオミが会話し終えた時、アスカは国軍やヒビト、ナオミ、マミに向けて語り出す。
「現在、ロージェ先生が天界大統領を足止めしています。ここには、先の天界人との戦いを乗り越えた国軍、僕の仲間、そして魔専の学生がいます。これまでの騒乱に蹴りをつける時が今ここにきました。皆の力を結集させて、必ず勝利を収めこの世界に平安をもたらしましょう!」
僕の声に呼応して、場にいた皆が叫ぶ。その叫び声は、数キロに渡り響き渡り、皆の心を鼓舞する。
「あれは?」
魔専の学生の誰かが、上空を指差しながら急に大きな声を上げた。
その声をもとに皆が上空を見る。
黒い物体が空高く打ち上がり、重力に無抵抗のまま地上に落ちてくる。
そして、その物体は、アスカ達の目の前に落ちた。
「きゃーーー」
魔専の学生から叫び声が上がる。その学生は、その物体が何なのかを判別したから。
すぐにアスカもその物体の正体を視認する。
「ロ、ロージェ先生……」
アスカの目の前には、片足と片腕を失ったローゼ先生が横たわる。




