ソイニーの過去〜世界は無情〜
「え? ユキナ様が私を!?」
出産後、朦朧としていたソイニー師匠には、次の日にユキナ様が突然現れエレンとソイニー師匠を助けてくれたことをシーモは伝える。
「本当にユキナ様なの?」
「わからないけど、エレンの魔導防壁を無効化したんだよ」
「‥‥‥確かに、ユキナ様は、魔導士の中でも特殊で、相手の魔導を無効化できる魔導を使用できるわ。となると、本物のユキナ様‥‥‥日本王国にいたなんて」
天界大統領の娘、ユキナは行方不明になってから5年が経っていた。
そのユキナが日本にいる。
それは当然驚くべきことであった。
しかし、だからと言って、ソイニー師匠達がその情報を天界に伝えるわけにはいかなかった。
伝えれば、下界人との間に子どもができて、しかも産んだことがバレてしまうためである。
シーモとソイニーはユキナ様のことは胸の内にしまうことにする。
恐らく、ユキナ様は何かの信念のもと行動しているはず。
それを邪魔してしまうようなことにもなってしまいかねないし。
それから、シーモとソイニー師匠は、子育てに追われる日々を過ごす。
忙しすぎて、夜もあまり寝れず、産後うつになりかけもしたが、なんとかエレンを育てていく。
子育ては辛いだけではなく、エレンの成長は大変嬉しいものであった。
わずかな成長、髪が伸びた、話しかけると笑ってくれる、少し体重が増える、そんなことだけでも嬉しいものだった。
そんなこんなであっという間に一年が過ぎる。
このまま、幸せな時間が続いて欲しい。
シーモとソイニー師匠は互いにそう思っていた。
しかし、世界は、2人の気持ちなんて知ったことかと言わんばかりに激動していく。
エレンが一歳になったその日、燻っていた火が突如激しく燃え上がり、世界各地で導火線に火がついた。
そう、天界からの支配脱却を目指す下界と、それを阻止しようとする天界との『天地大戦』が始まったのである。
ーー
天地大戦は天界軍による下界への奇襲攻撃から始まった。
下界にいる天界人が、天界に戻ると奇襲攻撃がバレかねないからと言って、ソイニー師匠などには奇襲作戦は伝えられなかった。
しかし、奇襲作戦が行われてからは、すぐに下界にいる天界人への帰国命令が空中放送によって知らされる。
時同じくして、シーモにも、魔導士特別徴集命令が発せられ、日本王国魔導軍への出頭が命じられる。
「ソイニー、私は魔導軍へ参加しなければならない。断ればここに軍警が来て、強制出頭させられてしまう。そうなると、色々と調べられ、ソイニーやエレンのことがバレてしまいかねない」
「大丈夫よシーモ。私はこれでも天界魔導大学を主席で卒業したのよ。まだ、上級魔導士だけど、そこらへんの天界人や日本魔導軍より強いわ。エレンは私が守るからシーモは国のために頑張って」
ソイニー師匠は笑顔でシーモに語りかける。
だが、本当はシーモに行ってほしくはなかった。
心細かった。
エレンを1人で守り抜く自信もなかった。
しかし、常に世は無情。
個人の意思や感情など無視しなければならない時がある。
今がその時。
ソイニー師匠は、大人だった。
自分の感情を殺して、今するべき最善の行動を取る。
そして、シーモは出発の準備を終え玄関に立つ。
「や〜〜」
エレンが短い手をシーモに笑顔で伸ばす。
シーモはソイニー師匠からエレンを受け取ると、優しくしっかりエレンを抱きしめる。
「エレン……お父さんは必ず帰ってくるから……」
そして、ソイニー師匠もシーモに近づき、シーモの肩あたり顔を埋める。
それをシーモはエレンと一緒にソイニー師匠も抱きしめる。
「シーモ、必ず生きて帰ってきてね」
「当たり前だよ。必ず帰ってくる。そしたら3人でまた暮らそう」
「うん、絶対にね」
シーモはソイニー師匠に口付けをする。
そして、エレンのオデコにもキスをする。
「では、シーモ・ヒラオカ、愛する者を守るべく、出陣します!」
そう言うと、シーモは家を出て行った。
シーモが見えなくなるまで見守また後、ソイニー師匠は急いで、避難所に向かう。
