姫の悲しみ
あの日本王国防衛から一週間。
僕は今王宮の、姫様の部屋にいる。
今日は、僕の王宮高等諮問会の日で、僕はソイニー師匠の攻撃を跳ね除けた魔導のことを軍上層部や為政者達に説明しなければならなかった。
ただ、その諮問会も前に、僕は姫様に呼ばれたため、姫様の部屋にいる。
実は姫様は、この一週間体調を崩しておられた。
その理由は、姫様のお父様が、九州で亡くなってしまったためである。
僕は、ずっと姫様の元に居たかったが、姫様は一週間従者以外と会おうとはしなかった。
また、王宮は一週間、姫様の父親、いわゆる第一皇子の死を受け、喪に服していたため、関係者以外入ることができなかった。
だから、一週間経ち、姫様に急に呼ばれたため、僕はかなり驚いている。
だが、姫様のことが心配で、すぐに駆けつけたが、僕は今、姫様の部屋でずっと姫様を待っているが、かれこれ30分間姫様は現れない。
——そんな時だった。
‥‥‥ガチャ
「アスカ、お待たせしました」
公務用の軍服のようなスーツを着た姫様が、早足で部屋に入ってきて、僕の手を握る。
「アスカ、会いたかったです‥‥‥」
そう言うと、姫様はそのまま僕の胸の中で縮こまる。その目には少し涙が浮かんでいる。
「姫様、お身体はもうよろしいのですか?」
僕はゆっくり姫様を抱きしめながら、気遣う。
「はい、まだ悲しみから抜け出していませんが、私は、今は、この国の代表代理なのでくよくよしている暇はありません。それで、アスカ、今日あなたに来てもらったのは、このあとの高等諮問会のことについて話しておきたかったからです。こちらに座って話しましょう」
僕らは、向かい合いながら椅子に腰をかけた。
「高等諮問会についてとはどういうことですか?」
「今日の高等諮問会では、アスカも知っている通り、あの日のアスカの強力な魔導について訊かれます。それで、一つ確認しておきたいことがあるのですが、アスカ‥‥‥、あの力は、もしかして、魔導具士の力なのですか?」
——そうか、姫様は気づいておいでだったのか。
僕は、言おうか言わまいか悩んだが、姫様に隠し事はしたくないと思い、全てを打ち明けた。
転生者であること、急に声が聞こえたこと、この世界を守らなければならないことを。
「アスカ、この世界を守るって誰から守るのですか?」
「姫様、それは、今回の戦争の引き金にもなった人物です」
「まさか‥‥‥」
「そうです、僕が打倒しなければならないのは、天界大統領です」
「確かに、天界にはこれまで色々と苦しめられてきました。天界大統領を打倒できれば、これまでのこの世界と天界との関わり合い方が一変するとは思いますが、そんなことが可能なのですか?」
「可能かと聞かれれば、不可能と答える方が正しいと言えます。しかし、例え不可能だとしても、しなければいけないのです。天界大統領を倒さない限り、この世界に安寧は訪れませんし、また厄災が降りかかるのは目に見えています」
「‥‥‥アスカは、これからどうするのですか。天界大統領を倒すために‥‥‥」
「僕は、これからさらに訓練に励みます。今の僕では弱すぎます。少しでも強くなる必要があります。そして、天界にも隠密に情報収拾に行こうと思います。天界に行くルートはこれから考えます」
「そうですか、私は、アスカには危険な目にあって欲しくないのですが、意志は堅いのですね」
「はい、すみません、姫様‥‥‥」
「いいでしょう、ならば私は応援するだけです。それと、アスカ、今日の高等諮問会では、やはり魔導具士のことは秘密にしておいた方がいいと思います。あなたは、今回の戦争の功労者ではありますが、まだ、皆に魔導具士が良い存在であることを認めさせるまでには、残念ながら至っていないと思われます。そして、アスカのその力を妬んでいる魔導士も多いと聞きます。ですから、まだ穏便にしておいた方が得策です」
姫様には色々と見透かされているようだった。
今日の、高等諮問会では、僕は全ての真実を告げるつもりであった。
しかし、姫様の助言はもっともである。
やはり、今回も魔導具士のことは伏せておこうと心に決める。
「わかりました姫様、魔導具士のことは黙っています」
「ありがとう、アスカ、まだまだ辛い思いをさせてしまいすみません」
「大丈夫ですよ。そろそろ時間ですので、私はこれで失礼します」
「あ、アスカ‥‥‥」
僕は、高等諮問会の開始時間が10分後であるため、部屋を出ようとすると、姫様は突然、僕の袖を掴んで引き止める。
「どうしました? 姫様」
「あ、あの、その、言いにくいのですけど」
「え? なんでもおっしゃってください」
「引かないでいてくれますか?」
「姫様のことならば大概のことは引かないと思いますが、一応覚悟しておきます」
「もう、意地悪言わないでください。その、最後にもう一度抱きしめて‥‥‥くれませんか。アスカの胸の中が一番安心するので‥‥‥」
姫様は、うつむきながら頰を染めて、恥ずかしそうにする。
「それは‥‥‥お安い‥‥‥御用です。僕でよろしければ」
僕は、姫様をゆっくりともう一度抱きしめる。
「アスカ、私ね、お父様を失って、おじいさまも米帝に亡命してしまって、身内が皆いなくなってしまって、もうだめかと思ったの。もう立ち直れない。私にこの国を背負うことは無理だって、だけどそんな時に、庭のピンクのバラを見て、アスカが昔くれたピンクのバラの魔導具を思い出したの‥‥‥」
「あの、魔導具ですか。まだ、大切にお預かりしてますよ」
「まだ、持っていてくれたのね。それでね、あの時代のアスカは、色々と大変だったじゃない? それなのに、アスカは健気で、不貞腐れて、捻くれることもなく必死に生きていたことを思い出してね、私も、しっかりしなきゃって思えるようになったの。だから、こうしてもう一度立ち上がろうと思えたのはアスカのおかげなの」
「そうだったんですね。それは光栄です」
僕は優しく、甘く囁く。
「本当に、アスカがいてくれて良かった。本当に嬉しい。これからもズット側に居てほしい」
「大丈夫です。姫様、僕は、姫様を守ると心に誓っています。絶対に姫様をおいてどこにも行きません」
「ありがとう。それともう一つ我儘を聞いてもらっても良い?」
「なんですか?」
「その‥‥‥。き‥‥‥」
「き?」
「‥‥‥き、キスを‥‥‥キスをしていただけませんか!?』
「え!? キスですか?」
予想外の返答に僕は戸惑ってしまうが、姫様は照れながらも真剣な眼差しである。
お父様やおじいさまを失っても健気に立ち上がろうとしている姫様の願望は叶えてあげたい。
だけど、僕なんかがキスをしても良いのだろうか。
「私じゃ、ダメですか?」
僕があたふたしていると、姫様は残念そうに下を向いてしまう。
「前にも言ったように、アスカ、私はあなたを愛しています」
今度は、姫様はしっかりと僕を見据える。
そこには、覚悟を決めた姫様がいた。
こうなれば、僕も覚悟を決めなければならない。
「わかりました。姫様、僕は、必ずあなたを幸せにします」
そして、僕らは静かに唇を重ねあった。
柔らかく、甘く、この世の全ての幸せをぎゅっと濃縮したような気分が僕らを包み込んだ。
しかし、その中には、姫様の悲しみも混じっていた。父親やおじいさまを失った悲しみ。だけど、姫様はそこから必死に立ち上がろうとしている。
僕は、これから、必ず姫様を支え続ける。
僕の新たな目標がこの時定まり、そして決意したのだった。




