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天界魔導具

 ネロの暴走が一段落した後、今回の騒動についてソイニー師匠やエマ・ユリウス、帝級治癒魔導士のエーテ・ヨハネスは話し合いのため一堂に会す。

 また、付添人として来ていたネロの両親も参考人として呼ばれ、そして、僕も王宮の会議室に呼ばれた。


 部屋に入ると淡々と話し合いが行われており、暗い雰囲気が覆い尽くしている。

 ソイニー師匠が、こっちこっちと手振りで僕を呼ぶ。

 ソイニー師匠の隣に行くと、エマ・ユリウスが唐突に質問してきた。


「アスカ、貴様がネロと戦闘試験をしている時、何か違和感がなかったか」


 違和感‥‥‥。

 正直、違和感しかなかった。

 ネロはずっと精神不安定そうだったし。


「あの、正直に申し上げますと、ずっと違和感しかありませんでした」

「やはり違和感しかなかったか。おそらく、今回の魔導暴走の引き金になったのはこの魔導具だと思われます。帝級魔導士のおふた方」


 エマ・ユリウスは静かにネロが使用していた魔導具の杖をテーブルに置く。


「これは‥‥‥、まさか」


 ソイニー師匠が息を飲む。

 ネロの使っていた杖には月桂樹の彫刻がなされており、それを見た一同は一斉に絶句する。


「あの、このマークが何か問題があるんですか?」


 僕はなぜ皆が絶句しているのか知りたく、ソイニー師匠に小さな声で尋ねた。


「アスカ、月桂樹のマークは天界のシンボルマークで、つまり、この杖は天界のものということです」


 天界のマーク。

 このマークがある杖を使うことは余程問題があるらしい。

 僕が注意深く杖を見つめていると‥‥‥、エマ・ユリウスは今度はエマの両親に訊く。


「あなた方は、天界の魔導具を使用すると、魔導士に多大な負担がかかるため、手にすることすら禁止されていることを、王家近衛師団を取りまとめるイベリス家であるあなた方が知らないわけではないでしょう」


 エマ・ユリウスがいうことは最もだ。

 しかし、エマ・ユリウスの鋭い眼光を物ともせずネロの両親は、逆にエマ・ユリウスを睨み返し、批判的な口調で話し始める。


「その口の聞き方はなんですか? エマ殿。私たちイベリス家はこの王国が建国されてから代々王をお守りする近衛師団をまとめ上げてるのですよ。一介の王国魔導士風情が私にそのような口を叩いて良いとでも思っているのですか?」


 しかし、エマ・ユリウスは全く怯まない。


「口の聞き方にご不満があるようでしたら謝罪致します。が、お言葉ですが、それでは回答になっておりません。なぜ、あなた方は息子に禁止されている天界の魔導具をお与えになったのですか? それが今の論点です」


 全く怖じ気つかないエマに対して、ネロの両親は大層ご立腹であった。

 そして、さらに強い語気で脅すように話す。


「この杖は、イベリス家の家宝です。そして、この杖は、あの伝説の激戦、天地大戦の時に、先代が天界魔導兵から奪い取った杖なのです。そして、これを家宝にしていいかと王に確認をとり、特例を出してくださったのです。王が!」

「お、王が!?」

「そうです。王がくださったのです。これ以上語ることはありません。これ以上の発言は王を侮辱するものだと心得てください。エマ殿」


 王様が禁止されている天界魔導具をイベリス家に渡した?

 となると、王は法を破ったのか?

 だけど、皆、この王国では王に逆らうことは許されない。

 王こそがこの王国の法律だからだ。

 僕は頭の中が混乱する。


 王様の名を出されてから、エマ・ユリウスは何も言えなくなってしまった。

 それも仕方ない。

 王が渡した杖のことを批判すれば、王への批判とも取られかねない。

 この王国では、それは死をも意味する。


「エマ・ユリウス。今日のあなたの愚行は、しっかりと王に伝えておきますので、覚悟しておきなさい」


 そういうと、ネロの両親は会議室を後にした。

 会議室に残される4人。

 沈黙が続く。


 その沈黙を最初に破ったのは我が師匠、ソイニー師匠だった。


「気にすることはないわ。エマ。いざとなれば私があなたの後ろ盾になります。それにしてもまた、天界ですか。最近天界が絡んでいそうな事件が起こったばかりでしたね」

「ソイニー、天界が絡んでそうな事件て?」


 帝級治癒魔導士であるエーテ・ヨハネスがソイニー師匠に話かける。

 仲がいいのだろうか、親しげである。


「私が管理しているあすなろ荘も天界に関わってそうな人物に襲われたの。天界と地球は不可侵条約を結んでいるのだから、もし天界が関わっているならば完全な条約違反だわ」


 ソイニー師匠は机に手を置きながら、眉間にしわを寄せ、現実に起こっていることを冷静に整理する。


「ソイニー、私気になったことがあるのだけど、これって言っていいのかしら」

「エーテ、どうしたの?」

「まあ、いいわね。ここにいる子達は口が堅そうですし。あの話ですよ。天界魔導具のA級特秘事項ですよ。帝級魔導士以上しか知らない、あの秘密です」


 エーテはソイニー師匠の方を真剣な眼差しで見つめる。

 ソイニー師匠はというと、エーテが何を言いたいのか理解したようで、少し戸惑っている。


「それは、まあ、ここにいる子達なら言ってもいいかもしれないわね。だけど、その特秘事項がどうしたの‥‥‥? あ、そうことか! 確かにおかしいわね」


 ソイニー師匠はエーテが言わんとすることに気づいたらしい。

 しかし、帝級魔導士でない僕とエマ・ユリウスは置いてけぼりな状態である。

 教えてくれるならば、早く教えて欲しい。


「あのですね、アスカ君とエマさん、この天界魔導具はですね、基本的に天界人にしか使えないのです。ですので、イベリス家の先代がもし仮にあの大戦で天界人から魔導具を奪ったとしても、到底ネロ君には使えません」


「「え?」」


 エマと僕は同時に声を上げる。

 天界人にしか使えないだって?