幸い、天界人も、下界人も見かけ上差異はなく、ソイニー師匠が天界人であることに気づく者はいなかった。
避難所には、非戦闘員である女、子ども、老人が集まっている。
それぞれ身内や仲間同士で身を寄せ合い、避難所に設置されたテレビからの戦争の状況に耳を傾ける。
報道は、日本王国の劣勢を伝えていた‥‥‥。
————
一方、同時刻の天界公安局でのこと。
「ソイニーの内偵調査はどうなった」
公安部長が部下に問いただす。
「はい、ちょうど今結果が出ました。ソイニーは、下界人と事実婚状態にあり、子どもまでいるそうです」
部下が資料を見ながら、部長に伝える。
「やはりそうだったか。身内の恥め。下界人の子を身籠りやがって」
「いかがしましょうか」
「まあ、あいつは強いからな、天界に戻ってくるなら許そう、今は戦争だ少しでも戦力がいる。しかし、下界のために戦うというならば殺せ」
「わかりました。ロイスとナタリーを向かわせます」
ソイニー師匠が長期間天界に帰ってこないため、ソイニー師匠には内偵が入っていた。
そして、ソイニー師匠の行動は内偵によって筒抜けになった。
————
それは天地大戦三日目の昼過ぎだった。
ソイニーは、避難所の隅でエレンをあやしていると、突然、避難所の屋根が何かによって剥ぎ取られて、避難所の中が上空から丸見えになった。
「おい、いたぞ。恥晒しが」
聞き覚えのある声が上空から聞こえる。
ソイニー師匠は空を見る。
「ロ、ロイスとナタリー」
そこには、公安部長から特命を受けた2人が浮いていた。
「ソイニー先輩が下界人と恋に落ちるなんて、ナタリーはプンプンです。私のことを好きになってくれればいいのに」
「ナタリー、お前は少し黙っとけ、ソイニーへの愛が溢れすぎてうざい。ところでソイニー、俺たちが来た理由は分かるな」
ロイスは、大声を張り上げソイニーを睨みつける。
「ええ、わかってるわ」
逃げも隠れもできない状況。
ソイニー師匠は覚悟を決め、ロイスと対峙する。
「そいつがお前と下界の間に生まれた汚れた子か。まあいい、ならば問おう。お前は、天界と下界どちらに味方する」
ここで天界と答えれば丸く収まるのだろう。
ただそれだと、エレンの命が危ういし、私は、日本を攻撃しなくてはいけなくなる。
多くの時間を過ごした横浜の街並み、旅行で行った富士山、京都のような悠久の時を経た街並み、帝国ホテルで食べた料理‥‥‥
至る所にシーモやエレンと過ごした幸せな時間を過ごした思い出の場所がある。
——私は、思い出の詰まった大切な場所を破壊したくない。そして、エレンも絶対手放さない。
「私は‥‥‥天界には帰らない!」
ソイニー師匠は意を決して叫ぶ。
「そうか、ならば死ね」
ロイスとナタリーは同時に光球を現界させ、それをソイニー師匠目掛けて放つ。
「私は負けられないの。大切なものを守るために。だからごめんロイスとナタリー、大地は我が怒りを代弁する『岩石圧殺』」
ソイニー師匠は巨大な岩石を数個現界させ放つ。
ソイニー師匠が放った岩石はいとも簡単に光球を打ち消し、そのままロイスとナタリーを取り囲む。
しかし、すぐに爆発が起こり、岩石は粉々に砕かれ、ロイスとナタリーが岩石の中から出てくる。
「全く、元同僚を本気で圧殺しにかかるとは。まあいい。これで俺もお前を殺しやすくなった。行くぞソイニー! っておい」
ロイスは驚きの声を上げる。
それもそのはず、本気でソイニー師匠とやりあおうとした時、ソイニー師匠は、足に俊足魔導をかけ、逃げ出したのである。
ソイニー師匠は、先ほどの岩石魔導でロイスとナタリーを仕留めきれなかったことで、エレンを抱えたままでは部が悪いと判断した。
そして、一か八かエレンを連れて逃げることにした。
魔導によって時速40 kmほどで逃げるソイニー師匠。
ソイニー師匠を空中から追うロイスとナタリー。
ロイスは追いかけながら絶えず攻撃を仕掛ける。
ソイニー師匠はその攻撃を避けながら逃げ続ける。
「おい、ナタリーお前も攻撃したらどうだ」
「え〜私、治癒魔導士ですし、私、ソイニー師匠の子どもが欲しくて〜、子どもが傷つくと困るので攻撃はしませ〜ん。ロイス先輩も気をつけて攻撃してくださいよ」
「全くお前と言う奴は、なんで公安部長はナタリーを寄越したんだか。だが、ナタリー、あの汚れた子は殺さなければならん。それが天界のルールだ」
「え〜、ソイニー先輩の子どもなんてレアなのに」
「規則だから仕方ない。まあいい、そろそろケリをつけるか。簡単に終わらすつもりだったがこちらも本気を出さないといけないらしい。ナタリー、お前は俺に魔導を供給しろ」
「は〜い」
「我が威光は天を照らし大地も照らす『巨大光球』」
突如、上空に直径1 kmほどの光球が現界する。
——これは逃げ切れない。
ソイニー師匠は直感で悟る。
そして、しゃがみこみ、エレンを守るように抱きしめ祈る。
『どうか、神様、善良な神がいるならば、どうかエレンだけは助けてください』
迫り来る光球。
目をつぶるソイニー師匠。
ソイニー師匠は死を覚悟する。
——キキーン
突如ソイニー師匠の目の前で大きな音がする。
目を開けると、目の前に軍用車が止まっていた。
——ガチャ
勢いよく軍用車のドアが開く。
「ソイニー! エレン!」
中から飛び出してきたのはシーモだった。
横浜に向かう天界人発見の報を受けてシーモは胸騒ぎがし、軍規を破り、軍用車を奪取して、横浜まで帰ってきたのだ。
そして、突然上空で光球が現界したのを見て、ソイニー師匠が危ないと直感で理解し、光球のど真ん中まで軍用車をかっ飛ばしてきた。
シーモはソイニーとエレンを抱きしめる。
「我が命の全てを変換する『堅牢防壁』」
シーモは特別な詠唱を行う。自らの魔導力の全てをかけて魔導を現界する詠唱。
シーモは堅牢防壁でソイニーとエレンを包み込む。
そして突き放す。
「シーモ!」
ソイニー師匠は叫ぶ。
シーモはソイニー師匠とエレンを見ながら微笑み告げる。
「愛してる」」
次の瞬間、光球が地面に着弾し、シーモを飲み込み、次いでソイニー師匠やエレンを飲み込む。
光球の威力は甚大で、シーモが身を呈して現界させた堅牢防壁にも徐々にひびが入り、ついに破壊される。
その瞬間、ソイニー師匠は吹き飛ばされ、エレンを手放してしまう。
光球の爆発の後静寂が周りを包む。
「まあ、この威力だと流石に死んだだろう。ナタリー帰投するぞ」
「やりすぎだってロイス先輩。ソイニー先輩の子どもも死んじゃったじゃない」
「子どもは諦めろ」
そういうと、ロイスたちは天界に帰る。
ロイス達が天界に帰ってから数分後、
「うぐ、私は、生きてる? あれ、エレンは? シーモは?」
ソイニー師匠は瓦礫の中から這い上がる。
ソイニー師匠は光球からの直撃を逃れたため、吹き飛ばされた時に負った傷だけで、軽傷だった。
ただ、シーモとエレンの姿はソイニー師匠の周りにはなかった。
ソイニー師匠の目の前には、ただ、直径1 kmほどのクレーターしかなかった。
「そんな、そんな、エレン! シーモ! どこ? 出てきて、出てきてよ‥‥‥。うわーーーーー」
ソイニー師匠は叫ぶ。
目の前の理不尽な絶望から目を背けるために。
————
時は米帝と中つ国が日本に攻めてきて、ソイニー師匠がナタリーやアーシャ先生に取り押さえられている場面に戻る。
「ソイニー先輩、もしかして今、昔のこと思い出しました?」
ナタリーがニヤニヤしながらソイニー師匠を見る。
「ソイニー先輩が天界に戻ってこないならば、今から米帝大統領の次男となったエレンを殺しに行きます。そして、最近ソイニー先輩は弟子をとったんですよね。名前はアスカでしたっけ。そいつも殺します」
「ちょっと待って、それはダメ」
「いい感じで絶望してきましたね。ソイニー先輩、これくらいなら私の魔導も通じるかな。もう一度行きますよソイニー先輩。今度は胆力だけで防げますかね。我が命は、自我を犯し精神を蝕む『精神制御」
ついに、ソイニー師匠はナタリーの精神制御下に陥ってしまう。