 そうならば、なんでネロは使えたんだ?


 そう疑問に思っていることをお見通しのようにエーテは、すぐに続きを話だした。


「基本的にはです。ただ、天界魔導具も地球の魔導士用にチューニングすれば使えるようになります。しかし、チューニングができるのは天界魔導具士だけですし。

 かつ、そんな魔導具ほぼ地球には存在しません。したとしたら国宝級ですぐに噂になります」

「ですが、現にここにその杖が存在しますが‥‥‥」

 エマ・ユリウスは杖を見つめながらエーテに訊く。


「そうです。ただ、この貴重な地球魔導士用の天界魔導具を隠密に地球に輸入して、噂を広めず家臣に渡すことができる人物が1人だけいるのです」

「まさか!?」


 エーテの言葉にエマは息を飲む。


「そう、この日本王国で唯一天界に入国が許されている、日本王国の王です」


「エ、エーテ様、まさかあなたは、王が特例をイベリス家に与えたのではなく、王自らが天界から天界魔導具を持ち帰りイベリス家に渡したと、そうおっしゃるのですか?」

「‥‥‥そうよ」

「そんな、この地球を滅ぼそうと侵攻してきた天界と王が現在進行形で繋がっていると‥‥‥」


 エマは絶句する。

 この世界は現在、天地大戦以来、天界とは緊急要件を除いて基本的に隔絶している。

 天界人は悪であり、関わることは一切許されていない。

 しかし、その法を王自らが破っているかもしれない。

 これは、とんでもないことである。

 しかし、分からないのは‥‥‥、なぜ、王は天界と交流を持っているのか。その狙いはなんなんだ。



「私も、王と天界が何かを企てているのではないか疑うべきだと思うわ」


 唐突にソイニー師匠もエーテに同意する。


「あすなろ荘を襲った男だけれども、禁忌とされている転移魔導を使用したわ。

 使用したならば、天界魔導士なら必ず気づき、日本国王に必ず事情を聞くはず。そうすれば、王は私たちに事情を訊くはずなのに、王からは何も音沙汰がないわ」


 エマとエーテ、ソイニー師匠と僕はお互いを静かに見つめる。

 まさかのこの国のトップが何やら如何わしいという事実に重たく張り詰める空気。

 そんな空気の中、ソイニー師匠は明るく振る舞う。


「だからと言って、今すぐどうこうする訳ではないわ。実際、何がどうなってるかも分からないですし。ただ、お互い色々と注意しておいたほうがいいわ。

 まあ、今日はここら辺にしておきましょう」

「そうね、ソイニーの言う通り、あまり考えても埒が明かないし、事がことだけにすぐにどうこうできることではないわ。

 じゃあ、私は用事があるから行くわねソイニー、また暇があったらランチにでも行きましょ!」


 そう言うと、エーテ・ヨハネスは会議室から出て行った。


「では、私も戻ります。ソイニー様」


 エマ・ユリウスも戻ろうとする。

 って、ちょっと待って、僕の試験はどうなるんだ?


「あの、エマさん」

「どうした、アスカ」

「試験はどうなりましたか?」

「中級魔導試験は引き続き部下に執り行わせていたから、もう終わっているだろう」

「え!? となると、僕はどうなりますか? 再試験ですか? 不合格ですか?」


 対人戦闘試験は、ネロの暴走で途中で終わってしまった。

 つまり、僕は二次試験をしっかり受けていないのである。

 となると、普通は不合格である。

 それは困る。非常に困る。


「そうだな‥‥‥あのユミ・クルルギの弟弟子おとうとでしだし、不合格と言いたいところだが、貴様が姫様を身を呈して守ったのを私は見逃していない。

 魔導士たるもの人のために役に立ち、人を守るのが責務。貴様はそれを果たした。

 だから、合格だ。悔しいが不合格にする理由が見当たらない」

「え、え、いいんですか?」

「いいと言っているだろう。それ以上聞くと、不合格にするぞ」

「あ、分かりました。黙ります」


 やった。合格できた。

 隣でソイニー師匠がニコニコしながらこちらを見ている。

 弟子の昇進であるそれはもう天に昇るほど嬉しいのだろう。


「アスカよかったわね」


 そう言うとソイニー師匠は僕に抱きつく。

 ソイニー師匠のいい匂いが僕を包む。


「では、私はこれで」


 エマ・ユリウスはそんな僕とソイニー師匠を微笑ましそうに見ながら会議室を後にする。


「あ、そうだった」


 急にソイニー師匠は僕から離れると、思い出したかのようにポケットの中を探り出した。


「あ、あったあった、これをアスカに渡すことを忘れそうだったわ。はいどうぞ」

「師匠、これはなんですか?」


 ソイニー師匠は僕に4つに折りたたんだメモ書きを渡した。


「アスカ、いいですか? 10分だけですよ。この時間は必ず守ってください。

 ただでさえ、あなたは過去に一度目をつけられているのですから。

 ただ、ご褒美的な感じですかね。10分間だけは大いに楽しんできてください」

「え? 師匠、あの答えになってないですよ。このメモ書きはなんですか?」

「いいからいいから、開いてみてください」


 先ほどにも増してソイニー師匠の顔がデレデレしている。

 一体このメモ書きに何が書かれているのだろうか。

 僕は恐る恐る紙を開く。


 するとそこには、丁寧で達筆で可愛い文字でこう書かれていた。


「私の部屋で待ちます。エリナより」

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